第7話 結成

 時は少し経ち、天頂の日が傾いて斜めに光を落とす頃。冒険者が相談や面接に使う小部屋で、5人の男女が顔を合わせていた。


 茶褐色のコートを脱いで、力を抜いて椅子に腰かける男――俺。

 緊張した様子で拳を握りしめ、そのせいで正面の3人を怯えさせる少女――ソラリア。

 俺たち2人の前に座っているのは、全身金属鎧フルプレートメイルを纏った怪しい男が1名、冒険者というよりは不審者と呼ぶのが相応しい装いをした少女が2名。


 総じて怪しい集まりであった。とはいえ、冒険者たちは基本ならずもの、経歴に傷を抱えた半端者がほとんど。『怪しくない奴の方が逆に怪しい』とは、冒険者たちの間で口を酸っぱくして言われている格言である。


「は、初めまして!」


 急に声を上げたソラリアに、対峙する3人が肩を跳ねさせる。どうも、こういった場面は苦手そうな感じだ。恐らく今までの【炎と風の鳥】ではリーダーにお任せだったのだろう。あまり前に出るタイプの性格じゃないし。


「わっ、私は【炎と風の鳥】――あっ、元なんですけど、【炎と風の鳥】の斥候をやってました、ソラリアと、言います! こ、この度は、お集まりいただき――」

「俺は中級冒険者のヴェンターだ。ま、付き添い兼保護者ってとこだな」


 そのまま暴走を始めそうだったので割り込み、視線で全身金属鎧フルプレートメイルの男に話を促す。


「俺の名前はガロエラ。見てのとおり北方の出だ。パーティを組むのに否やはないが、俺はこの命よりも大切な鎧を脱ぐ気はない。その点はよろしく頼む」


 隣に座る黒ローブの少女から『正気かお前!?』という目線で見られていることを一切気にせず、全身金属鎧男ガロエラは堂々と言い切った。


「そ、そうか。まあそれはとりあえず置いておこう」

「……私たちも自己紹介すべきか?」

「すべきか?」


 よろしく頼む、と目線で促す。黒ローブの少女二人は全く同時に頷き、細いのに周囲によく響く声で話し出した。


「私の名はエルム・ラ・シャフォーン。隣は妹のレルム・ラ・シャフォーン。見てのとおり南方の出」


 見てもわからんが、と突っ込みそうになるのを堪える。もしかしたら彼女なりの冗談だったのかもしれない。


「エル、レル、と呼んでほしい。ローブを取ると見分けがつかないので、ここで見分けてほしい」

「ほしい」


 エルム・ラ・シャフォーンと名乗った少女は、隣のレルムのフードのてっぺんに結びつけられた桃色のリボンを指さした。


「2人は移髪ウツリガミと聞いたが、そのフードを取ってもらうわけにはいかないか?」

「難しい。私たちはこの都市に来てから、多くの裏切りを見た。まだ、貴方たちを信用できていない」

「できていない。から、見せたくない」


 わからないでもない、か。口元は見えるが、瞳は見えない。交渉も信用もしづらいが、こういった手合いはこの都市にはいくらでもいる。慣れてもらうしかない。……しかし、先ほどから双子の二人から妙な視線を感じる。シャフォーン――南方――いや、まさか。まさかな。


「あー。まず確認なんだが、エルムさん、レルムさん、ガロエラさん。ソラリアとパーティを組むことに関して、何か条件はあるか? ちなみに勘違いのないように言っておくが、俺はパーティには入らない。迷宮には一緒に潜るが、後ろから助言を送るだけだ」

「「1つだけ」」


 驚いたことに、エルムとガロエラが声を揃えた。ソラリアと俺が驚いた顔で見守るなか、エルムは左――ガロエラを、ガロエラは右――エルムとレルムを指さし、同時に告げた。


「「こいつ(ら)と一緒は嫌(だ)」」

「……なんだって?」


 思わず聞き返すと、まずはガロエラが口を開いた。


「こいつらは連れていかないほうがいい。フードを取らないし、怪しさ満点だ。南方出身なのも気に喰わない。後ろから撃たれちゃ敵わん。まだ7階層をウロウロしてるみたいだしよ」


