第11話 作戦
「もうガロエラは要らないのでは?」
心の底から疑問に思っている感じで呟いたルナリに、ガロエラが膝をつく。鎧が床にあたって耳障りな音を響かせた。
「ルナリ、ガロエラが本気で傷ついてるからやめてあげて」
ソラリアがフォローに回るが、今の戦いぶりを見ているとそう思うのも仕方がない。レルムとソラリアが前衛を担えば、ある程度の敵は押しとどめることができるだろう。
「――リーダー殿の意見はどうだ?」
ヴェンターの問いかけに、ソラリアは一切迷うことなく答えた。
「ガロエラがいないと、この先が厳しくなります。私もレルムも、ともに回避を主体とした戦い方をします。大量に出てきた魔獣の群れを押しとどめるのに、防御に適正のある前衛は必須です」
「というわけだ。納得できたかな、ルナリ」
「まあ、一応」
無言で拳を握りしめるガロエラ。本気で見捨てられることを心配していたらしい。
「まあ防御が得意であればガロエラである必要はないんだがな」
ガロエラに聞こえないようにヴェンターは呟く。だが、ガロエラが抜けた場合にこのパーティに防御役が不足するのは間違いない。防御を得意とする前衛は、魔導士や癒し手ほどではないがなり手が少ない。盾は重いしかさばるし、手入れに金もかかる。活躍も地味だ。特に才能も必要なく、憧れる者が多いため、冒険者は軽装備の剣士が一番多い。なぜかこのパーティにはいないが。
「とりあえず、問題点は明らかになりましたね。今日はここまでとしましょう」
「俺はまだまだ行けるぜ?」
ソラリアの言葉にガロエラが反発する。金属鎧を身に着けて、5層までの強行軍。それなりに魔獣との戦闘もあったというのに、ガロエラは体力に余裕があるようだ。比較的軽装のルナリは少し疲れ気味。双子もまだまだ余裕がありそうだ。
「この下、6層は【
【
「あーあのドロドロしてるヤツか。そりゃあ確かに面倒だな、帰ろうぜ」
当然全身金属鎧のこの男は、何も気にせずに【
ソラリアの中で、ガロエラに対する評価は微妙に上昇していた。迷宮に
「エルム。貴女は、詠唱魔術を使いこなせるようになってください。狙いも正確につけられるように」
「はい……」
エルムも自分の問題点を認識しているため、悄然と頷く。
「ガロエラは、短い間でいいので素早く動く方法を見つけてください」
「お、おう」
なぜ睨まれたかがわかっていないガロエラは、少し体を引きながらも頷いた。実際のところ、意外なことに――今このパーティで、単体でもっとも強力な力を持つのはガロエラである。ソラリアやヴェンターが想像していたよりも、全身金属鎧を着込んだガロエラの動きが良い。体力もある。技術もあり、おそらくは魔力が込められている装備なのだろうが、鎧の性能も高い。威力・範囲が上昇しているエルムの魔術すらも『熱い』で済ますのだから、魔術的な防御力もあるのだろう。
「では帰還します。帰り際に何枚か【
「私は!?」
エルムの抗議に、ソラリアは冷たい瞳を向けた。
「さきほどから何頭黒焦げにしていると思っているんですか? 銀貨2枚分の損失ですよ」
「うっ!」
相場も把握してるのか、とヴェンターはソラリアの知識量に舌を巻く。
(でもこの娘、衝動買いの癖があるからなぁ……)
先日、ルナリの冒険者用の装備を買いに行ったさいに判明した意外な事実を、そっと胸に仕舞うヴェンター。そういう意味では、徹底した値切り交渉で価格対費用を考慮するルナリの方がよほど信用できた。
「さて、行きますよ!」
ソラリアの号令に従い、パーティは一丸となって動き出す。留守番を命じられたエルムを後方でルナリが慰めていたが、前衛の3人は何も言わないのだった。
† † † †
「渦巻く大河/冬に眠りて/閉ざされる雪に/白き願いを託さん!」
冒険者ギルド、訓練場。踏み固められた大地の上に、ローブを纏った少女がいた。怪しげな光を放つ魔道具――幻影生成装置に向かい合い、魔術を行使する。フードの上に桃色のリボンがついていないことから、彼女が双子の姉――エルムであることがわかる。
迷宮から発掘された幻影生成装置は、冒険者ギルドの手によって買い取られ、こうして訓練場に有効活用されている。難点は、ある程度魔力量がないと起動できないところか。とはいえ、その有用性は誰もが認めるところである。【
あまり得意ではない水系統の魔術。かつ、
「てめー! どこ狙って撃ってんだ!」
怒号を飛ばすが、当のエルムが地面に膝をついているのを見て、怒りを同情が上回った。
「だ、大丈夫か、あんた。まあ、威力はあったぞ。狙いはその、見当違いだったけど……」
そう、威力はあるのである。苦手である水系統の魔術でも、硬く踏み慣らされた訓練場の地面を抉り取るくらいには。だが残念ながら、狙いが雑すぎた。
しかし、これにはちゃんとした理由がある。
「踊りながらなら……外したりしないのに……!」
エルムは、天才ではないが才能に満ち溢れていた。生まれながらにして体内に大量の魔素を持ち、里の者たちから期待されて育ったのだ。ゆえに、南方出身の彼女に求められたのは、基礎の詠唱魔術ではなく、舞や歌をメインに据えた『広域殲滅魔術』。多少――これを多少と呼ぶかどうかはおいておいて――狙いが大雑把でも、威力と範囲で圧倒する固定砲台。里の大人たちの期待を一身に背負い、エルムは魔術の腕を上げていった。
