第9話 突入

「では、潜っていきますね。今日はお試しです、あまり気合をいれすぎず、適度に力を抜いて行きましょう。まだ罠の類もありませんので、順番に連携の確認をしていきます」


 ソラリアの話を真剣に聞くルナリ。ヘルメットに隠されて表情が窺えないガロエラ。フードで半分以上顔が見えない双子。


 ……俺が言うのもなんだが、ずいぶんキワモノみたいなパーティだな。法衣を脱いで革鎧などの初心者用の装備をしているルナリと、初級者用の装備をしているソラリアが随分まともに見える。まともすぎて浮いてる。


「かわいそう……」

「なんだかわかりませんが、私を哀れみの目線で見ないでもらえますか先生」

「ごめん」


 まともな人が浮いてしまうのはとても悲しい。俺は今日、ひとつ学んだ。


 【炎と風の鳥】に関して、俺はそこまで付き合いがあったわけではない。だが、冒険者ギルドが高評価を下していること、ソラリアがきちんとした装備を整えていることなどから、本当に堅実な良いパーティだったのだろう。彼らの出自は気になるが、どうしても聞かなければいけないようなことではない。


(従軍経験者……ね)


 ソラリアは若い。見た目では、まだ15か、16か。ルナリも同じくらいだろう。ガロエラは顔が見えないので何とも言えないが、言動や体格から考えると18くらいか。双子はなんにもわからん。小柄だから12、3だと言われても信じてしまいそうだ。


(16歳の少女が従軍……)


 月光のもと浮かび上がった彼女の裸身を思い出す。詳しくじっとり見たわけではないので記憶が曖昧だが、彼女の体には多くの傷跡があった……ような気がする。冒険者ならば珍しくもないので、さほど気に留めていなかったが。


「では、行きますよ」


 迷宮の入り口に立つ冒険者に声をかけ、ソラリア、ガロエラ、双子、ルナリ、俺の順番で迷宮の入り口に入る。通路に等間隔に並べられた松明の光で、おぼろげに照らされた坂を下っていく。


 迷宮1層。

 冒険者ギルドによって管理されている、迷宮においてほぼ唯一命の危険がない場所だ。初級冒険者による巡回によって危険な魔獣は狩られている。定期的に駆除されていることもあり、迷宮内唯一の人類の支配圏と言ってもいい。本気になれば2層、3層までは人類が制圧できるだろうが、様々な事情からギルドが制圧に乗り出すことはない。


「……」


 道を歩くソラリア達は無言。この階層にほとんど危険はないが、迷宮という場所に足を踏み入れたことは事実。緊張――いや、それ以外の理由だろう。


「……ねえちょっと、聞きたいことがあるんだけど」

「俺じゃなくてパーティメンバーに聞け」

「はいはい」


 裾を引かれた俺が冷たく対応すると、ルナリはひとつ溜息をついてから口を開いた。


「あの松明ってどうやって燃えてるの?」

「さあ? 知らんが」

「私も知りません」

「姉に同じく」


 俺とソラリアは同時に額を押さえた。いや別に、必ず知っていなければいけない知識ではないが……


「冒険者ギルドの者が交換していますよ。2層より下は【翠苔ラケ】が周囲を照らしていますので、15層まで明かりの心配は必要ありません」

「へぇーそうなんだ。よくできてるね」


 のほほんと感想を口にするルナリ。ソラリアの半眼にそっと目を逸らすガロエラと双子。早くも力関係が決まり始めていた。


(だが、悪くない雰囲気だ。ルナリを入れたのは正解だったかもしれんな)


「はぁ……歩きながらでいいので、迷宮についての話をします。幸い、2層や3層に大した敵はいませんから」

「お、おお。迷宮が初めての神官さまには必要だもんな! な!?」

「そ、その通りです。私たちの知識を再確認する意味でも。復習は有意義だと考えます」


 焦ったように賛同するガロエラとエルムを一瞥し、ソラリアは口を開く。斥候役である彼女は、恐らく情報収集やその分析に長けている。でなければ、12層までパーティを引っ張ったりはできないはずだ。


「迷宮がなんなのか、というのは全く結論が出ていないので省きます。神々の試練場だとか、超巨大生物の一部であるとか、古代よりの遺産であるとか、説は様々。わかっていることは、魔力を内包し魔獣を生み出し、人を喰らう場所であること」


 ソラリアの視線が鋭く闇を見据える。たとえ1層であっても、気を抜かないその姿勢に、俺は敬意すら覚えた。そして、迷宮に関する情報を一通り調べているであろう、知識量にも。


