LEVEL12 / 小論は連想ゲームのように(前編)

 8月15日……学進ゼミを勇斗が訪れ、そしてを許可されてから3日後、いわば「約束の期日きじつ」である。


 勇斗を担当することになった杉田は、確かに3日あれば十分だと言った。しかし勇斗は相変わらず、その言葉の真意しんいはかりかねていた。


 「本当に大丈夫なのだろうか?」


 当日の約束の時間である午前10時、その5分前に塾に入ると、スタッフルームには杉田がいて、勇斗と目が合った。


 「おはよう」

 「おはようございます」


 スタッフルームから杉田が出てくると、そのフロアにある一番奥の教室に案内された。


 となりの部屋。そしてその隣の部屋では既に夏期講習の授業が始まっている。そして杉田が部屋のドアを開けると、そこには誰も生徒がいない。


 「ここでやるんですか?」

 「そうだけど」


 おそらく他の教室より小さいと思わる。だが、それでも10名、いや20名くらい入るだろうか?そんな中に教師と生徒がたった2人。


 「えっと、夏期講習ではないんですか?」

 「まあ、何というかな、感想文のための「個別指導こべつしどう」ってとこかな」

 「そうですか」


 2人にしては広すぎる教室。何となく、気まずい。


 もし分からない問題を振られた時、どう答えればいいのだろうか?あるいは、ちょっと横を向いただけで怒られたりしないだろうか……


 「それだと困るか?」

 「いや、大丈夫です」


 大丈夫じゃない、とは言えなかった。そもそも自ら望んだ体験入学だ。だから最初から選択肢なんてものが最初から存在しない。


 「じゃあ、よろしく」

 「よろしくお願いします」


 教室に入ると杉田は一番前にある机を動かし、着席している勇斗と対面になるようにセッティングした。


 そして着席すると机に自分の右肘みぎひじをかけ、その人差し指を彼のに突き立てた。


 何やら考え込むような姿勢をすると、その視線は勇斗ではなく本人から向かって左側の壁に注がれている。まるでTVか映画によくある、名探偵とか名刑事が推理をする仕草そのものだ。

 

 「まず君は……ゲームの感想文が文学作品より楽なものだと思った」


 (何、自分に酔ってるんだよ……)


 勇斗は心の中で突っ込んだ。


 本題に入らず、もったいつけるような態度をする杉田。いや、本題に入っているといえば入っているのだが……その、どうも仕草は生徒である勇斗をにし、自分の世界に入り込んでしまったようにも見えた。


 「そして「課題をやる」と称し、親の注意も聞かずにゲームにのめり込んだ」

 (ああ、そうだよ!悪かったな)


 「ゲームをクリアした時点で、何を書けばいいかは完全に理解できていたはず」

 (余計なお世話だバカヤロー)


 「ところが実際はそうじゃなかった」

 (嫌味いやみか!)


 「王様から魔王を倒せと言われ、仲間を集め、レベルアップをし、レアアイテムを集め……」

 (魔王を倒す)


 「そして魔王を倒す」

 (いや、何言ってんだ、コイツに誘導ゆうどうされてどうするんだよ!)


 「で、最後に一言「面白かったです」で終わり」

 (あーそうだよ!文句あるか)

 

 「まあ、普通の感覚だとそうだ」

 「だってそうじゃないですか、普通」


 そうだ、これが普通の感覚だ。ザマー見やがれ!


 結局、お前がたまたま、人より頭が良かっただけなのだ。でも、その感覚を頭の悪い自分に伝える事なんて所詮不可能なのだろうよ。


 「普通……ならばね」

 「じゃあ、一体どうしろと?」


 「考え方を変える」

 「考え方を変える……ですか?」


 「そう、読書感想文。というより小論しょうろんの発想で考える」

 「小論?つまり小論文しょうろんぶん……ですか?」


 小論文。いや、ちょっと待て。いくら何でもそんな大袈裟おおげさな、と勇斗は思った。


 確かに自分は読書感想文が書けない。そして自信たっぷりの杉田の態度を見て、おそらく自分とは別の知識や考え方があるのだろうとは思っていた。


 しかし、いきなり小論文とは……


 大学生ならともかく中学生の自分に対し、いくら何でもそんなハードルの高い要求をするだろうか?


