第12話 逢引

「紡げ/創造の種子/破壊の火種――」

「馬鹿こんな街中で!?」


 肩から聞こえてきた声に、慌てて担いでいた少女を降ろす。


「……冗談よ」


 嘘つけ絶対本気だったぞ、という言葉を飲み込む。フードを被った不審者にしか見えない双子の少女――エルム・ラ・シャフォーンとパーティを組んでから6日の日々が過ぎていた。ともに迷宮に潜った回数は3回。連携は改善されず、相変わらず火球が背中を焦がしていた。


「……何よ」

「いや……?」


 背中を炙られる感覚は慣れた。実は毎回軽度の火傷を負っていたので、こっそりとルナリに治療してもらっていたのだが、前回の探索でそれがバレた。以来、エルムは俺と距離を置いている。今も、俺の手の届かない位置まで逃げている。


「もう少し近くに来ないか?」

「また担がれるのはごめんよ」


 これは俺が悪いだろう。もとより、あまり人と交流を図るのは得意ではない。大抵、俺に向けて呆れたような視線を向けて去って行ってしまうからだ。この鎧をバカにされると激昂してしまうのも、悪い癖だとわかってはいるのだが。


「……レルムから言われて、様子を見に来たんでしょうけど。余計なお世話だから」


 冷たい声。彼女と俺の間には、埋め切れない溝がある。それがどうにも悲しくて、手を伸ばしたくなる。冬の日のように冷たい彼女の声の裏に、隠し切れない激情を感じ取れるから。


「違うぞ。俺は俺の意思でお前を迎えに来た」

「どちらにせよ、余計なお世話よ」


 伸ばした手を払われる。歩み寄ろうとした足を蹴飛ばされた。しかし、俺は内心湧き上がる喜びを隠し切れなかった。彼女は嫌がってはいるが、俺という存在を拒絶しているわけではない。走って逃げればいいものを、その場でとどまり会話を続けている。多少なりとも、彼女の中に俺の居場所はあるのだろう。


「……鎧、震えてるけど……まさか……」


 小声で呟くエルム。まるで野生の動物を相手にしているようだ。威嚇され、噛みつくぞ、と脅されている。ニヤけてしまいそうになる頬を引き締める。彼女に噛みつかれてもさほど痛くはないが、それは彼女にとって自分が怯えられる対象でもあるということだ。非力な魔導士、体格も小柄。


(紳士であれ……紳士であれ、俺……!)


「あんた、まさか……」


 まずい。感情が鎧に伝わってしまったか。この鎧は優秀で、かつ俺の誇りでもあるが、少し優秀すぎるのが玉にキズだ。俺の感情まで表現しなくてもいいのに。


「まさか……マゾなの?」


 は?


「女性に冷たくあしらわれて喜ぶなんて。度し難い変態ね」

「いや違――」


 待てよ。

 俺の喜びの感情は見破られている。ということは――このマゾ疑惑を否定すると――


 マゾではない→エルムに冷たくされて喜んでいる→エルムが好き


 と思われてしまうのではないのだろうか?


 マズイ。それはマズイ。せっかく結成したパーティだ。冒険者パーティが解散する理由、堂々の第1位は『死別』であるが、栄えある第2位は『痴情のもつれ』である。結成6日のパーティをそんな理由で解散させるわけにはいかない。だいたい俺はもっとグラマラスな女性の方が好みだ。こんな幼児体型のちんちくりんに欲情するわけがない。あと断じてマゾではない。


「女性って、もっと体に起伏がある人のことを指すんじゃないか?」

「死にたいようね」


 混乱した俺の口から放たれた言葉は、一瞬で目の前の少女の殺意を限界値まで引き上げたようだった。一瞬だけ見えたエルムの空色の瞳は、目の前の俺を殺すべく殺意に澱んでいた。右手を差し出し、左手を引き、右足のつま先を立てる。こうして正面から見るのは初めてだが、それが間違いなく彼女が本気で魔術を行使するための『舞踏』の用意だと感じ取った俺は、とっさに差し出された右手を取った。


