第12話 手紙

 9月になった。戦争が続いている間に夏休みが終わった。

「夏休みは戦争で大変でした。ですが、こうして皆さん全員が無事新しい学年に上がることができて、先生は大変嬉しいです」

 教室で先生はこう話を始めた。

「このクラスでは誰も怪我したり亡くなったりした方はいませんね。先生は本当に感謝しています。しかし、皆さんのご家族や親戚の方で怪我をされたり亡くなられたりした方がいるでしょうか。もしそうでしたら、心からお見舞い申し上げます。

 この戦争では、実に多くの人が亡くなりました。この町で育ったアルフレッド少尉が7月に戦死されたことは、皆さんご存知ですね。彼はこの学校の卒業生です。

 彼だけでなく、他のパイロット、地上の兵士、艦隊の乗組員、商船の乗員、基地の近くの民間人、その他多くの英国国民、それに、応援に来ていただいている英連邦の方々が、沢山亡くなりました。

 英国のために戦って命を落とした人はそれだけではありません。フランス、ベルギー、オランダ、チェコ、ポーランド、こういった国から来た人も、英国を守るために戦っています。そして、この人達の犠牲も少なくありません」

 先生は目を閉じて一呼吸置いた。

「もちろん、敵であるドイツの兵士も、沢山命を落としています。彼らは我が国を侵す敵ではありますが、かけがえのない命であることに違いはありません」

 そして静かに言葉を続けた。

「授業を始める前に、亡くなられた方々の魂に祈りを捧げましょう」

 先生は目を閉じて手を合わせた。

 私たちも立ち上がり、手を合わせ、目を閉じた。

 教室はしんと静まり、遠くで飛行機の音が小さく響いていた。


 帰り際に、私たちに宿題が出された。

「先生は一つ提案があります。いつも英国と、この町の空を守ってくれている空軍の皆さんに、手紙を出しましょう。手紙でなくても、絵でもかまいません。空軍の皆さに感謝の気持ちを伝え、元気づけるのです。そうですね、金曜日までに提出していただければ、それを先生が基地まで届けに行きます。もちろん、これは出したい人だけ書けばいいです。基地の方にももう、このことはお話ししてあります」

 ローザと私は並んで歩きながら、どんな手紙を書こうかと話をした。といっても、アイデアをいろいろ出すのはローザで、私は聞いている役だった。彼女はまず、便箋何枚が妥当かというところから始めた。

「読む人のことを考えると、2、3枚がいいんじゃない?」

「うん。多くは書かないほうがいいわね。ん〜、それなら、詩を綴るのはどう?」

「いいんじゃない? 長々と文章を考えるより、気持ちを短い詩にするのもいいと思う」

「そうしたら、誰の詩を参考にしようかしら」

 話しながら、私もどんなことを書こうかと考えた。ローザが出すのに私が出さないとうこともないだろうし、基地の人には面識もある。それに、要は作文の宿題の、好きに書いていい、すごく簡単なもの。私は苦手じゃない。家に帰ったらさっそく書こう。

 涼しい風が吹いた。羊雲が浮かぶ空は、早くも秋の気配が漂っていた。


 学校から帰ると、お父さんが慌ただしく身支度していた。あまりおめでたいことではなさそうな雰囲気なので、誰かお年寄りで危篤の人がいるのかもしれないと思った。

「空軍の基地からもうすぐご遺体が届くんです。明日はお葬式ですよ」

「その人は戦争で亡くなった方なの?」

「戦死された方です。遺書にこの教会の墓地に埋葬してほしいと書かれていたそうです」

「え?」

 基地が近いとは言え、こんな小さい町の教会に基地から来る人は限られている。私は少し嫌な予感がして、それが誰か分かるかお父さんに聞いた。

「カミルという、ポーランド人の将校の方です」

 顔から血の気が引くのが自分でも分かった。

「アリス?」

 お父さんは心配そうに私の顔を見て呼びかけた。

「その方は…、この前、ドイツ兵のお墓にお祈りに来ていた、無精髭の人です」

「あの方なんですか…」

 お父さんは胸の十字架を右手で握り、私の肩に左手を添え、しばらくの間目を閉じた。


 次の日。私は学校を休んで空軍のお葬式に出席することにした。

 ちょうど新しい喪服が届いていた。寸法には十分に余裕があった。デザインもとても大人びたものだった。だけど、糊がきいた生地は硬く、とても着心地が悪かった。

 曇り空の下、お葬式といっても、特に人がたくさん来るということななかった。

 空軍基地からは10人ほどがやって来た。それから、ポーランド人は4人ほど出席した。一人は亡命政権の代表だと話していた。あとは、墓穴を掘るのを手伝った町の男の人が数人と、そのご家族の方。合わせて30人もいないお葬式だった。

