第6話 相談

「パーティが組めない爪弾き者を知りたいぃ?」


 こちらの要望を聞いたティなんとか――副ギルド長は、人を疑う目で俺を見る。控えめに言ってその態度は路地裏で観光客から金を脅し取るチンピラそのものだ。


「はい、なんとかお願いできないでしょうか」


 俺と副ギルド長は仲が悪い。無償の協力など絶対にありえない。なので、俺の前にソラリアが立つ。栗色の髪を揺らしながら現れたソラリアを見て、副ギルド長の態度が一気に軟化する。


「あら、ソラリアちゃん。パーティは見つかった?」

「いえ……ですが、私は一刻も早く12層に返り咲きたいのです。あの層を攻略して、さらに先に進むことこそ、【炎と風の鳥】のみんなが望んでいることだと思うので」

「ふむ。……あんたも一緒に潜るわけ?」


 俺に話が振られたので、頷いておく。


「ああ。付き添いだがな」

「先生には助言と付き添いをお願いしています。先生の力を借りて攻略しても、それは本当の意味での攻略ではありません」

「ちょちょちょ、ちょっと待って。先生? こいつが?」

「はい」


 半眼で俺を眺めた副ギルド長は、親指を立てて『お前ちょっとこっち来いや』の仕草をする。言われた通り顔を寄せると、興味深そうにソラリアが近寄ってきた。副ギルド長がソラリアを追い返す。


(あんた、ちょっとどういうこと。あれだけギルドに言われてもパーティ組まなかったあんたがパーティ組むなんて。手ぇ出してないでしょうね。あと先生ってどういうこと?)

(俺もよくわかってないが助言と護衛を依頼された。新しい仲間を見つけて、安定して迷宮に潜れるようになるまで助けてほしいとのことだ。結果、指南役は先生と呼ぶと頑なでな。手は出してない)


 ボソボソと小声で言い合う俺と副ギルド長。混ざりたそうにそわそわするソラリアの気配を感じるが、無視する。


(だからパーティ組んでも大きな問題がなさそうで、だけどなんとなく忌避されている実力がそこそこある冒険者を紹介してくれ)

(無茶ぶりすぎる……けど、3人知ってるわ)

(3人も!?)


 3人。役割によるが、ソラリアと組めば4人。前後衛に分かれていれば一応最低限のパーティが完成するではないか。


「おほん。事情はわかったわ、ソラリアちゃん。そういうことなら私から3人を紹介できるわね。ちなみに、3人ともパーティを組みたがっている人材よ」

「可愛げがないくらい有能だなお前」


 だから結婚できな


「ラァッ!」

「あぶねぇ!」


 どこからか取り出した訓練用の木製の斧を叩き付ける副ギルド長に、俺は咄嗟に冒険者の鞄から骨の剣を取り出して受け止める。


「二度目はないわよ」

「一度目すらなかったと思うんだが」


 鼻を鳴らして斧を後ろに捨てる副ギルド長。この組織本当に大丈夫か。


「ちょうど、今日帰ってくる予定の冒険者がいるわよ。全身金属鎧フルプレートメイルを装備してるけど悪い奴じゃないわ。実力もそこそこ」


 ん?


「ガロエラっていうんだけど」

「「チェンジで」」

「……あんたら、選り好みする余裕があるのね」


 呆れた様子で溜息をつく副ギルド長には悪いが、迷宮12階層に全身金属鎧フルプレートメイルで……1人で……


「……待て、ソラリア。もしかしたらこいつは拾いものかもしれん」

「え?」

「副ギルド長。確認するが、ガロエラはパーティを組みたがっているが、誰からも相手にされないため1人で迷宮に潜ってるんだな?」

「ええ、単独の冒険者よ」

「――あいつ、単独で12層まで降りる実力があるのか」


 迷宮12階層はそんなに甘い場所ではない。1~11階層は初心者向けであり、魔獣も強くない。冒険者ギルドから巡回の依頼が出され、中級冒険者たちがある程度強い魔獣を間引いているからだ。12階層は登竜門、ここを抜ければ初級者。中級冒険者になれる可能性を秘めている。


 12階層までは初心者向けだが迷宮に適さない全身金属鎧フルプレートメイルという装備で、なおかつ1人で降りられる。一定の実力がないと難しい。前衛と斥候という違いはあれど、優秀なソラリアでも1人で12階層まで潜るのはなかなか難しいだろう。


「……ちなみに、パーティを組めない理由は?」

「……全身金属鎧フルプレートメイルを脱がないのよね、あいつ」

「……なるほど」


 そりゃ組めないわ。全身金属鎧フルプレートメイルという装備は迷宮に適さない。ガチャガチャうるさいし、音は魔獣を引き寄せる。かつ、重くて移動に体力を使う。金属鎧くらい引き裂いたり潰したりできる魔獣がいくらでもいる。などの理由から、金属製の大楯を持つことはあっても全身を鎧で固めるやつなんていない。


「え……先生、本当に……?」

「……まあ、物は試しだ。会うだけ会ってみよう」

「えぇー……」


 ちょっと嫌そうなソラリアだが、単独で12層まで潜れる冒険者は貴重だ。俺も正直気乗りはしないが、会うだけ会ってみることは無駄ではない。


「で、あと二人なんだけど。ソラリアちゃんとあんた、移髪うつりがみって聞いたことある?」


 副ギルド長は気だるそうに机に肘をつき、俺たちに尋ねた。もはや取り繕う気もなくなったようである。ソラリアは驚いたように副ギルド長を見ているが、こいつはこれが素だ。普段はデキる女を装っているだけ。