 「一体、何を考えているんですか?」

 「言ったとおりだよ、小論文」


 どうやら彼は、まともに文章すら書けない中学生に対し、本気で小論文を書かせるつもりらしい。


 「無理ですよ。杉田先生は大学生だから書けるかもしれないけど、俺は中学生ですよ?」

 「学校で習ってないから……無理だって?」

 「そうです、無理です」


 無理だ。いくら何でも小論文なんて。


 勇斗が頼んだのは、あくまでも「夏休みの感想文」だ。小論文が書けるようになれば、確かにそれは凄い事なのかもしれない。


 しかし今の自分に、そんなものは必要ない。大体、そんなものを4回か5回の授業で身に付けさせようなんて「そもそも不可能」じゃないか。


 「別に……そんな難しく考えなくてもいいんだよ」

 「だって、小論文ですよ?」


 「じゃあ、今から簡単なのを教えてやるよ」

 「簡単なの……ですか?」


 「あ、この目は」と、勇斗は思った。


 杉田はどうやら、本気らしい。前回、塾で石津と息が合い始めたあたりから、突然目つきが変わる。


 それまでおチャラけた感じの兄ちゃんだった彼が、一転して「切れ者」になる、あの目だ……


 「もしかしたら、いけるかもしれない」


 根拠はない。しかし勇斗は直感的に何か「いける」という感じが全身に伝わってくる感触かんしょくを覚えた。


 「小論文ってさ、要するに連想れんそうゲームみたいなものだよ」

 「連想ゲーム……ですか?」

 「そう、連想ゲーム」


 勇斗は一瞬、全身の力が抜けたような気がした。


 (さっきの感覚は一体、何だったんだ……)


 何かとんでもないテクニックを教わると思えば、何のことはない、連想ゲームだという。


 「そうだな、例えばとしよう。ゲームといえば何?」

 「ゲームですか?」


 いきなりそんなことを言われても困る。そもそも何て答えればよいのか?


 「ほら、連想ゲームだよ。ゲームといえば、一体何?」


 杉田が回答をかす。


 からかっているのだろうか?いや、さっき一瞬だけ真剣な目付きをしていた。とりあえず答えなければならない質問だろう。


 (ここは、おそらく……)


 「ゲームといえば……RPG」


 むろん、ゲームと言われて思い浮かぶものは他にもある。だが、ここは課題ゲームであるドラクエのことを考え、とりあえずRPGだ。


 「RPGといえば?」

 「ドラクエ」


 「ドラクエといえば?」

 「勇者」


 「勇者といえば?」

 「魔王」


 「魔王といえば?」

 「世の中を乱す」


 「世の中を乱すといえば?」

 「えっと……それは」


 しまった、と勇斗は思った。杉田の言われるがまま、きでキーワードを思いつくままに言ってしまった。


 しかし、後先を考えないキーワードを適当に繋げているようでは簡単に「手詰てづまり」となってしまう。


 「じゃあ、それで文章を書いてみようか」

 「書けるんですか?」

 「もちろん!」


 杉田は席を立ち、ホワイトボードにあるマジックをとる。


 「今、言った事をここにまとめると……」


 ゲーム

  ↓

  RPG

  ↓

 ドラクエ

  ↓

  勇者

  ↓

  魔王

  ↓

 世の中を乱す


 先程の会話の内容が、ホワイトボードに書き込まれた。


 「じゃあ、これを文章にしてみる。大体こんな感じだ」


 杉田はマジックをホワイトボードに置き、語り始めた。


 「ゲームといえばRPGだと僕は思う。中でも一番のお気に入りはドラゴンクエスト。通称「ドラクエ」だ。ドラクエの主人公は勇者だ。そして勇者は魔王を倒すことを目的としている」


 確かに、何となく文章っぽくなっている。


 「なぜなら、魔王は世の中を乱しているからだ」


 そういうと、杉田は再びマジックを手に取り、


 「しかし……だ」


 そのマジックで勇斗をす。


 「しかし……の後には何が入ると思う?」

 「何でしょうか?」

 「解答は1個じゃない。というよりも何個もある。考えてごらん」


 勇斗は考えた。確かに勇者が魔王を倒す理由があるとすれば、それは魔王が世界を支配しようとしている。つまり「世の中を乱そうとしている」のが原因だ。


 それに対し、勇者が魔王の野望やぼう阻止そしする。これがドラクエのともいえる。


 「しかし……ですか」

 「そう、しかし……」


 「勇者一人で魔王は倒せるだろうか?」

 「なるほど!」


 杉田はマジックで勇斗を指し、「よくやった!」と言わんばかりの声で答える。


 「正解ですか?」

 「分からない。ただ、それが「龍崎ゲーム論」のテーマだよ」


 「僕の小論文のテーマ……ですか?」

 「そう、テーマ」


 勇斗には一体、何が起きているのか分からなかった。しかし、どうやら自分は小論文が書けているのだろうか?