 続いてエルム。


「こいつとは一緒に潜りたくない。北方の脳筋野郎、迷宮に全身金属鎧フルプレートメイルで潜るなんて頭がおかしい証拠。12階層で蝙蝠ごときにやられて逃げ帰ってきた男が偉そうに」

「この鎧は俺の誇りだ! 誰だろうと侮辱は許さん、表出ろ!」

「上等。こんがり焼いてやる」

「やるー!」


 至近距離で威嚇を始めた3人を唖然として眺める。今にも取っ組み合いを始めそうな雰囲気だ。俺がどううまくまとめたものか悩んでいると、吹雪のように凍てついた声が隣から放たれた。


「座りなさい。それを決めるのは私です」

「「「はい」」」


 抜き身のダガーを突き付けられたような威圧感に、3人はあっさりと屈した。単独で潜っていたガロエラ、気の知れた姉妹で潜っていた2人に、6人パーティで迷宮を攻略していた正統な冒険者の一言は心に響いたようだった。


 うむ、リーダーとして問題はなさそうだな。ちょっと怖いけど。


 なんとなく、【炎と風の鳥】でのソラリアの立ち位置が見えた気がした。


「……私に言わせればどっちもどっちです。顔を見せないのも、全身金属鎧フルプレートメイルも。ですが、私は貴方たちの実力を高く評価しています。前衛をつけずに魔導士だけで7層まで潜るのも、前衛のみで12層まで潜るのも、どちらも並大抵の実力ではできません。そこに斥候である私を加えることで、より深く、より下に向かう可能性が生まれると確信しています」


 頭を下げるソラリア。


「いますぐに、とは言いません。ですが、少しでも歩み寄ってはいただけないでしょうか。私は顔を見せないのも、全身金属鎧フルプレートメイルを着ていても構いません。もし先に進む意思があるのであれば、私とパーティを組んでもらえないでしょうか」


 さらに深く頭を下げるソラリアを、3人は困ったように見下ろしていた。全員視線が見えないのがわかりづらいが、全身から困惑した雰囲気を出している。


 だが、冒険者らしく。決断は早かった。


「……【炎と風の鳥】のソラリア、か。ロージスの奴とはちょっと話したことがあるが……良い奴だった。少しだけ恩もある。俺の方こそ、よろしく頼むぜ。リーダー」

「私も……ナ―ディには、助けてもらった恩がある。力を貸すのもやぶさかではない。ちょうど攻略も行き詰っていたところ」

「ところー」

「素直じゃねぇな」

「何か言ったか」

「何も?」


 こうして、若干の不安要素を抱えつつも、ソラリアは1人の前衛と2人の後衛とパーティを組むことに成功した。とにもかくにも、仲間がいないことには迷宮探索は始まらない。


 俺はとりあえずパーティとしての体裁が整ったことに安堵しつつ、これからのことに思いを馳せる。欲を言えばもう一人前衛が欲しいところだ。前に出る者が1人だけだと、後ろの二人をカバーできない可能性がある。


(けどまあ……多くは求めない方がいいだろう。ともあれ、この4人で試してみよう。問題が発生したら、そのたびに解決していけばいい)


 慣れ親しんだ戦闘スタイルというのは、そう簡単には変えられない。問題が発生するのは目に見えているが、それはそれとして解決していかねばならない。パーティを組むというのはそういった問題と向き合う覚悟が必要なのだ。


(その辺、わかってるのかな……? こいつらは……)


 だが、どちらにせよ。このままでは進めない、と感じていたのも事実なのだろう。進歩のない日常は精神を腐らせ、腐った精神は油断という形で体に現れ、油断の代償は命で支払われるのが迷宮だ。


