第19話

 内田(うちだ)豊後守(ぶんごのかみ)正道(まさみち)…、今の小見川(おみがわ)藩主であるこの男を景元(かげもと)が知っているのは、正道(まさみち)の実父、伊勢守(いせのかみ)正容(まさかた)と親しくしていたからである。と言っても、もう何年、いや何十年も前の話のことであるが。つまり正道(まさみち)は景元(かげもと)のことを知らず、景元(かげもと)が一方的に正道(まさみち)のことを見知っているに過ぎなかった。いや、もしかしたら父、正容(まさかた)が子である正道(まさみち)に対して、景元(かげもと)とのつながり…、昔、悪友であったことを語って聞かせたやも知れぬが、そこまでは景元(かげもと)にも分からなかった。ただ、


「立派になられて…」


 景元(かげもと)は正道(まさみち)の姿を一目見てそう思った。立ち居振る舞いなど、到底、あの正容(まさかた)の実子とも思えなかった。これが他家からの養子であれば、


「さもありなん…」


 そう納得したに違いない。養子ともなれば当然、「出来のいい」者を養子として望むからだ。だが正道(まさみち)は紛(まぎ)れもなく正容(まさかた)の実子、つまり正容(まさかた)と血でつながっているわけだ。それがどういうわけか正容(まさかた)に似ず、出来が良かった。


「まぁ、俺も人様のことは言えねぇがな…」


 景元(かげもと)自身も同じことが言えた。即(すなわ)ち、実子である国太郎(くにたろう)…、今の金四郎はどういうわけか父である己に似ず、極めて品行方正、その上、文武両道であり、だからこそ小納戸(こなんど)にも登用されたのだ。小納戸(こなんど)は小姓と並ぶ中奥(なかおく)役人であり、小納戸(こなんど)や小姓に取り立てられると、出世のスピードも表向(おもてむき)の諸役人よりも早いものとなる。それゆえ皆、小姓や小納戸(こなんど)になりたいと願い、そこで当然、競争が起こる。つまり小姓や小納戸(こなんど)になるための試験…、「吟味(ぎんみ)」が行われるのである。その「吟味(ぎんみ)」に国太郎(くにたろう)は見事に突破し、晴れて小納戸(こなんど)として登用されることになったのだ。国太郎(くにたろう)が「吟味(ぎんみ)」に合格した折、景元(かげもと)は西城の小納戸(こなんど)頭取衆の一人であり、「吟味(ぎんみ)」に手心でも加えたのではと疑う向きも少しはあったが、しかし、「吟味(ぎんみ)」…、試験そのものについては小納戸(こなんど)頭取衆が手心を加える余地はまったくと言って良いほどになく、その「吟味(ぎんみ)」に通ったということは、紛(まぎ)れもなく国太郎(くにたろう)の実力に他ならない。


「恐らく、隔世遺伝だろうな…」


 景元(かげもと)はしみじみ思ったものである。景元(かげもと)の父の景晋(かげみち)は寛政6年2月に行われた第二回「学問吟味」…、試験において甲科及第という最優秀の成績をおさめ、時の将軍・家斉(いえなり)から時服を賜(たまわ)ったほどである…、ちなみに寛政4年2月に行われた初回「学問吟味」は成績発表も褒賞もなく、成績発表と褒賞まで含めると、第二回「学問吟味」こそが初回とも言えた…。


 国太郎(くにたろう)は紛(まぎ)れもなく景晋(かげみち)の「その血」を景元(かげもと)以上に受け継いでいると思われた。


「俺とは大違いだ…」


 景元(かげもと)はそう思わずにはいられなかった。いや、景元(かげもと)も出来は良い方であったのだが、なにぶん父・景晋(かげみち)とは違い、大の学問嫌いであり、学問をする暇(いとま)があるなら、外で遊んでいた方が良いと、そんな「青春時代」を送っていたのだ…、尤(もっと)も、そんな放埓(ほうらつ)な暮らしをしながらも、不思議と学問の方は出来、それが証拠に景元(かげもと)もまた小納戸(こなんど)として登用されたのだが、その折も「吟味(ぎんみ)」が当然、行われたわけで、その「吟味(ぎんみ)」…、「学問吟味」ほど難しい試験ではないものの、受験者が多いため必然的に相応の難しさを誇る「吟味(ぎんみ)」に景元(かげもと)は一発で合格を果たしたのであった。大して勉強していたわけではないのだが、それでも父譲りの頭の良さでもって難なく突破(とっぱ)出来たのであった。


 そして国太郎(くにたろう)はそんな景元(かげもと)とは違い、文武両道の努力型、その上、景晋(かげみち)の血を景元(かげもと)以上に受け継いでいるとなれば、出来が良いのも当然であった。


「俺も貞坊も、出来が悪い分、子の出来が良いってわけか…」


 ふと、愚父(ぐふ)賢子(けんし)の四文字熟語が景元(かげもと)の脳裏(のうり)を過(よ)ぎった。


 だがそんな感傷も間もなく破られることになった。


「これはこれは遠山殿、それに大目付のお歴々(れきれき)…」


 聞き覚えのある声であった。虫唾(むしず)が走るほどの声が景元(かげもと)の後方より聞こえた。景元(かげもと)は無視しようかとも一瞬思ったが、やはり無視するわけにもゆかず、声の主…、鳥居(とりい)耀蔵(ようぞう)の方を振り返った。


