入水

夕焼けに憧れる本の虫

入水


 告白の言葉は、謂わば麻薬のようなものだ。

 人を最も喜ばせ、尚最も狂わせる。


 冷たい月の色を正面に、私は思った。

 ふわりと宙に浮いた身体が風を受ける。


 例え好きじゃない相手だろうと、そんなことはどうでも良かった。

 どうせ、誰も好きになんかならないのだ。

 上っ面だけの関係に、慣れ過ぎていた。


 だから、誰に交際を申し込まれた時も、二つ返事でいいよと言った。

 好きだとは言わなかった。

 無論誰にも話さなかった。


 元来付き合いの悪い私のこと、相手はすぐに焦れた。

 勝手に悩んでは、喚き散らしたり泣き叫んだり、急に甘え声を出してきたりした。

 面倒だと思った。


 それでも、自分を愛してくれるその繋がりを、断ちたくはなかった。

 私自身を愛してほしかった。

 骨の髄まで吮め尽くして欲しかった。


 呆れるほどに不器用な周りを、ただ眺めては手を差し伸べた。

 安易に縋り付いてくる彼らを、いとおしいとさえ思った。

 そんな自分を、好いてもいた。


 自分に依存する人間が増えれば増えるほど、生きていられた。

 病的なまでに、依存を欲した。


 弱い人間を好いていながら、自分が最も弱いことには気付かないふりをした。


 恋人は何人もいた。

 それでも、満たされることはなかった。

 重くのしかかる彼らも、私の中に巣食う憂鬱よりは遥かに軽かった。


 求められれば身体を重ね、涙を見せられれば静かに抱き寄せた。

 条件反射のように動く身体を、他人事のように眺めるのが常だった。


 愛したかった。

 愛されたかった。

 都合のいい人間になりたかったわけじゃない。


 ただ、気付いて欲しかっただけだ。

 生きていていいのだと、証明が欲しかっただけ。


 真っ直ぐに愛を求めることさえ出来なかった私を、あなたは憐れむだろうか。


 それでいい。

 そうして、他人事と嘲笑うがいい。




 背中に受けた強い衝撃と、冷たい水飛沫。

 大量のあぶくの中、無機質な光が少し和らいで見える。

 何も感じないまま、勢い良く吸い込んだ水だけが、私が確かに生きていたのだと思い知らせた。




 明日は我が身だ、なんて言うが、そんなことはない。

 誰も生きている人間は、とうに手遅れなのだから。



 正真正銘、ひとりきり。

 それでも、私の頬は緩んでいた。


 水に沈みながら、生まれて初めて「満たされた」、と——私は静かに目を閉じた。

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