33
「あ。」
海を連れて公園に行くと。
すごく久しぶりの光史が、自転車を押して歩いてる姿を見かけた。
「光史ー」
手を振りながら名前を呼ぶと、光史は少しキョロキョロとして…あたしを見付けた。
そして、こっちに歩いて来て。
「おう。久しぶ…り」
あたしを見て、そして…視線を止めた。
「?」
「……」
光史の視線は…あたしの足元にいる、海。
「あ…えっと…息子。息子の海」
「ああ、うん」
陸から…聞いたのかな。
光史は驚く風でも、結婚したのか?って聞くでもなく…
海の前にしゃがむと。
「はじめまして。朝霧光史です」
目線を海と同じにして…挨拶をした。
うちでは、みんな海に対して赤ちゃん言葉になっちゃうのに。
真面目に挨拶してる光史に、小さく笑ってしまった。
海はと言うと…
「んーあっ」
一応、挨拶のつもりなのか…ガニ股で腰を落とした後。
「ぱっ!!」
そう言って、勢いよく…
「ぶっ…」
光史の顔面に手の平を押し付けた。
「あっ!!こら海!!」
慌てて海の身体を引くと。
「あっああ、大丈夫。平気だから」
光史は顔に手を当てながら笑った。
「でも全力だったよ…痛かったでしょ?」
「いや、平気平気」
「もう…海っ。今のダメっ。ダメよ?」
海の両手を持って言い聞かせると、海はキョトンとした後に光史にパンパンって拍手をして頭を下げた。
「ご…ごめん…お参りみたいだけど、一応謝ってるつもり…」
「ははっ…可愛いなあ」
大勢の中で育てられてるからか、海は人見知りをしない。
光史に両手を握られても、笑顔の海。
…本当…可愛い。
「まだあそこでバイトしてるの?」
石のベンチに座って、光史に問いかける。
海は足元に落ちてる何かの白い実を夢中で拾っては、それを光史に見せてる。
「あそこ?」
「隣町の美容院」
「ああ…もうとっくにやめたよ」
「そうなんだ」
「陸から聞いてない?バンド組んだ事」
「えっ。何それ。知らない」
「へ~…陸が織に話さない事なんて、あるんだな」
光史はニヤニヤしながら前髪をかきあげた。
…普通にあるわよ。
きっと。
夏休み前から表通りの楽器屋でバイトを始めた陸は、いつも帰りが遅い。
以前みたいに…二人で並んでテレビを見るような事も、ない。
…まあ、これが普通なんだよね。
あたし達は、ずっと二人で生きて来たから…二人で居るのが当然みたいだったけど。
この距離感が、普通の…姉弟なんだよ。
…きっと。
「大学どう?」
光史は陸と同じで、桜花の大学に進んだ。
「それだよ。大学なんて行くんじゃなかったなーって」
「え?そうなの?光史、学校好きなんだと思ってた」
「学校は好きだけど、勉強がなー…バンド組んでからは特にそう思う。おかげでバイトする時間もない」
「光史、意外と真面目だもんね…」
あたしが小さく笑いながら言うと。
「二階堂、頭悪い奴とつるんでんだなーって思われたくないからな…」
って…
「……」
つい、無言で光史を見る。
…陸のために勉強してる…って事?
あまりにもあたしがジロジロ見たからか、光史は唇を尖らせてあたしを見て。
「…思ったよりクソ真面目だろ。親友の評判を落としたくないなんてさ」
そう言って手の平に集まった実を数え始めた。
「海君、集めるの上手いな。もう8個もあるぞ?」
そう言われた海は嬉しそうに、光史の膝によじ登ろうとする。
「おっ、頑張れ。よっ…おー、登頂成功」
光史の膝に座った海は、笑顔満開。
「子供、慣れてるのね」
「ああ…弟と歳が離れてるから。小さい頃面倒見てたし」
そう言えば、学校帰りにそんな話もしてくれたっけ。
「バンド…プロになれる?」
自分の爪先を見ながら問いかける。
実際は…期待してないあたしがいるけど…
「なれるよ」
「……」
爪先を見ながら、パチパチ、と…瞬きをした。
「今すぐってわけにはいかないけど、土台は出来た」
ゆっくり、光史を見る。
「俺も陸も、遊びで終わらせるつもりはないよ。そのために…ずっと合う奴を時間かけて探してたんだから」
そう言った光史の横顔は、真顔。
「プロになる事しか考えてないから。俺も…陸も」
「…そっか」
「…そのために、織が後を継ぐって言ったんだろ?」
「え…?」
「陸、言ってたよ。織が自分のために後を継ぐって。だから、絶対プロにならなきゃいけないって」
「……」
ふと…センを思い出した。
あたしとの約束を叶えるために…
彼も、どこかで頑張ってるのだろうか。
あたしが黙ってしまうと。
「ぱっ」
海が、光史が手にしてた白い実を、高く放り投げた。
「じゃあな」
「うん。あ、光史」
自転車に乗りかけた光史に、声を掛ける。
「ん?」
「…陸の事、よろしくね?」
「……」
光史は少し首を傾げてあたしを見て。
「俺が面倒見てもらってる感じだけどな」
小さく笑った。
「またな、海君」
あたしが抱えてる海の頭に触って、光史は帰って行った。
石のベンチを振り返って…そこに、自分とセンを思い浮かべる。
もう…終わらせた恋。
だけど…今も大切に想う人…。
「…海、帰ろっか」
眠そうな海を抱えたまま、家に帰ると。
「おかえりなさ……」
庭の手入れをしてた環があたしに近付いて…
「何?」
「鏡をどうぞ」
って優しい顔をした。
「…?」
玄関にある鏡を見ると…
海が放り投げた白い実が、あたしのカチューシャにいくつか付いてて。
「冠みたいですね」
環が、指でそれを触りながら…つぶやいた。
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