第3話 脱出

 1つ1つの遺体に語りかけ始めたソラリアを舌打ちで急がせ、俺たち2人は迷宮を駆け上る。黙っているとソラリアがすぐにふさぎ込み始めるので、適当に脅しつけたり煽ったりして地上に向けて進む。


 以下、俺が言った言葉一覧である。


「おい雑魚、止まってんじゃねぇ足を動かせ」

「処女じゃあるまいしびびってんじゃねぇぞ」

「あーあ、ここでお前が死んだらロージスとやらは無駄死にだな!」

「借金返せないからって自殺するヤツと一緒だなお前は!」

「小鬼の方がマシ」

「役立たず」

「馬鹿」

「間抜け」


 後半になるほど罵倒の言葉が思いつかなくなっていった。年端もいかない少女を罵倒して心が痛い。本当だ。ちょっと楽しくなってきたりしていない。


「……」


 5層くらいから無言になってしまったソラリアだが、何かを考え込んでいるようだったので放置する。表情や雰囲気を見るに、それほど思いつめているわけではなさそうだった。


「よし、おら。地上だぞ!」


 口調が違和感の塊である。お上品な言葉遣いで育ってきたわけではないが、普段あまり人を威圧しないので、山賊口調に違和感。


「……」


 無言。それはそうか。命を救ってもらったとはいえ、代償に体を要求してくるような男相手に、会話する意味も感じないのだろう。とはいえ、このまま放置して帰ると自殺しかねない。せめて現状を整理し、信頼できる相手に託すまでは面倒を見よう。

 しかし、久々の地上は眩しい。迷宮に潜っていると昼夜の感覚がなくなるが、どうやら地上は今早朝のようだった。『迷宮都市は眠らない』とは、昼夜関係なく迷宮に潜り帰還する冒険者たちがいるからだが、さすがに商人などはこのような早朝にはいない。暖かいものでも軽く腹にいれようとしたが、手軽な屋台も今は見当たらなかった。


「行くぞ。手続きしないとな」


 面倒になっていつも通りの口調に戻す。ギルドに行けば、誰かしら託せる相手がいるだろう。なにせこの少女が所属していたパーティは、期待の若手だったのだから。斥候としての実力も申し分ない。すぐに新しい仲間が見つかるはずだ。


 迷宮の入り口に立つ見張りの冒険者に挨拶をして、俺たちは冒険者ギルドの建物に向かう。数百年前からこの迷宮を管轄する冒険者ギルドの建物は、苔むした石造りの建物だ。歴史ある建物らしく、観光名所のひとつでもある――ただし、冒険者に絡まれることがあるから要注意だ。


 『盗難・傷害に関して冒険者ギルドは一切関知しません』『見学は自己責任でお願いします』『危険! 冒険者が生息しています!』『冒険者に施しを与えないでください』『決闘はお控えください ※特にインゼルム!』といった注意書きがあちこちにぶら下がっている。これも観光客にはウケがいいらしい。いくら注意書きを並べても、字が読めない冒険者どもが暴れることがあるので効果のほどは怪しいが。


「入るぞ」


 返事はなかったが、後ろをついてきていることを確認して、木製の扉を開ける。開けても閉めても妙な軋み声をあげる扉だが、どうせ直しても数日で壊されるので誰も気にしていない。今日は扉があるだけ、だいぶマシなほうだ。


 薄暗い建物の中を、まっすぐ進む。早朝から動き出している冒険者が数名、ボードに張り出された依頼表を見ていた。


「【糸虫モルモ】の討伐か……20匹分はちょっとしんどいか?」

荷物持ちポーター雇えば?」

「いやいや、荷物持ちポーター雇うとろくな収入にならんぞ」

「そんなもんかね」


 3層の【糸虫モルモ】は服などの素材に使われる糸が採れる。とはいえ、それなりにサイズが大きいので、20匹分を運ぶとなると一日では難しいだろう。駆け出し冒険者は迷宮内に泊まらない。リスクが高すぎるからだ。


「お前もあの手の依頼は経験があるだろう?」


 振り返り、ソラリアに話しかける。見た目でいえば、まだ16か17歳程度。冒険者として将来を期待されていたということは、きちんと下積みを積んできたということだ。俺のように迷宮を駆け抜けた、なんちゃって冒険者ではないのだろう。


