32

「全員整列ー」


 9月。

 あたしは、師範免許をとって新人に武道の稽古をつけることになった。

 さすが秘密組織だけあって、IQが高い人材ばかりで、おまけに若い。


「礼!」


「ありがとうございました!」



 今年から本部の人間も一緒に稽古することになって。

 道場じゃ狭いって事で、本部の体育館を使うようになった。


「あっつう…」


 タオルで汗を拭きながら、ふと隣の稽古場に目をやると…環。

 新人以上クラスの稽古をつけてるのは甲斐さんなんだけど、環は、そのクラスの中でもとびきり目立ってる。


 あたしが立ち止まって環を見てると。


「何見てるんですか?」


 舞が、声をかけてきた。


「え?あー…うまいなと思って」


「誰ですか?」


 …なんか、白々しいな。


「環よ」


「ああ、上手ですよねぇ。本部の女の子にも大人気なんですよ」


「へえ…」


 そういえば昔、たくさん手紙もらってたのを見たっけ。


「でも、環さんには心に決めた人がいるみたいですから」


「え?」


 あたしは舞を見る。


「結構有名な話ですよ?」


「そうなの?」


「万里君も沙耶君も知ってます」


「……」


 なんだか…

 なんだろ…

 この…じわじわと胸の奥に広がる…嫌な気持ち。


 あたしは尖りかけた唇を引っ込めて、歩き始めた。


「お帰りですか?」


「うん」


 更衣室で着替えながら、いまだに胸の奥に広がり続けてる嫌な気持ちを分析する。

 万里君と沙耶君に彼女ができた時は、心から喜んだけど…

 環に彼女が出来た…って話は、聞いた事がない。

 出来ても言わなかったんだろうけど。



 母さんの言いつけでデートした時。

『最後のデートはいつだった?』って問いかけに、環は二階堂らしいデートの内容を答えた。

 あたし…あれ…

 なんで聞いたんだろ。

 知りたかったような気がする。


 …知りたかった?

 どうして?

 そして、環が答えたいかにも二階堂っぽい内容に、ホッとしたような気もする。

 …なんで?



「ね、それってつきあってるの?」


 あたしが振り向いて舞に問いかけると。


「え?」


 さっさと着替え終えてた舞が、あたしの顔を見て。


「…ああ、さっきの続きですね。いいえ、片想いだそうですよ」


 首をすくめた。


「片想い…」


 片想い…ね。

 …環が恋してる人って、どんな人なんだろ。



「気になりますか?」


 舞が小さな声でそう言って、あたしは…頷く。


「…少しね」


 そっか。

 あたし、気になってるんだ。

 環に好きな人がいるかどうか。

 それってー…


 どうして?



「実際は誰なのかみんな知らないんですけどね」


「は?」


 あたしは道着をバッグに詰め込みながら。


「ね、心に決めた人がいるって、環が言ったんじゃないの?」


 なぜか少しムキになって、舞に問いかけた。


「言いませんよ」


「じゃあ、どうして…みんな知ってるのよ」


「見てわかるからですよ。ああ、好きな人がいるなって」


「……」


 そういえば。母さんも言ってた。

 環は、顔に出るって。

 そうかな。

 あたしには、いつもクールにしか見えないけど。



「ちなみに…」


 舞は更衣室の入り口に走ってドアを開けると。


「私から見ると、お嬢さんもとても分かりやすいです」


 口元を緩めて…そう言った。

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