LEVEL11 / 焦り(後編)
時計の針は午後8時30分を回っていた。
学進ゼミナール。即ち勇斗が訪れた塾ではお盆休みの間、受験を控えた小学校6年生と中学3年生のみが授業を行っている。
しかしそれ以外でも、
午後8時に自習室は
「何か、先を越された感じっすね」
「ああ、まさか学校に先を越されるとはな」
授業の教材にゲームや漫画、あるいはアニメを使用したい。その企画を最初に提案したのは石津だった。そして、その内容に賛成したのは今ここにいる杉田。そして
「いい企画だと思うんですけどね~」
石津が企画の骨子を作成し、それを基に杉田が中心となって企画書を仕上げる。
しかし、
「しょうがないさ。所詮、俺達は
彼等の期待とは
「こんなもので成績なんか上がるわけがない!」
「勉強を舐めるな!」
そして何より、
「じゃあ、実績をアピールしてみろ!」
その実績をこれから作ろうとしているというのに、一体何を考えているのだろうか。
「おかしいっすよね。それがないから今から実績を作ろうってのに」
「全くだよな。お役所仕事でもしてんのかって思うよ」
「で、そのお役所仕事の公立中学校に
「全くだ。実は役所の方が
お役所仕事、と聞いてよいイメージを浮かべる人間はまず存在しないだろう。とりわけ「
「で、「民間の俺達は絶対正しい」って調子こいている内に……」
「まあ、でも成長が止まった大手企業なんて、大体そんなもんだよ。ある意味、役所より
学進ゼミナールは、学習塾としては大手である。中学受験では
そして最近は、その勢いに乗って高校受験。そして大学受験にも進出し、急速な教室数の増加を行っている。成長が止まったどころか、逆に成長の
ただ、その目覚ましく成長を遂げる企業としては意外な程、生徒の指導方針に関しては相変わらず
とりあえず大量の課題を出す……
まず
テストの点が良かった子は
人によってはそれを「
「出来ない子程、ますます課題に追われて出来なくなるわけだ」
「ホント、
「そのとおり」
「出来ない子に、あんな量の課題を出したって無理だっつーの」
「全くそのとおり」
「出来ない子ほどまず、無駄な課題から全て解放してあげないと」
「ホントそれ、まさしくソレだよ」
小学校の勉強。例えば漢字の書き取りや計算ドリルであれば、それもある程度は必要なのかもしれない。
しかし、一定の思考力。即ち
論理展開能力……即ち「思考力の基礎」が身についていない子はその後、いくら努力をしたって基本的に成績は伸びない。自ずとそこが勉強の「
そこで勉強を
そんな
「ただ、ここは
石津の言う直営とは、本部が直接、運営する校舎のことだ。
学進ゼミナールでは教室の運営者を募集するフランチャイズ校と、直営校の2つの
前者は教室の運営が一定の
それに対し、後者は本部が直接運営に
虎ノ口校は最近まで、フランチャイズ校だった。だが、ライバルである
「そのための切り
「でも、それは塾の
「納得いかないですよ!」
杉田にしてみれば、あんな課題
いや、杉田だけではない。そもそも、この企画を最初に提案した石津だって。そして企画に
だが本部の
「とにかく課題をたくさん出せ」
「子供が課題をやっている姿を見て、親は満足するもんだ」
「成績が伸びないのは、あくまで
おかしいじゃないか。そもそも塾が成績を伸ばす手伝いをするどころか逆に、足を
「でも、それが現実なんだよ」
「現実って何ですか?」
「つまり「
塾長の
「全くふざけてますよね」
「そう、ふざけている。教育者としてはね」
「ただし……っすよね」
「そう。ただし教育者ではなく、
一見すると
生徒の成績が短期間で向上すれば、自ずと塾は存在価値を失ってしまうことになる。なぜなら「出来る子」となった生徒は塾など通わず、自宅や図書館でも使って勉強をする。そして
だが、いつまでも生徒の成績が上がらない場合はどうか。本人はもちろんのこと、何より親が子供を塾に
その結果、親がいつまでも塾にお金を出す。まるで「
「でも、仮にゲーム感想文で虎ノ口中学校の生徒達が国語力を一気に向上させてしまったら……」
「塾としてはまずいよな。それに、その時は俺、
「嫌ですよ。なんか悔しいじゃないっすか!そんなインチキな連中に
「でも、そんなインチキな連中でも一応、俺達の雇い主だしさ……」
石津は確かに本部の経営方針に疑問も持っていた。しかし、今の
そして何より、不景気で就職口が
「与えられた
ある意味、石津は
「感謝はしてるよ。結果はどうあれ、だ」
とはいえ、このまま虎ノ口中学校の生徒達が自分達の塾に通わないことが決定的となると、自分の将来にも関わってくる。
最悪、虎ノ口校が
むろん、それは石津だけではない。アルバイトである杉田等も含め、ここにいる全員が「
「何とかしないとな」
石津を始め、虎ノ口校のスタッフ達もまた「焦り」を隠せないでいたのである。
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