「……まあ、それなりには」


 質問の意図を探られている。ただの雑談のつもりだったんだが……まあ、貞操の危機だ。現実に目を向けつつも、自殺を考えるほどに打ちひしがれていなければよしとしよう。


「そう身構えるな。こんなとこで取って食ったりしない」

「信用できません」


 ま、そりゃそうか。


 肩をすくめて受付に向かう。俺も正直、こんな厄介ごとからは早く解放されたかった。とっとと信頼できる相手に任せ、自殺しないようにケアをしてもらって、俺は綺麗さっぱり今日のことを忘れる。そして酒を飲んで寝る。そうしよう。それ以外にない。


「あー、ちょっと。迷宮から帰ってきたんだが、少し相談したいことがある」

「はいはい……ってヴェンターじゃない。おかえり」


 顔見知りの受付嬢に声をかける。名前は、なんだっけか。忘れた。


「ああ。迷宮内で、噂の【炎と風の鳥】と遭遇したが、1人を除いて全滅した」

「――ここじゃまずいわ。裏に来て」


 ギルドの受付嬢には、戦闘力と頭の回転率の良さが求められる。愛想を振りまく若手の新人と違い、こちらはもう『嬢』と呼べるような歳ではないが、その分話と仕事は段違いに早い。


「次、同じこと考えたら絞めるわ」


 勘も鋭いので注意が必要だ。余計なことを考えないように話しかける。


「わざわざ裏に回る必要があるのか?」

「あんたみたいな一匹狼にはわからないだろうけど、『期待のパーティが失敗した』っていう噂は初級冒険者たちのやる気に関わるのよ。情報を流すにしてもやり方ってもんがあるわけ」

「ああ、士気の問題か」


 確かに戦場でも、突出してるヤツがやられると動揺するしな。俺が数度頷くと、疑惑の目を向けてくる受付嬢。何だその目は、失礼な。ちゃんと理解したぞ。


 廊下を抜け、裏口から外に出る。冒険者たちを優遇して泊めている宿が近くにあるせいで、治安も景観もお世辞にもいいとは言えない。鼠がそばを走り抜けていくのを、なんとなく待ってから、受付嬢が腕を組んで顎をしゃくった。


「――で?」


 説明しろ、ということだろう。


「俺はいつも通り22層で【飲み込む犀ディティア】を狩った帰り道だった。12層で何か戦闘音が聞こえたと思ったら、こいつ――ソラリアが1人で【荒裂き蟷螂セリガディス】と戦っていた」

「【荒裂き蟷螂セリガディス】!? 14層の魔虫じゃない。なんでまた……」


 呟きを漏らす受付嬢に肩をすくめて返す。そんなこと、こっちが知りたい。


「続けるぞ。【荒裂き蟷螂セリガディス】は俺が倒したが、ソラリアがパーティメンバーと合流するために同行。そこで新しい休憩部屋を見つけた」

「新しい休憩部屋? ……ちょっと待って、ということは」


 冒険者ギルドの受付嬢は、迷宮に対する知識と経験を求められる。俺が言いたいことを理解したらしく、すぐに顔を上げた。


「ああ、その休憩部屋の主は巨大化した【骨喰い蜈蚣ミルル=ミルガ】だった。すでに討伐済みだが、到着した時には【炎と風の鳥】のメンバーは、ソラリア以外はみんな死んでいた」