「迷宮内に住む魔獣に関してですが。深く潜るほど、魔素の濃度は増していきます。そして魔素をため込んだ魔獣は変質を起こす。下層であればあるほど魔素による変質は頻繁に起き、その生態系が塗り替えられています。浅い階層ほど潜りやすいのは、変化が起こりにくい領域だからです」


 これは純然たる事実。3層の【糸虫モルモ】をはじめとして、迷宮から採れる素材は間違いなく有用だ。そのため人は迷宮に潜る。深い階層の生存競争で磨かれた素材を手に入れるために。


「私もさほど詳しいわけではありませんが、【糸虫モルモ】の糸は頑丈な服飾材に、【色鼠ケラット】の血はその染色に……など、様々な利益があります。とはいえ、利益にならない魔獣もいます。罠を設置し人を浚う【小鬼エブ】などは最たる例ですね」


 【小鬼エブ】。手先が器用かつ、迷宮の階層を自由に移動する厄介な魔獣だ。迷宮に存在を認められているのか、魔法的な罠や原始的な罠を迷宮各所に配置していく面倒な種族。見つけ次第討伐が推奨されているが、奴らは自分の体を囮に罠を張ることもあるので、油断できない。


「【小鬼エブ】……」


 心底嫌そうな呟きを漏らしたのは、エルムだ。レルムも体をこわばらせている。女性冒険者の多くに嫌われる【小鬼エブ】は、罠で浚った人間を殺すだけではない。女性ならば犯し、孕ませる。下層でごくまれに見つかる【小鬼エブ】の『繁殖部屋』――そこには、行方不明になった女性冒険者たちの凄惨な姿があったという。


「大丈夫です。私がいる限り、罠は必ず回避します」

「……よろしくお願いします」


 頭を下げるエルム。とはいえ奴らの罠が激化するのは10層を超えて、15層以降。20層より下は、奴らも寄り付かない。おそらくそのあたりに奴らの本拠地があるのだろうが、誰も見つけられていない。フィールド型の迷宮階層は広すぎるのだ。


「というわけで勝手な行動は慎んでください。特に不安なのはそこの二人です」

「ん?」

「んえ?」


 興味深そうに壁を撫でていたルナリが首を傾げ、歩きながら舟をこいでいたガロエラが狼狽える。


「ルナリ、迂闊に迷宮内のものに触れないでください。ガロエラは……もういいです、それ以前の問題です」

「そうか? ありがとよ」

「褒めてません……」


 心底嫌そうに呟くソラリア。きっと今まではまともな冒険者として活動していたのだろう。ガロエラや双子の常識のなさに少し苛立っているのが伝わってきた。


 だがそれはある意味、仕方がないことではあるのだ。人格的にまともで実力がある者は、とっくに仲間を見つけて迷宮に挑んでいる。実力があって、パーティを組めていないのであれば、何かしら問題がある。人格とか性格とか。


「だから仕方ないんだよな……」

「……あの、ヴェンターさん。先ほどから何か、自分のことを棚に上げていませんか?」

「いや……?」


 胡乱気な瞳で見つめてくるルナリに首を傾げる。何を言っているのか全くわからない。何の話だろう。


「まあいいですけど……」


 憮然とした様子のルナリ。前方では、ソラリアの説明のような説教が、延々とガロエラと双子に襲い掛かっていた。どうやらガロエラは説明や説教を長時間聞いていると眠くなる体質らしく、またもや船を漕ぎ始めていた。双子は……よくわからないが、姉のエルムはそもそも知識を重要視していないように見えた。妹のレルムはとりあえず興味深そうに聞いているように見える。いや、フードで表情が窺えないからなんとも言えないけど。


「だいたい、冒険者としてやっていくのに心構えが――」

「7層までは潜れてる。問題ない」

「それで【羽音虫ゼブリ】に苦戦してるのでしょう。奴らは魔導士殺しですからね」

「「うっ」」


 どうやらその指摘は図星だったようで、双子が同時にソラリアから目を逸らす。7層に住まう【羽音虫ゼブリ】は耳障りな音を放つ羽虫だ。魔術を扱う魔導士にとって厄介なことに、彼らは魔力を微かに含んだ音を大量に発生させる。なおかつ、異質な音に集まるという性質を持つため、騒音を出しやすい魔導士からは嫌われている。というか、ほとんど天敵と言ってもいい。