 お父さんの説話と、基地の司令官の弔辞。そして、ポーランド人が、ポーランド語でカミルさんに哀悼の言葉を述べた。ポーランド人の3人は頭を垂れて話を聞いていた。賛美歌は静かに礼拝堂に響いた。棺は開けられることはなく、献花の後に、基地から来た男の人の手で、墓地まで運ばれた。

 静かに棺が墓穴に降ろされると、葬儀に参列していた人達がシャベルで土を運んだ。RAFの人たちは直立し、敬礼を続けた。端の方に知った顔、ノーマンとトーマスがいた。

 近所の人で、特に用事がない人たちが、墓地の端の方で私たちを見ていた。

「アリスさん」

 ノーマンが静かな声で私に話しかけた。

「カミルさんは、私に、死なないようにすると話してくださいました」

 私はそう応えた。

「分かっていますよ。私とトーマスは見ていました。小隊長は敵の戦闘機に命中弾を与え、それから、その敵機を避けようとしました。だけど、敵機が予測できない動きをして、ぶつかってしまったんです」

「そんなことが…」

 カミルさんの壮絶な死を頭に描き、私はしばらく言葉を失った。

 いつも口を挟んでくるトーマスが、今日は口数少なく、青白い顔で墓地に立っていた。自分の順番が来て、花と、煙草の箱を墓前に供えた。

「アリス!」

 ローザが喪服に着替えてやって来た。もう学校が終わって十分な時間が経っている。

「ポーランド人の方のお墓はここなのね」

 私と並んで立つと、その新しい土くれをローザは見つめた。そしてひざまずくと、手に持っていた白と赤のバラを墓前に供え、手を合わせた。

「この人の国の旗の色だって、お父さんがこれを摘んでくれたの」

 立ち上がってから、私にそう話した。

「お嬢さん。ありがとうございます」

 ポーランド亡命政権の代表の人が、丁寧な口調でお礼を言った。ローザは神妙な顔でその人の方を向くと、膝を折ってお辞儀をした。

 私は白いカーネーションを1輪、墓前に供えた。ひざまずいて手を合わせ、祈りを捧げた。教会で微笑んだ、優しい顔が頭に浮かんだ。ご家族の方とは、もう一緒になれただろうか。

「アリス、泣いてる?」

 お祈りの後、呆然と立つ私を見て、ローザが訊いた。

「何を言ってるの?」

 私は答えた。

「無理をしないでいいのよ」

「私はそんな、家族でもない人のために泣いたりなんか…」

 それ以上言葉が続かなかった。

 ローザが肩を貸してくれた。私はそこに目を押し当て、涙が止まるまで泣いた。


 家に戻ったときは、私ももう、落ち着きを取り戻していた。

 ダイニングのテーブルに向かうと、シェードで窓に光が漏れないようにした電灯の元で、便箋に手紙を書き始めた。



RAFの皆様


 私はアリス。基地の近くの町の、教会の牧師の娘です。

 学校で先生が、皆さんに手紙を描きましょうとお話ししてくださったので、こうしてペンを取っています。

 私は戦闘機はよく知らないのですが、スピットファイアとハリケーンという戦闘機がこの基地にいて、ドイツ軍の軍用機を沢山撃墜し、この国を守ってくださっていると聞きました。

 アルフレッド少尉は私の町の出身です。私の学校の先輩です。7月に戦死して、お葬式がありました。町の人が沢山、彼のために教会に来ました。深く哀悼の意を表します。彼は私たちの英雄でした。

 ですが、そのとき私は改めて分かりました。

 私はお葬式が嫌いです。

 若い人のお葬式が沢山あるというのは、とても悲しいことです。

 歳をとってから、子供や孫に見送られて、静かに眠りにつく。そんなお葬式は人生の終わりにふさわしいものだと思います。家族は一時は悲しみに沈むでしょう。でもすぐにまた、人生の幸せを目指し、歩き出すはずです。自分も同じような道を辿ることに、納得ができるからです。

 しかし、若者の死は、親御さんやご兄弟、友達や恋人、あるいは妻や子供を、深い悲しみに突き落とします。この2ヶ月で、英国では多くの人が、そんな若者の、悲しい死を見送ってきたことでしょう。それを思うと、この私の小さな胸は張り裂けそうです。

 一日も早く、こんな悲しすぎるお葬式がなくなる日が来ることを望みます。

 そのためには、皆さんが奮闘し、戦争を勝利に導いていただくことが必要です。

 そして、皆さんが無事に基地に帰ってくることが、何にもまして大事なことです。

 皆様の勝利と無事を心から願っています。

 どうかそのお命を大切に。


                                 アリス

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