「では、試しで迷宮に潜るのはいつがいいですか?」

「俺は潜ってきたばっかりだからなぁ……明後日くらいが助かるな」

「私たちも同じくです。魔導石の補充をする必要があります」

「ありますー」

「それもそうですね。では、明後日の七鐘ナナツカネにギルドに集合でいかがでしょうか。5層まで潜れる準備をお願いします。日帰りです」

「了解した」

「わかった」


 俺を見つめてくるソラリアに、頷き返す。その予定で問題ないだろう。


「ああ、そういえば。正式な自己紹介をしていなかったな」


 俺はふと思い立ち、改めて4人を見回した。


「俺はヴェンター。得意な武器は槍と弓。魔術の覚え多少アリ。職業、中級冒険者――ま、よろしくな」


 いつもの自己紹介を行い、俺は右手を差し出した。いの一番に飛びついたソラリアが俺の右手を握りしめ、続いてガロエラが照れくさそうに手を重ねる。双子の魔導士は互いに顔を見合わせて頷きあい、それぞれ右手を差し出した。


「あー。とりあえず仮結成ってことで、リーダー。掛け声」

「えっ、ええっ!?」

「おいおい、しっかりしてくれよリーダーさん。あんまり頼りないと、俺がリーダーになっちゃうぜ?」

「だまれ脳みそ筋肉男。お前がリーダーなどあり得ない」

「あり得ない」

「あ゛あ゛ん? やんのかこの貧乳ちんちくりん姉妹」

「お姉ちゃんの胸と一緒にしないで。私は多少ある」

「……レルム、後でお仕置き」

「嫌」


 3人が一触即発の空気になるなか、意を決したようにソラリアが口を開く。彼女の口からこぼれたのは、冒険者たちがよく乾杯の音頭に使う言葉だった。


「――迷宮の底を目指して!」

「「「「おー!」」」」


 不敵に笑うガロエラ、緊張した様子のソラリア、僅かに微笑みを見せるエルムとレルム。


 4人の顔を見まわして、俺も思わず笑みをこぼした。


 脳裏によぎるのは、黒と赤の記憶。立ち塞がる敵に膝を屈し、それでも・・・・と叫んだ時の記憶。どこまででも強くなれる、どこまででも飛んでいけると信じていたあの頃を思い出してしまう。


(ま、幻想か。でもこいつらなら……辿りつけるかもしれないな)


 とんだ欺瞞だ、あまりのおかしさに笑いそうになる。いったい、なぜこんなことをしているのか。


『君はとんだお人好しだな。死者の願いを聞き届け、あまつさえ叶えようとするなど』


 呆れたような口調の記憶が蘇る。俺には、お人好しという言葉の意味が分からない。死に際に願った、何よりも純粋な想いを、俺は踏みにじることができない。きっと、誰だってそうだろう。


「先生?」

「ん、ああいや。少し考えごとをしていた」


 訝し気に顔を覗き込むソラリアに答えを返し、席を立つ。すでにガロエラたちはいなくなっていた。


「結構長い間ボーッとしてましたよ? 私は楽しかったからいいですけど」


 何が楽しかったのか……は、聞くべきじゃないか。

 人は弱い。例えば一気に精神的支柱を失ったらどうなるか――当然、新たな支えを求める。それだけの話。ほかに支えてくれる人が見つかれば、仮支えはいらなくなる。


 それだけの話だ。


「……らしくない。少し昔を思い出したか」

「昔……って先生おいくつなんですか? まだお若いように見えますけど」


 会議室を抜け、そのまま冒険者ギルドの外へ。明後日の迷宮探索に向けて、色々と買いこむ必要があるだろう。道具屋や武具屋に寄ることを考えながら、道を歩く。


「ああ、俺の歳は――」

「ヴェンッ、タァーッ、さああああああああん!! やっと見つけましたよ!!」


 俺とソラリアは突如響いた大声の方向を見る。水色の髪をなびかせ、必死の形相で走ってくる法衣の少女。


 咄嗟に逃げた俺とソラリアを誰が責められるだろうか。


「アッちょっなんで逃げるんですか! 誰かその冴えない男を捕まえてください! その万年引きこもり男を! ていうかなんで女連れ!? この私を差し置いて!」

「先生あの女と何か関係が!?」

「ない。なにもない。小指の指先の爪先の垢のひとつまみも存在しない」


 ソラリアからの視線が若干疑念混じりになった。クソ、本当に厄介ごとを持ってくるのが上手いやつだな。このままでは状況が悪化すると判断した俺は足を止め、渋々法衣の少女――セウィリの神官、ルナリに向き直った。

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