「確か、髪色が途中から変わってる人のことだろ? 意味とかまでは聞いたことないけど」

「ええ。迷信のひとつなんだけど、移髪うつりがみの人間は浮気しやすいって迷信があってね」

「ええ……」

「その反応で安心したわ。2人ともいい子なんだけど、移髪うつりがみのせいでなんとなくパーティを組めてないのよ。到達階層は7階層。ほら、冒険者たちって結構そういう迷信気にするじゃない?」


 溜息をつく副ギルド長に、俺は少し同情してしまった。こう見えて副ギルド長はお人好しだ。きっとその2人のために色々手を尽くしたのだろう。


「ソラリアはどうだ?」

「いえ別に全然。気にしませんが」


 問題ないらしい。


「助かるわ。ヴェンターが一緒なら死にはしないでしょうし……」

「買い被り過ぎだぞ」

「大丈夫よ、これでも見る目には自信があるから。二人とも魔導士だから、後衛に配置してあげてね」


 魔導士。それは助かる、癒し手や斥候ほどではないが、魔導士も貴重な人材だ。それが2人も。


「そういえば、先生って到達階層はどこなんですか? 中級冒険者ってことは知ってるんですけど……」


 ふと思いついたようなソラリアの質問に、俺と副ギルド長は素早く視線を逸らした。


「……え、なんですかその反応」

「ま、まあ細かいことはいいじゃないか。若気の至りって言葉もある」

「いや、先生まだ相当若いし、細かいことじゃないと思うんですけど」


 妙に食い下がるソラリアから、俺は目を逸らしながら後ずさる。あの時のことは思い出したくないし、真似されても困る。もはや忘れ去られつつある事件だったので、俺も油断していた。


「なんで隠すんですか?」

「い、いやぁ~……そう、30階層くらいかな? そのぐらいだったよな、副ギルド長?」

「そ、そうね。そのくらいだったと思うわ」


 俺たちの下手すぎる誤魔化しに、ソラリアの目つきが鋭くなった。


「副ギルド長、資料開示請求します。冒険者ヴェンターの最終到達階層を教えてください。彼と私は依頼者と護衛者です、私にはその権利があるはずです」


 実際のところは金銭のやり取りは発生していないのだが、副ギルド長はそれを知らない。渋々ながら口を開いた。


「う、うぐ……冒険者ヴェンターの最終到達階層は……47階層よ……」

「上級冒険者じゃないですか! なんで隠すんですか!?」


 冒険者は、40階層を超えた時点で上級冒険者と呼ばれるようになる。迷宮がどこまで続いているのかは明らかではないが、上級冒険者と呼ばれる人間は多くはない。冒険者全体の数パーセントがいいところだろう。


「これはちょっと事情があってな……正式な記録ではないというか……」

「?」


 首を傾げるソラリア。だが、きちんと説明しないと納得しないだろう。『では47階層を目指しましょう!』とか言い出す前に、誤解を解かねば。


「その……酔った勢いで……」

「は?」

「酔った勢いで……その場にいた中級、上級冒険者を巻き込んで、迷宮に突撃したんだ。幸い誰も死ななかったんだが、ギルドから大目玉を食らってな。止めなかった副ギルド長も同罪で……というかこいつも一緒に突撃したし……だから47階層は俺の実力じゃないというか……」


 目を逸らしながらボソボソと喋る俺に、ソラリアが呆れの視線を向けているのがわかる。迷宮とは入念な下準備をして挑むものであり、酒に酔った勢いで突撃なんてもっともやってはいけないことだ。色々あって当時の事件を知っている人間は少ないが、それでも本人たちが誰かを隠して冒険者たちの間で語り継がれている。悪い例として。


「『泥酔突撃物語』のモデル、先生たちだったんですね……」

「やめて、そんな目で見ないでソラリアちゃん! 違うの、あれはこいつが悪いの!」

「なんだと!? 『今の私たちなら50階層まで行けるわ!』って煽ったのお前だろ!」

「あんただって『【灰闇セ・ベル】がなんぼのもんじゃい! 今の俺なら一撃で決められる!』って騒いで死にかけたじゃない!」


 忘れ去りたいお互いの傷を抉りあい、俺たちは無意味にダメージを背負っていく。昨日捻った右手首より痛い。なんとか舌戦で副ギルド長の古傷を抉りまくって勝利した俺は、ソラリアに向き直る。


「――というわけで、飲酒は控えめにな、ソラリア」

「この都市にいる間は飲まないと、たった今決めました」

「そ、そう……」


 冷たい無表情で吐き捨てるソラリアに、俺はそれ以上の言葉をかけられなかった。カウンターに突っ伏して泣き声をあげる副ギルド長、気まずくて目線を逸らす俺、そんな二人をゴミを見るような視線で眺めるソラリア。


「な、なぁ、機嫌直せよ、副ギルド長。今晩奢ってやるから、なっ?」

「どうして……冒険者の後輩から頼れる姐さんとして慕われていたのに……ようやく、落ち着きのある女性としての雰囲気を身に着けてきていたのに……」

「幻滅です」

「そ、ソラリアやめろ! とどめを刺すな!」


 容赦なく言葉の刃を降らせるソラリアを静かにさせ、俺はあの手この手で副ギルド長の機嫌を平常時にまで復活させた。色々な嘘を吐いた気がする。俺は口では副ギルド長を褒め、慰め、あやしながら、内心で過去の自分たちに呪いの言葉を吐き続けた。


 きっと後で俺には、真実の神ハーシェスの神罰が降るだろう。

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