「ちょっ、離しなさいよ!」

「離したら魔術使うだろお前!」


 こんなことをしている場合ではない。『エルムと仲良くなりたい』という俺の願いを聞いてお膳立てしてくれた先生とレルムのためにも、今日はやるべきことがあるのだ。あんな風に、身を削って訓練するエルムのことを放ってはおけないし。


「今日は連れて行きたい場所があるんだよ! 行くぞエルム!」

「は、離しなさい――助けてー! 浚われるー!」

「それマジでやめろって!」


 騒ぎ立てるエルムをなかば引きずるようにして、俺は再び移動を開始するのだった。







 その光景を見守っていた4人のうち、3人は顔を手で覆っていた。小刻みに震えているのは、笑いをこらえているからだろうか。反面、目を輝かせて様子を見守っているのは脳内乙女畑のルナリである。


「あ……あれ、無自覚なんだよな……? やば、笑えるな」

「お姉ちゃんが一番苦手なタイプかもしれない……」

「……ッ!」


 どうやらツボに入ったらしいソラリアは、呼吸すら困難な様子だ。笑いを必死に耐えるヴェンターとレルムは、気を抜くと口から洩れそうになる笑い声を必死にこらえる。


「『今日は連れて行きたい場所があるんだよ!』ですって……私も言われてみたいなぁ……」


 ルナリの呟きに、我慢が限界値を超えたヴェンターとレルムが噴き出す。ソラリアにいたっては地面にうずくまり、全身を震わせ始めた。


「青春してるなぁ」

「姉と仲良くなりたい、って言ってきたときはどうしようかと思いましたが、意外とお似合いなんですかね」

「あれ、絶対『恋』だよな。お互いに」

「まだ2人とも自覚はない感じですね」


 後ろから火球を当てられ続けて恋心が芽生える、というのも変な話である。ガロエラは本格的にマゾヒストである可能性が浮上した。


「まあ、男女混合パーティにはよくある話ですから」


 なんとか笑いの発作を抑えて立ち上がったソラリア。


「火球の熱にでも当てられたのかな」


 ヴェンターの呟きにソラリアが再び発作を起こして地面にうずくまる。このリーダーのツボはよくわからん、とヴェンターは首を傾げながら記憶をたどる。どうして、こんなストーカーまがいの行為をする羽目になったのかを――



 † † † †



昨日の話である。一向に改善されない連携に頭を悩ませるヴェンターの前に、深刻そうな雰囲気を纏ったルナリとガロエラが現れた。


「治療を、エルムに見られました」


 そうか、と呟いてヴェンターは持っていた本を閉じた。ルナリの視線が動き、『全解説!大陸の美食をめぐる旅~魚に肉を添えて~』と書かれている本に目が行く。この男、さほど悩んでいない。


「背中の具合はどうだ、ガロエラ?」

「問題ないです。とはいえ、何度も連続で当てられたり、もう少し威力が上がるとマズイですが」


 迷宮内で放たれるエルムの魔術はガロエラにしっかりとダメージを与えていた。具体的に言うと、背面の金属鎧が熱され、軽度ではあるがガロエラの背中に火傷を与えていたのである。中に着込んでいる肌着も焼け、迷宮探索後ガロエラの服はハリボテのような状態になっていた。


 そのことに真っ先に気づいたヴェンターの言葉により、探索終了後にルナリの手によって治療が施されていたのである。その事実をエルムに伝えなかったのは、ひとえにガロエラの願いを聞き届けたからだ。