 すると杉田は、先程の板書に何やら追加事項を書き始めた。

 

 ゲーム

  ↓

  RPG

  ↓(特に)

 ドラクエ

  ↓

  勇者

  ↓(そして)

  魔王

  ↓(なぜなら)

 世の中を乱す

  ↓(しかし)

 一人で魔王は倒せるか


 「これが今の状態だ。連想ゲームの感覚は理解できたよね?」

 「何となく、分かりました」

 「そして、カッコ書きの部分が「指示語しじご」と「接続後せつぞくご」だ」


 指示語と接続後……国語の授業で何となく聞いたことがある。しかし……


 そう、「しかし」という言葉の意味なんて勇斗が深く考えたことは、むろん、ない。


 「この指示語と接続後を、もし置き換えたら、どんな文章が出来ると思う?」

 「置き換える、といいますと?」


 「そうだな、例えば「なぜなら」を「しかし」に置き換えた場合、どうなると思う?」

 「しかし……(魔王は)世の中を乱す。いや、おかしいでしょ」


 明らかに文章として不自然だ。いくら文章の書き方が分からない勇斗でも、それくらいの違和感はある。


 「そう、おかしい。だからこの場合、魔王は世の中を「乱さない」とした方が自然だ」


 えっ、でもそれじゃあ……


 「ゲームが成り立たないじゃないですか」

 「確かに。でも文章はんだよ」

 「どういうことですか?」


 杉田は先程の板書を一部を消し、その部分にマジックで書き足した。


  魔王

  ↓(しかし)

 世の中を乱さない


 「勇者は魔王を倒す……しかし、何故か魔王は世の中を乱さない。もしこうなった場合、どういう文章を書く?」

 「そうですね……魔王と仲良くなる(笑)」

 「そのとおり!」


 えっ、それってちょっと……


 「要は世の中が乱れなければいいわけだ、だとすれば、別に魔王を倒すだけが方法ではないんじゃないか?」


 いや、ちょっと待て……


 「でも、勇者はそれでいいとして、それは魔王の手下になるってことじゃないですか?」

 「それも正解」


 いや待て、勇者が魔王の手下になったらダメだろ。この人は今、自分が何を言っているか分かっているのか?


 「一体どういうことですか?」


 勇斗はあらぬ方向に向かおうとする杉田のシナリオ展開を制止するがごとくツッコミを入れる。だが彼がそれに動じるような気配は一切ない。


 「つまり、全ての人間が最初から魔王の手下になる。それも人が生き残る方法ってわけだ」


 そりゃ、確かにそうなのだが……


 「だって魔王は世の中を乱してないじゃないか。だとすれば、それでも正解」

 「言われてみれば、そうですが……」


 言われてみれば、確かにそうだ。つまり頭の中では分かっている。でも、問題はソコじゃない。


 大体、全ての人間が魔王の手下になるなんて、それじゃゲームそのものが成り立たないじゃないか!


 「つまり、これが小論文なんだよ」


 そして杉田はさらに板書ばんしょを付け足した。


  魔王

  ↓(しかし)

 世の中を乱さない

  ↓(だから)

 勇者は魔王と戦わない


 「魔王が世の中を乱さない。だから、勇者は魔王と戦わない、むしろ話し合う。というより、仲良くすべきでは?」

 「何か変ですね」

 「そう、変だ。でも小論文としては「合格」なんだよ」


 なるほど、確かに魔王は倒すもの、と思っていた。しかし「世界の平和を守る」と考えた場合、本当にそれが正しい方法なのだろうか?


 いや、魔王というのが人間の勝手に決めつけたもので、実は意外といい奴だったとか……いやいや、でもやっぱりおかしい。そもそもゲームのシナリオを勝手にいじくるような設定に無理があるんじゃないのか?