「……本当の、ことなのね?」


 視線を向けられたソラリアが無言で頷く。俺は冒険者の鞄に手を突っ込み、慎重に骨の刃を取り出す。


「これが【骨喰い蜈蚣ミルル=ミルガ】が使っていた骨の剣。なんの骨かまではわからないが、凄まじい切れ味と耐久力だった」


 2つとも“朱槍ディルムス”と競り合ったというのに、刃こぼれひとつない。ひとつを受付嬢に渡そうとするが、首を横に振って拒絶された。


「ソレは鑑定所に渡してちょうだい……辛かったわね。少し、中で待っててもらえる?」


 ソラリアは無言で頷き、冒険者ギルドの建物の中に戻っていく。俺は慎重に気配を探り、聞かれない位置までソラリアが移動したことを確認してから口を開いた。


「……奴はメンバーの死に際を見た。精神的な負荷が大きかったんだな、呆然自失としていたから発破をかけて連れ帰ってきた」

「発破?」

「中級冒険者の護衛料を払え、ってな。貞操もちょっと脅した」


 呆れた表情を見せる受付嬢に、俺は少し後ずさった。


「あんた……もうちょっと気の利く言葉はなかったの?」

「馬鹿言え、迷宮でそんな余裕があるか。無償で助けてやっただけでも泣いて感謝してほしいくらいだ」


 一般的には俺の方が正しいはずだ。人としてはどうかと思うが、冒険者ならば当たり前。迷宮の中では全てが自己責任。たとえ、それがどんなにイレギュラーな事態であろうとも。


「この骨はくれてやる。俺は面倒ごとは嫌いなんでな、護衛料の金貨20枚は冒険者ギルドが俺に払ったことにしてもらっていい。代わりに、ソラリアが自殺しないように計らってくれ」

「なんでギルドがいち冒険者にそこまでしないといけないのかしら?」

「優秀な斥候だぞ。失うわけにはいかないだろう?」


 無表情の受付嬢を軽く睨みつける。

 斥候をこなせる冒険者は希少だ。冒険者になりたがる奴は壮大な冒険譚に憧れてやってくる。そういうやつは罠の解除や索敵など、地味な仕事は請け負わない。やむにやまれず冒険者になるやつは、そういった技術を学ぶ余裕がない。斥候は深く迷宮に潜るために絶対に必要だが、なり手が少ないのが現状だ。


 癒し手と斥候は常に不足している。貴重な斥候を使い物に戻すためなら、ある程度の労力を割いてくれるだろう。


「頼んだぞ、副ギルド長・・・・・

「あんた、ほんといつも厄介ごとばかり持ってくるわね。気に喰わないわ」

「そりゃお互いさまだろ」


 この受付嬢改め副ギルド長と俺はソリが合わない。この迷宮都市で、冒険者ギルドの副ギルド長をやっているのだからそれなりにやり手なのだろうが、冒険者あがりのくせに冒険者たちを下に見ているところがある。気に喰わない。そんなんだから嫁に行き遅れるのだ。


「17層で貴方が刺激した【鉄皇虫アン・ブレイゼル】の後始末をしてあげたのは誰だったかしら?」

「酔いつぶれたお前を何回介抱してやったと思っている?」

「飲みは毎回私が奢ってるんだからチャラよ」

「愚痴を聞いてやってるから奢り分は相殺だ」


 至近距離で睨みあう。俺が迷宮都市に来てからの長い付き合いだが、徹底的に馬が合わない。こいつに副ギルド長という便利な立場が付随してなければ絶対に話しかけない相手だ。


「……ところであんた、いい加減私の名前覚えたんでしょうね」

「ああ。ティスうんたらだろ?」


 もう忘れた。


「ティスラーエルム・ララフィリーナよ! いい加減覚えなさいよ!」

「いやマジで長いから無理。じゃ、あとは頼んだぞ」

「あっ待てこの独り身野郎!」


 そりゃお前だろ、と言い返すのは流石に自重した。冒険者ギルドの建物の中に駆け込み、すれ違いざまにソラリアに「生きてりゃいいことあるさ!」と声をかけて駆け抜ける。冷静な少女の、呆然とした瞳が印象的だった。


「いや、本当に。生きてりゃいいことあるんだよな。たぶん」


 嘯き、廊下を駆け抜けて鑑定所へ。骨の剣を預けなければ。あと、【飲み込む犀ディティア】の胃袋もとっとと売り払いたい。いくら冒険者の鞄の中では劣化が抑えられるとはいえ、胃袋なんてものを長時間持ち歩きたくはない。嘘か真か、こういった特殊な素材は時間経過で効果が落ちると言われているし。


 まあ俺は、素材を値切りたい冒険者ギルドの言いがかりだと思っているが。


「相変わらず臭いなここは」


 血と獣の匂いが渦巻く鑑定所兼解体所にたどり着き、俺は懐かしの匂いに一息ついた。これを売り払ってしまえば、もうあとは俺とは関係ない。綺麗さっぱり忘れて酒を飲んで寝よう。それで、いつもの日常が戻ってくる――はずだ。そうだといいな。

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