「何の用件かな、鳥居殿」


 景元(かげもと)はつっけんどんな物言いで問うた。


「何の用件もないわさ。ここは大目付の礼席ではない。早々に立ち退(の)かれよ」


 景元(かげもと)はこれまでにないほど、うんざりさせられた。


「懲(こ)りずにまた、嫌がらせかよ…」


 景元(かげもと)はそう思うと、思わずその本音が口をついて出ていた。


「嫌がらせか?」


「嫌がらせとは聞き捨てならず。事実を申しているまでのこと」


「どこが事実だ。大目付の礼席は不定(ふてい)なれば…」


 景元(かげもと)がそう言いかけると、耀蔵(ようぞう)は右手を掲(かか)げてそれを遮(さえぎ)った。


「不定(ふてい)なればどこに詰(つ)めても良いという話ではござるまい?」


「確かにその通りやも知れぬが、これまでにも大目付のお歴々(れきれき)は慣例としてこの白書院の勝手に詰(つ)めていれば…」


 今になって何を言い出すのだ…、景元(かげもと)はそう示唆(しさ)をし、既に景元(かげもと)と耀蔵(ようぞう)の口論に気付き、二人のやり取りを眺めていた直恒(なおつね)らも景元(かげもと)のその示唆(しさ)にうなずいた。いや、二人の口論に気付いているのは直恒(なおつね)ばかりでなく、他の諸大名や旗本らも既に何事かと、二人の方へと視線を向けていた。


 こうなっては景元(かげもと)も後へは引けなくなった。


「ここで引けば俺の負けだ…」


 景元(かげもと)と耀蔵(ようぞう)の二人の口論、もとい喧嘩の行方を見守っている諸大名や旗本らにそう思われるからだ。喧嘩好きな昔の「金さん」の血が騒いだ。


 だがそんな景元(かげもと)に対して、耀蔵(ようぞう)はあくまで「正論」で押し通した。これが殴り合いの喧嘩なら、昔とった何とやらで、景元(かげもと)にも勝ち目はあったが、「正論」で押し通されると、もうお手上げである。何より、口論といった「女々しい真似(まね)」は景元(かげもと)の最も不得意な分野であった。


 そして景元(かげもと)と耀蔵(ようぞう)の喧嘩、ならぬ口論が膠着(こうちゃく)状態に陥(おちい)ったところで、またしても跡部(あとべ)良弼(よしすけ)が助け舟を出した。良弼(よしすけ)は二人が口論を始めてからすぐにここ白書院の勝手に足を踏み入れ、二人の口論のほぼ一部始終を耳にしており、そろそろ頃合(ころあい)だと、それこそタオルを投げたのであった。


「遠山殿、それに大目付のお歴々、席を移られるには及ばず」


 良弼(よしすけ)は景元(かげもと)の側に歩み寄るなり、そう言い放ったのである。その瞬間、耀蔵(ようぞう)は良弼(よしすけ)のことをキッと睨(にら)みつけた。無論、良弼(よしすけ)はそれを受け流し、それどころか、


「鳥居殿、いい加減、遠山殿を始めとする大目付のお歴々(れきれき)をいびるのはお止めなされ」


 そう言い放ったのである。


「いびるとは聞き捨てならずっ!この耀蔵(ようぞう)、いびった覚えは一度もござりませぬぞっ!」


「そこもとにその気がなくとも…、到底、信じられまいが…、遠山殿を始めとする大目付のお歴々(れきれき)にしてみれば、そこもとの一見、正論に聞こえながらもその実、遠山殿をいびりたいだけの難癖にはうんざりなのでござるよ。いや、すぐそばにて、そこもとのその一見、正論に聞こえながらもその実、単なる、それも実に下らぬいびりには聞いてるだけでうんざりなのでござるよ。それゆえ頼み申す。それ以上の難癖はやめていただきたい。第一、大目付の礼席が不定(ふてい)と申して、この白書院の勝手に着座するのを良しとしないのであれば、目付とて同じことではあるまいか」


 目付とは、耀蔵(ようぞう)の真後ろにいた…、それこそ「金魚の糞(ふん)」宜(よろ)しく、真後ろにした目付の榊原(さかきばら)忠職(ただもと)であった。目付の礼席もまた、大目付同様、不定(ふてい)であるにもかかわらず、耀蔵(ようぞう)は「悪仲間」の忠職(ただもと)を率(ひき)いて、この白書院の勝手に姿を見せたのであった。にもかかわらず…、忠職(ただもと)が務める目付も大目付同様に礼席が不定(ふてい)であるにもかかわらず、景元(かげもと)を始めとする大目付のみ、礼席が不定(ふてい)であると、正に難癖をつけてこの白書院の勝手から追い出そうとしたのだから、二枚舌もいいところだろう。良弼(よしすけ)はそのことを指摘したのであった。


 良弼(よしすけ)は耀蔵(ようぞう)に一切の反論を許さぬまま、景元(かげもと)に対して、「さあ、移られずとも宜(よろ)しゅうござる」と元の席に座るように促(うなが)し、直恒(なおつね)ら他の大目付に対しても同様に元の席に座るように促(うなが)したのであった。耀蔵(ようぞう)は主君とも仰(あお)ぐ忠邦(ただくに)の実弟である良弼(よしすけ)に対してはそれ以上、強く出ることが出来ずに黙り込んだ。だがまたしても良弼(よしすけ)にやり込められた格好であり、屈辱感を味わった。だが景元(かげもと)はそれ以上に…、耀蔵(ようぞう)が味わった以上の屈辱感を味わうこととなった。

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