第13話 計画
「これとかいいんじゃないか?」
「……」
ガロエラが勧める服を一瞥し、口を閉ざすエルム。拉致まがいの行為で連れてこられたことに、不機嫌さを隠そうともしない。とはいえ、服に罪はないと思いなおしたのか、渋々ながら勧められた服を手に取る。
「根本的な問題として、あの二人、恰好が酷い」
片や
「だからここを勧めたのよ。ちなみに、姉が気に入りそうな服は事前に伝えてあるわ」
胸を張るレルム。意外な気配りである。二人にうまくいってほしい、という願いはそれなりに本気なのだろう。
「確かにいい雰囲気の店だな」
赤茶色のレンガは、それなりに高級品だ。石作りではなく、ひと手間加工されたレンガ造りの建物は、迷宮都市ではそれほど見ない。嫌味にならない程度に装飾された外壁は、この店を切り盛りする人間のセンスの良さを感じさせた。落ちついた佇まいのなかに華やかさがある。
「知る人ぞ知る人気店、ってとこです」
「高いんだろうな」
【
「大丈夫です。ああ見えて、ガロエラは小金持ちです」
予算は金貨10枚って言ってましたし、とレルムが呟いてルナリの目が遠くなった。
外でそんな会話が繰り広げられてるとはつゆ知らず、ガロエラはお勧めした服を持って試着室に消えていくエルムを見送っていた。勧めたのは、白のキュロットスカートに薄桃色のチュニック。そして長めの黒のソックス。昨日、レルムに徹底してデートプランを叩き込まれたガロエラは鎧の中で冷や汗をかきながら、なんとか間違えずに商品を選ぶことに成功した。
「……絶対防御力不足だと思うんだが」
昨日も思い、レルムに『姉に絶対それを言うなよ』と釘を刺された感想を呟き、ガロエラは腕を組んで試着室の前で待つ。威圧感すら漂わせる全身金属鎧の男に、店員たちは誰が声をかけるかで細やかな争いを始めた。
「お、終わったか……」
シャッ、という軽快な音で開かれた布の仕切りの向こう側を見て、ガロエラは言葉を失った。数パターンに分けた褒め言葉をレルムから教わっていたが、その全てが頭から吹き飛んだ。
「どう」
「変わらんな」
エルムは確かに着替えたのだろう。だが、その上から
お互いに無味乾燥した言葉を投げ合い、周囲に沈黙が訪れた。シャッ、という軽快な音が、先ほどよりも大きく店内に響き、ガロエラの視線は布によって遮られた。
「お、お客様。本日はどういった服をご所望でしょうか?」
勢力争いに敗れた青髪の少女が恐る恐るといった様子で
「ん? あ、俺はいいんだ。今日は贈り物のために来てるから」
「そ、それは素敵ですね。では、今日をよりよい一日にするために、その鎧をお脱ぎになって、お洒落をしてみるというのはいかがでしょう?」
引かずに攻める青髪の少女に、ガロエラは少し上半身をのけぞらせた。何か、距離が近い。
「もちろん、鎧姿のお客様も素敵ですが、街中を歩き回るには少し幅を取ってしまいます。服をご購入いただければ、私どもでお預かりすることも可能ですので、もしよろしければ……」
この服飾店は、よくデートに利用される。値段は多少高めだが、そのサービスの一巻として、この場での服の切り替えと荷物の預かりも請け負っていた。
鎧を褒められたガロエラは少し機嫌がよくなったため、店員の言葉に従うことにした。
「そ、そうか? じゃあ、少し見てみようか」
「男性用の服はこちらです」
嬉しそうに鎧を震わせ、店員の誘導に従って移動を始めるガロエラ。
布の隙間から彼を睨む、空色の瞳には気づかずに。
「お、出てきたな……鎧、中に置いてきたのか」
「そういうサービスもありますので、この店は」
「なんというか、見違えたな」
鎧から出てきたガロエラの素顔を見るのは、何気に初めて。食事の際もバイザーを上げて食べるので、口元程度しか見えないガロエラだったが、隣に不審者仕様のエルムがいるので気づくことができた。
「というか、誰?」
茶褐色の髪を短く刈り込んだ筋肉質な偉丈夫。顔の造形は整っているというには少々荒々しいが、ガロエラは十分以上に魅力的な顔立ちだった。清潔感のある白のシャツと黒のズボンはシンプルだが、体格がいいため妙にさまになっている。
「あいつ本当に鎧で損するタイプなんだな……」
剣の腕を考慮すれば、今の彼ならば組みたがるパーティはそれなりにいるはずだ。鎧の力も多少あるだろうが、それでも彼の剣の腕は本物。むしろ、鎧を脱いだ分速度は上がっている可能性もある。
「鎧さえ脱げば、まともな冒険者なのに……」
心底惜しむように呟いたのはソラリアだ。パーティ内に他にまともな冒険者がいないため、その呟きは切実な響きを伴った。
「で、エルムはなんで着替えてないんだ?」
店から包みを持って出てきたエルムは、おそらく購入はしたが着替えていないのだろう。相変わらずの黒ローブだ。フードも目深にかぶっているため、表情はうかがえない。
「……お姉ちゃん、めっちゃ不機嫌ですね」
「え?」
「何したんだ、ガロエラ……」
長年ともに過ごしたレルムは、姉の苛立ちを見抜いていた。いつもより歩調が荒々しく、動きも硬い。なにか気に喰わないことがあった証拠だ。
「マズイですね。ヘソを曲げた姉は爆発するまで長引きます。早めにフォローしなければ。先回りしますよ」
「お、おう」
なんて面倒な女なんだ、という感想を心にしまうヴェンター。