この場合の魔術の腕とは、舞踏の激しさや魔術の威力を示していた。
そう、エルムは――踊りながら魔術を放った方が当たるのだ。一般的な魔導士からすれば、何をバカなと鼻で笑われるだろうが。
「うう……どうすれば……」
先ほどの魔術も、踊りながら撃っていればてんでバラバラな方向にすっ飛んでいった氷柱も、しっかり当たっていたはずなのだ。回転や捻りを加えながら放つため、舞踏しながらの魔術は制御が難しい――が、エルムにとってはそちらの方が得意。とはいえ、迷宮で今の魔術を踊りながら撃ったら通路が氷柱で埋め尽くされるだろうが。
「悩みごとなら、相談乗るぜ?」
優しげに肩を叩く冒険者。声を聴いて、エルムが女性であることに気づいたのだろう。多少以上の下心を感じさせる顔と声音だったが、エルムは迷う。
正直な話、いま少しエルムは弱っていた。訓練に成果は見えず、
「なんなら奢るし。休憩も兼ねて――」
「おーいエルムー!」
口説こうとする冒険者の男の言葉を遮り、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。続いて、金属同士がぶつかるガチャガチャとうるさい音も。
「ん? なんだお前。うちのパーティメンバーに何か用か?」
「……ちっ、なんでもねぇよ」
純粋に疑問に思った声でガロエラは問いかけるが、男は邪魔されたと思ったようだ。舌打ちをしてエルムから離れる。内心首を傾げるガロエラだったが、重要なのは今打ちひしがれているエルムを立ち直らせることだ。
「よし、気分転換にどっか遊びに行こうぜ!」
奇しくも、さきほどの男と同じような声かけをしてしまったが。
「……レルムに頼まれたのね?」
「な、なんのことかさっぱりわからんな?」
ガロエラは隠したつもりなのかもしれないが、残念ながら鎧が持ち主の動揺に反応してガチャガチャと音を立てていた。感情表現までするとは、いわくつきの鎧なのだろうか――とエルムが目を細める。
が、すぐにどうでもいいと思いなおした。北方の猿と仲良くしてやる義理なんてないのである。
「ほっといて。あなたに関係ないでしょ」
「いや、これ以上火球を後ろからぶつけられたくないし」
珍しくガロエラが正論を吐き、地面にうずくまっていたエルムを持ち上げる。そして、そのまま荷物を持つように肩に担ぎ上げた。
「ちょ、ちょっと降ろして! 何するのよ!」
「何って……拉致かな」
「犯罪よ!?」
悲鳴じみたエルムの声を聞くこともなく、ガロエラは軽やかに走り出した。小柄とはいえ、1人分の重量を担いでもさほど苦に感じている様子はない。そのあたりの力や体力は流石と言えた。
「ここに人攫いがいます! 助けてー!」
「あってめぇやめろ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら去っていく2人を、冒険者ギルドの面々は生暖かい目で見送った。全身金属鎧のガロエラも、不審者姿のエルムも、2人が思っている以上に有名人である。【炎と風の鳥】のソラリアと、見慣れない新人を連れて言い争いをしながらギルドに現れた時に彼らの噂はあっという間に広まった。
「うーん、どうですかね。先生」
「うーん……」
かなり離れても、2人の言い争いと金属鎧の騒音はよく聞こえた。のんびりと歩いて2人を追いながら、影から様子を見守っていた四人が顔を出す。
ソラリアが焼き鳥を口に咥え、もぐもぐと口を動かしている間に、レルムは指南役であるヴェンターに問いかける。
「仲良くなってるしいいんじゃないですか?」
しれっとヴェンターの腕をとろうとするルナリの左手を、串を咥えたままのソラリアの右手が叩き落とす。そのまま後ろで無言のバトルを始めた2人を無視して、ヴェンターとレルムはこれからの方策を話し合う。
「どうすれば、姉とガロエラが仲良くなれるのか……」
「仲良くなれば解決、というわけでもないと思うが」
「ええ、それはわかっています。ですが、姉は結構一人で抱え込むタイプです。しかも、今まで挫折らしい挫折をしていません。私から言っても、妹が気を遣っていると思うだけでしょう。私以外に姉を認めてくれる人が必要だと考えます」
人間って面倒くさいなー、と思うヴェンターであった。しかし、長年ともに過ごしてきたであろう
「ああして言い合っていますが、実は二人の相性は悪くないと思います」
「ああ、それは俺もそう思う」
「というわけで――『とっとと2人をくっつけちゃおうぜ作戦』の開始です」
「気が早いよね、レルは」
「私は早くあの姉から自由になりたいのです」
そして、姉も早く私から自由になるべきです――そう呟いたレルムの顔は、フードに隠れて窺えない。だが、その声は酷く寂しそうな声音だった。
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