「俺は、このパーティを気に入っています」

「まあ、鎧脱げって言わないしな」

「それもありますが……居心地がいいのです」

「へぇ?」


 ソラリアに極寒の視線で見られ、エルムに背中を炙られ、レルムに罵倒されているようにヴェンターからは見えるのだが。


「なので、失いたくはありません。ですが、エルムはきっと、気に病むでしょう」

「そうだな」


 おそらく、ヴェンターが思っている『気に病む』とガロエラが思っている『気に病む』は理由が違う。ガロエラは「エルムが自分の魔術で仲間に傷を負わせていた」ことを気にすると思っているようだが、ヴェンターに言わせれば彼女はそんな殊勝なタマではない。どちらかというと、「あんな男に気を遣われていた!」と奮起するタイプに見える。が、面白そうなので何も言わない。


「連携がうまく行かないのは、お互いのことを知らないからです。なので、俺とエルムが仲良くなるのに協力してください!」

「面白そうだな。だが、それには妹のレルムの協力が必要不可欠だ。この場に連れてきてもらえるか?」

「わかりました!」


 ガロエラはあわただしく、宿屋を飛び出していく。それを見送って、ルナリは口を開いた。


「アレのことは、いつまで黙っていればいいの?」

「んー。向こうから聞かれるまで、だな。ソラリアも同意見だろう?」


 パーティリーダーからも同じように言われているルナリは溜息をつく。やりたいことも、やらせたいことも、理解はできる。だがこうも空回りしているのを見ていると、苛立ちはたまる。


「読むか?」

「いえ、いいです」


 『全解説!大陸の美食をめぐる旅~魚に肉を添えて~』を掲げて見せるヴェンターに、ルナリは冷たく返した。味わえないものを眺めて空腹に苦しむ趣味はなかった。


「そういえば、資金はどうなってる?」

「残り金貨2枚と銀貨27枚です」

「ルナリのそういうとこは正直予想外の有能さだったわ……だいぶ節約できてるな」


 ルナリの会計係としての有能さである。『パーティ資金』という共有財産は、どのパーティでも行っている。魔導士にとって不可欠な魔導石の購入や、装備の新調、保存食の購入など、パーティ全体で共有するものはこうした共有財産から捻出される。1回の探索でかかる金額は、パーティメンバーひとりひとりによって違うため、可能な限り公平にするために、探索に使う消耗品の購入はパーティ資金から出されるのだ。


「楽しいですから」


 報酬で揉める冒険者は少なくない。直接的な解散理由になることは少ないが、それでも不満はたまるもの。衝動買いの悪癖があるソラリア、金に興味を抱かない双子、言い値でホイホイ買ってしまうガロエラ、相場が良く分からないヴェンター。金勘定が得意かつ、理路整然と出費の理由を語り、計算し、納得させる敏腕会計。それがルナリである。


 凄絶な値切り合戦を見て、ソラリアの顔が青くなっていたのは記憶に新しい。


 やがて戻ってきたガロエラとレルム、そしてどうやら巻き込まれたらしいソラリアを含んで、表作戦名『ガロエラとエルムが仲良くなる作戦』――裏名義では『とっとと2人をくっつけちゃおうぜ作戦』の開始が決定したのだ。




 † † † †




「気合を入れるのです先生。私が自由になれるかどうかの瀬戸際ですよ」


 妙に気合の入っているレルム。真剣だがどこか笑いをこらえきれないソラリア。キラキラと憧れを含んだ目線で2人を眺めるルナリ。この作戦は基本的に脳内乙女畑ルナリによって立てられ、ヴェンターとレルムが微修正をかけたものだ。


「さあまずは、デートの定番! 服屋です!」


 すでに絶対うまく行かないことを確信しているヴェンター、ソラリア、レルムは笑いをこらえるのに必死だ。レルムはうまくいってほしい気持ちと、それはそれとして姉が狼狽える姿も見たいという欲望が重なっているので、非常に機嫌がいい。つまるところ、どっちに転んでも楽しめるのである。


 そんな4人の視線を受けながら、ガロエラとエルムは服屋に足を踏み入れたのだった。

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