LEVEL36 / お前、結構有名になってるぞ

 玉野との電話が終わると、勇斗は受話器を持って1階のリビングへと降りて行った。


 8月の中頃。最近は暑い日が続くこともあり、ここ数日は冷やし中華と素麺そうめん、そしてざる蕎麦そばの「ローテーション」だ。



 そしてざる蕎麦を口にすると、美香は勇斗に対し、不思議そうな表情をする。


 「勇斗、昔は蕎麦嫌いだったよね?」

 「そうだったっけ?」

 「年越としこし蕎麦、いつも食べ残してたし……」


 そういえば、勇斗は年越し蕎麦があまり好きではなかった。


 そして、そんな「嫌いな食べ物」を無理矢理食べようと、一緒に出された海老天えびてんを先に食べてしまい。親の分まで欲しいと記憶がある。



 「でも、今はそうじゃないけど」

 「そっかぁ」

 

 勇斗はどうやら大人になり始めたらしい。それは体の成長だけでなく味覚も……美香は息子の成長を感じると少々、感慨かんがい深げであった。


 「そうそう、学校でゲーム感想文の合宿があるんでしょう?」

 「えっ、何で?」

 「何でって……佐田君のお母さんから電話があったけど?」



 何で知ってるんだ?いや、確かに稔には電話をして、そして稔もおそらく佐田には連絡をしただろう。


 でも実際に学校でやることまでは決まっていない。おそらく友達の誰かの家、という内容だったはずだ。


 「何でも勇斗が感想文書けたからって……」

 「何でそうなってんの?」

 「何でって言われても、ねぇ」


 さっきの玉野からの電話、何となく「おかしい」という感じではあった。


 合宿を学校でやること自体は反対ではない。しかし親や教師の監視の下、補習授業のような感じになってしまうのだけは嫌だ。


 なぜなら自分のゲーム感想文の書き方は学校で教わった内容ではない。もし合宿で、自分ではなく教師が作文を指導するなんてことになれば……せっかくの計画が台無しだ。



 「ごちそうさま」


 昼ご飯を食べ終えた勇斗が2階の部屋に戻ると、そのタイミングを待っていたかのようにスマホが鳴る。相手は稔だ。


 「もしもし、龍崎?合宿の話だけど」

 「お前、玉野に連絡したのかよ?」

 「連絡って何?」

 「さっき玉野から電話があったんだよ」


 そう、稔は合宿の参加者と合宿場所を探すと言っていた。しかし何故か玉野に計画がれ、そしていつの間にが合宿場所が学校になっているではないか。


 「佐田の母ちゃんから連絡があったって言うし」

 「そう、ソレ。俺も佐田からさっき聞いたよ」


 稔の話によれば、佐田の母親が保護者の間で合宿の話をした結果、クラス中にその話が広まっているらしい。そして、保護者の間で連絡を取り合った結果、学校を合宿先に使ってはどうかという話になっているそうだ。



 「お前が感想文終わったって話、結構有名になってるぞ」

 「やっぱ、他の連中も終わってねーの?」

 「終わってねーよ」


 自分を除き、誰も感想文が終わっていない。当然だが想定そうてい範囲内はんいないだ。


 そして稔の話によれば、感想文を書き終えたという自分が何故か「親や教師の間で」有名人になっているらしい。



 「それが玉野の奴、かなりたたかれてるらしいぜ」

 「叩かれてる?」

 「ゲーム感想文なんて変な課題出しやがって!って」


 ゲーム感想文を出された生徒達が「課題をやっている」と称してゲームに熱中する。そして他の勉強を全くやらない……


 それどころか課題を免罪符めんざいふにして長時間ゲームをやっているため、他の兄弟に対してゲームをやり過ぎないよう指導することが出来ない。


 あるいは指導をすれば親子喧嘩や兄弟喧嘩になるということで、大いに問題になっているのだそうだ。



 「なるほどな~言われてみれば確かに」


 勇斗は兄弟がいない、即ち「一人っ子」である。だから自分がゲームをいくらやっても怒るのは親だけで、兄弟喧嘩ということはない。


 しかし、他の家はそうではないわけだ。


 「弟がいる家とか、マジでヤバいよな」

 「そうそう。で、学校に苦情が入っているらしいよ」

 「マジかよ?」

 「マジだって」


 そう言われると、先程の玉野の態度。即ち自分がどういう感想文を書いたかと言う質問にも辻褄つじつまが合う。

 

 つまり自分が「ちゃんと書けてる」かどうかが、ゲーム感想文の正当性を判断する「試金石しきんせき」になる。言い換えれば自分の作文内容によって「玉野の立場がどうなるか」ということに関わってくるわけだ。


 

 「でさ~感想文の内容を言ってみろとかいうし」

 「マジで?で、言ったの?」

 「言ったよ。そうしないと合宿ダメとか言いやがんの」

 「最悪!何だよそれ」


 勇斗はてっきり、玉野が親切で「合宿場所を提供」したのだと思っていた。しかし実際はそうじゃない。逆に向こうが「がけっぷちに追い込まれている」というわけだ。


 と、なれば……合宿では自分の意見が尊重そんちょうされるのではないだろうか?



 「それでさ、何人来るかって聞かれたんだけど?」


 勇斗は稔に尋ねた。


 そう、ここからが本題だ、自分と稔。そして佐田に加え、あと何人が参加するかだ。


 部活動があると参加しない可能性がある。それと、阪口塾のゲーム感想文講座に参加している。あるいは既に塾生となっている連中も、おそらく参加はしないだろう。


 そして、既に読書感想文が終わっている生徒であれば、そもそも合宿に参加する理由が存在しない。



 「俺と龍崎、あと佐田だろ。それと当間に村中むらなか大橋おおはし。あと龍造寺りゅうぞうじ。今のところ7人だな」

 

 7人。これが多いのか少ないのかは分からない。しかしクラスの男子が20人だから、約3人に1人が参加するといえば多い方なのかもしれない。


 しかし勇斗が気になったのは、参加人数よりもむしろ参加者の面子めんつであった。

 

 「龍造寺?アイツ終わってないの?」

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