「その視線にはどういう意味があるんですかね、先生?」
思わず面倒な女筆頭ルナリに視線を向け、半眼で睨まれる。視線を逸らし、早歩きで進み始めたレルムの後を追う。このデートプランを立案したのはレルムなので、次にガロエラが向かう場所はわかっている。
「次はランチです。姉は単純なので、腹が膨らめば機嫌が直るはずです」
妹からあまりにも酷い評価を受けているエルムに少し同情しながら、4人は素早く路地裏を駆け抜ける。
途中でならず者に絡まれたような気がしたが、ヴェンターとソラリアが素早く畳んだため時間のロスはほとんどなかった。
「隣の席を陣取って内偵しましょう」
「そうするか。会話も聞きたいしな」
「これ、変装道具です」
嬉々として変装用の道具を取り出すレルムに、内心ちょっと引きながら3人はカツラを手に取った。ソラリアは情報収集の関係で変装をしていたので、やけに手慣れていた。自分の荷物から化粧道具を取り出し、ルナリに強引に化粧を施す。パッと見別人、というところまで変装が終わったところで、道の向かいにガロエラとエルムが姿を見せた。
「私は外で待ちます。あとで報告お願いします」
怪しい黒ローブをどうあっても脱ぐ気はないらしいレルムは外で待機。席に着いたガロエラとエルムの後を追うように、3人は店の中に侵入を果たした。
「いらっしゃいませ。何名でしょうか?」
「3人だ。窓際の席がいいな」
「こちらへどうぞ~」
明るいウェイトレスに誘導され、無事にガロエラたちの隣の席に座ることに成功する。
「よく窓際に座ってるってわかりましたね」
小声で囁くソラリアに、ヴェンターは真顔で囁き返す。
「レルムがガロエラに喋った事前の助言でな」
素直な男である。ガロエラも、ヴェンターも。
変装を果たした3人は、自然な動きになるように心掛けながら隣の席を覗き込む。あいにくと、ソラリア以外の2人は、まるで気になる異性を目で追ってしまう少年のように不審な動きだったが。さいわい、エルムとガロエラは目の前の人物に集中しているようで、気づいた様子はなかった。
「何にする? 今日は付き合ってもらってるからな、奢るぞ」
「レルム、たぶんこうなることがわかってたな」
同じようにメニューを開くヴェンターの視界には、『高級牛肉【
金貨2枚。値段を見ただけでソラリアの視線がどこかへ飛ぶ。おそらく、金貨2枚で買える装備や消耗品の妄想だろう。ルナリにいたっては過呼吸を起こしかけている。19層のフィールド型迷宮に住まう【
劣化しやすい肉を運ぶのであれば、『冒険者の鞄』を持つか、もしくは魔導士がそばで氷を生み続ける必要がある。当然だが、『冒険者の鞄』を持てるほどの稼ぎがある冒険者ならば、より深場に潜ったほうが利率が高い。
いくら予算金貨10枚と言っても、ポンと払えるような金額ではない。
のだが。
「お、俺もそれにしようかな……?」
動揺して口調を震わせながらも、自身も同じものを頼もうとするガロエラに、隣のテーブルは戦慄に包まれた。
「……ッ!?」
「――?」
「ヤバい……! 正気を失っている、止めろ、止めてくれエルム……!」
ルナリが白目を剥き、ソラリアの意識が飛び立ち、ヴェンターが祈る。
このままでは、金貨4枚という大金がガロエラの財布から消失してしまう。金貨10枚という予算がこれまでの冒険生活で貯金したのか、それとも元から持っていたお金なのかはわからない。が、まだ12層までしか到達していない冒険者が軽々に取り戻せる金額ではないのだ。
「馬鹿じゃないの? 本気で頼むわけないじゃない。いくら奢りだからって、そこまで見境ない女じゃないわよ、私」
呆れたように溜息をつき、メニューのページをめくるエルムに、隣のテーブルが安堵に包まれる。
「おい、起きろ。帰ってこい!」
小声で叫ぶヴェンターに揺さぶられ、ソラリアとルナリが意識を取り戻す。中級冒険者として大量の金貨を取り扱うこともあるヴェンターによって、彼らはなんとか正気を取り戻した。
エルムに対して『たちの悪い冗談だな!』とか、『お前ならやりかねないから焦ったんだろ!』とか、色々言いたいことはあったが、ヴェンターはなんとかこらえた。ここで飛び出してしまっては計画が水の泡だ。
「そ、そうか、冗談だよな。ホッとしたぜ」
「私、これでいいわ」
なんとか態勢を整えたヴェンター達は、冷静に耳を澄ませる。メニューを開いて悩んでいるフリも忘れない。しかし、入店数分でやらかした隣のテーブルが気になって、3人とも半分以上上の空でメニューを眺めていた。
「お客様、ご注文はどうなさいますか?」
「「「あ、コーヒーで」」」
そのせいで全員癖でコーヒーを頼んでしまうという珍事はあったものの、監視に支障はない。湯気を立てるコーヒーを口に含み、いつもより物足りない気がする苦味に内心首を傾げつつ、ヴェンターたちは2人の監視を続ける。
3人の耳に飛び込んできたのは、同じようなタイミングで注文を取りに来たらしいウェイトレスに注文を伝えるガロエラの声だった。
「えーと、この『サラダセット』をひとつと、『高級牛肉【
聞いていた3人が同時にコーヒーを噴き出したのは、言うまでもない。
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