 そんな勇斗の悩みに助け舟を出すかの如く、杉田は続けた。


 「じゃあ、さっきに話に戻るけど」

 「さっきの話……何でしたっけ?」


 「魔王は一人で倒せるのかって話」

 「あっ、そうでした」


 そう、それが聞きたかったんだよ。何だか魔王と仲良くなって、世界の支配者しはいしゃの仲間に加えてもらおうみたいな展開てんかいって、やっぱりゲームのシナリオ的にはNGじゃないか……


 「しかし、「魔王は一人で倒せるか」の続きを今までのやり方で考えた場合、どう思う?」

 「やっぱり仲間が必要だと思うのですが」

 「なるほど」


 再びホワイトボードを消すと、その部分に新たな展開が書き込まれた。


  勇者

  ↓(そして)

  魔王

  ↓(なぜなら)

 世の中を乱す

  ↓(しかし)

 一人で魔王は倒せるか

  ↓(やはり)

 仲間が必要だ


 「こんな感じかな」

 「なるほど」


 「じゃあ、仲間って何?連想ゲームてきに言うと」

 「そうですね、例えば魔法を使えるとか、あと強力な武器を装備できるとか」


 「それってつまり「勇者とはちがう能力」ってことだよね?」

 「あっ、確かに」


 杉田は更に、板書の部分を書き加える。


 一人で魔王は倒せるか

  ↓(やはり)

 仲間が必要だ

  ↓(すなわち)

 魔法や強力な武器を使える等、「自分にない能力がある」仲間を加える必要がある


 「これってさ、何かに似ていると思わないか?」

 「似ている……ですか?」

 「そう、例えばだと、どうだろう?」

 

 なるほど。言われてみればそうかもしれない。勇者というのは野球でいえば、エースとか4番みたいなものだろうか。


 しかし、それだけで試合には勝てない。例えば「バントが上手うまい」「打撃はイマイチでも守備は上手い」とか、そういうのが必要な気がする。


 「野球の場合、どうかな?」


 まさしく「絶好球」だ。勇斗は今、自分が思ったとおりのことを答えた。


 「勇者って、例えばエースとか4番みたいな感じですよね。でもそれだけじゃ試合に勝てないだろうし」

 「確かに。じゃあ、あと何があれば勝てると思う?」


 「バントとか、守備とか」

 「つまり、このゲーム論というのは、ドラクエを通じて野球部の感想を述べているということでOKかな?」


 いや、別にそれ「だけ」じゃないのだが……


 「じゃあ他には?」

 「そうですね……例えば合唱部がっしょうぶは高い声、つまりソプラノだけじゃ、いい合唱は出来ないですよね」

 「確かにそうだ。つまり」


 ということは、つまり……


 「ドラクエとは、の大切さを学ぶゲームだってことだ」

 「なるほど、確かに」

 「以上。龍崎勇斗「ドラクエのチームワーク論」の完成」


 ドラクエとチームワーク。確かに言われてみればそうだ。


 すると杉田は板書の下の、残り少ないスペースに書き足す。


 一人で魔王は倒せるか

  ↓(やはり)

 仲間が必要だ

  ↓(すなわち)

 魔法や強力な武器を使える等、「自分にない能力がある」仲間を加える必要がある

  ↓(例えば)

 部活の場合、どうだろうか。野球部の場合は?

  ↓(あるいは)

 合唱部の場合は?

  ↓(つまり)

 ドラクエはチームワークを学ぶもの。


 「なるほど、何か文章っぽくなってますね」

 「文章じゃない。正真正銘しょうしんしょうめいの文章だよ」


 チームワークか……確かに、ドラクエはどの仲間を選択したかによって難易度が大きく変わる。


 むろん、攻略本には「最も攻略に適した」仲間。即ち「パーティー」というのが紹介されており、大概はそのパーティーでクリアすることになる。


 だが一度クリアし、ある程度余裕が出てくると、今度は違うパーティーでプレイしたくなってくる。


 実際にYouTubeでも、「最もクリアが困難な組み合わせ」でプレイをしているゲーム実況者は多く存在し、そのような内容で多くの視聴回数を稼いでいるケースも少なくない。


 「部活だとどうだろうか?いや、もしかして将棋の場合も……」


 勇斗は、将棋部だ。将棋は飛車角落ひしゃかくおちのような「困難なパーティー」で挑むケースも実際にあるし、あるいは思わぬ形で駒を獲られてしまった場合、残された手駒てごまで不利な状況を戦わなければならない。


 そう考えれば、ドラクエにおけるチームワークという話は必ずしもスポーツにおけるチームワークだけでない。


 将棋。あるいはチェスといった「他のゲーム」にも使える話なのかもしれない。


 勇斗がそのような考え事をしていると、隣の教室がにわかに騒がしくなった。


 「おっと、もうこんな時間か」


 時計の針は午前11時を回っている。どうやら休憩時間らしい。


 「じゃあ、10分ほど休憩な」


 そう言い残すと杉田は一旦、教室を去って行った。

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