「【羽音虫ゼブリ】なんかに苦戦してるのか、お前ら。あいつらなんもできないじゃん」

「そりゃ全身金属鎧フルプレートメイルの人にとっちゃそうかもしれないけどね!」


 【羽音虫ゼブリ】は手のひらサイズの羽虫であり、麻痺毒で獲物を弱らせ、大量の【羽音虫ゼブリ】で巣に持ち帰る習性を持つ。全身金属鎧フルプレートメイルを装備し、力のあるガロエラからすれば【羽音虫ゼブリ】は適当に叩き落としておけばいい魔虫だろう。


「そういうガロエラも【肉食蝙蝠スティア・ローク】に苦戦してたじゃない」

「なっあれは違うぞ! そもそもあいつらがヒラヒラヒラヒラ避けるから――どんどん増えるし――」

「ふっ」

「今鼻で笑ったなお前!?」


 ソラリアとエルムとガロエラが言い合う様子を、俺とルナリは後ろから見守る。レルムは姉を止めようとしているようだが、ウロウロと両手を彷徨わせるだけだ。まるで踊っているかのようなその動きに、思わず吹き出しそうになる。


「あ……あの。いいんですか、迷宮内であんな……」

「仲が良くていいじゃないか」


 確かにあまり褒められたことではないのかもしれない。しかし、人間は警戒し続けることができる生き物ではない。というか、そんな生き物は存在しない。どんな生き物にも油断する瞬間が存在し、そしてその隙をできるだけ減らす努力をしている。


 迷宮に1人で潜るのは無謀だ。気を紛らわせることも、誰かに身を預けることも、温もりを感じることもできない。


「ずっと緊張し続けるよりマシさ。迷宮は長丁場だ、適度に息抜きしておかないと、いざというときに体が動かなくなる」

「なるほど。よーしそういうことなら……! レルムちゃん!」


 ウロウロオロオロしていた少女に後ろから話しかけ、何かよくわからない話を始めるルナリ。


 え、嘘だろお前? 今話してるの視線誘導とか男の誘い方とかじゃんか。レルム、どう見てもまだ13歳くらいなんだが? 何教えてるの?


 納得できないのは割とレルムが真剣にルナリの話を聞いていることだ。


 おーい信じない方がいいぞ、そいつただの耳年増でたぶん未経験――


「あっぶね!」


 飛んできたメイスを屈んで避ける。


「何すんだお前!」

「なにか非常に失礼な事を思われた気がしました」


 盛大な音を立てて転がったメイスを拾い上げてルナリに渡す。ついでに頭をはたく。これくらいは許されるだろう。


「それで、胸元に視線を誘導したあとはどうするのですか?」

「え?」

「私たちの里には男性が非常に少なく、私自身未成熟でしたのでそういった手練手管を教えてくれる女性はいませんでした。今のお話しを聞くに、ルナリさんは非常に経験豊富のご様子。ぜひ男を手玉に取る方法をご教授願いたく」

「えっえーと……そのあとは……そのあとは……!」


 会ってから一番喋っているレルムは興味津々だ。体を乗り出して迫るその様子から、本当にルナリを信じている様子が伺える。ルナリは数度深呼吸して自分を落ち着かせると、真剣な表情で口を開いた。


「――いい、レルムちゃん。男は胸を揉めば基本的に満足なの」


 おい。


「そうなのですか。しかし、私の胸はまだ成長途中でして。姉よりはありますが、まだまだ貧相と言わざるを得ません」

「レルーちょっとこっちおいでー? お姉ちゃんとお話しよー?」

「お断りします。今はルナリさんから男という生き物の生態を学ぶ絶好の機会なので」

「こっち来いよ! 私の胸がなんだって!?」

「無です」

「……まあ、俺は胸がなくても気にしないぞ?」

「甲冑男に慰められた……いや胸はあるし! ないわけないし!」


 ソラリアは無言で自分の胸を見下ろし、ルナリの巨乳と見比べて頬を引きつらせ、エルムの胸部を観察して満面の笑顔になった。その一連の流れを見て、俺は必死に笑いをこらえる。


「まあエルムさんはまだ成長途中だと思いますよ。胸に栄養が行き過ぎて、教会を破門になるような愚かものよりはマシかと」

「ちょっとソラリアちゃん、それは誰のことかなー?」

「どうやら記憶も胸に食べられてしまったようですね」


 ソラリアとルナリが睨みあい、それをワクワクした様子で見守るレルム。奥に目をやると、ガロエラの脛を蹴り続けるエルムの姿も見える。和気あいあい、とはいかなくても、先ほどの停滞していた空気よりはずっと良い。


 意外と、いいパーティになるかもしれない。


 彼らなら、きっと――


 俺はいつか来るそのときに向けて、改めて彼らの成長を見守る覚悟を決めたのだった。

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