31

「似合う?」


 あたしは、試着室から出る。

 母さんに言いつけられた『デート』は、よく分からないけど…

 一緒に暮らしてた時にしていないような事、してみようかなって。

 あたしは早速、環に夏物のワンピースを見立ててもらっている。


「似合いま…似合う…よ」


 環は、とってつけたような言葉。

 おまけに、いつものクールさはどこへやら。

 カチコチになっちゃって。


「さっきのと、どっちがいい?」


「…どっちも」


「どっちか選んでよ」


「えっ」


 うろたえられてしまった。

 普段の環って、こんな感じなの?

 新しい発見に嬉しいような、だけどあまりにもギャップがすごくて笑ってしまう。


「じゃあさ、あたしに似合いそうなの選んで?それ着るから」


 あたしは、環に無理難題を押し付ける。

 でも、環はホッとした顔で。


「じゃあ…」


 って、服をあさり始めた。


 …なるほど。

 あたしが選んだのを、似合うとか似合わないとか言うよりはいいってわけね。


 少し面白くない気がして唇を尖らせながら、服を選んでる環を見つめる。

 ハンガーに掛かってるワンピースを持ち上げて上から下まで眺めてみたり、二枚並べて真顔で見比べてみたり。

 …何だか必死。



「これなんか、いいと思い…思うけど」


 そう言って環が選んできたワンピースは、ノースリーブのミニ。

 しかも、薄いオレンジにマーガレットの花柄模様。

 あたし、柄物ってあまり着たことないんだけどな。



「マーガレット好きなんだね」


「…似てると思って」


「誰に?」


 あたしは、意地悪する。

 織って呼ばないかな。


「……」


 環は上目使いにあたしを見て。


「…あなたに」


 って、小さくつぶやいた。


「は?」


 あたしは、聞こえないふり。


「…織、に」


 環が観念したように、そう言って。

 あたしは、服を受け取ると満面の笑みで言った。


「ね、これ似合ったら買ってくれる?」


「……」


「…あれ?厚かましい?」


「いえ…」


「いえ?」


「あ…い……」


 環はコホンと小さく咳払いをして。


「…喜んで」


 少し赤くなりながら言ってくれた。

 ああ…何だか楽しいな。



 * * *



「さて、次は?」


 お店を出て突然、環はあっさり普通に喋るようになった。

 …だけど、あたしの顔を見ない。


 ―ワンピースは、意外にも…すごく似合った。

 試着室を出る時、あたしは笑顔だったと思う。

 そしてそれを見た環も笑顔になったし…そんなあたし達を見てた店員さんも笑顔になった。


 おまけに海の服まで買ってくれた環。

 何かお返しがしたいなあ…



「じゃあ、次はー…」


 そう言いながら空見上げる環の腕に、『えいっ』って腕をまわす。


「……」


 空に向けてた視線を、無言であたしに向けた環は…すごくしかめっ面。


「デートって、こういうのでしょ?」


 顔を覗き込んで言うと、環は何度も瞬きをしてあたしから目を逸らした。

 あー…面白いっ!!


 最初は意地悪って思ってた環に、やり返してるわけじゃないんだけど…

 こんな狼狽える姿なんて見た事ないから、もっと意地悪しちゃいたくなる。

 って、いやいや…これは…感謝の気持ち。

 環に今日一日を楽しんでもらうために、あたしは偽物彼女として頑張ろう。


「……」


 環が黙ったのをいい事に、ガッチリと腕をホールド。


「わがまま言ってもいい?」


「…いいで…いいよ」


「遊園地行こ?」


「今から?」


「うん。だって10時まで帰れないし。行って遊んでれば夜なんてすぐよ?」


「なるほど…」


 環は時計を見て。


「じゃあ…電車で?」


 遠慮がちに言った。

 普段、移動は絶対車だもんなあ…


「うん。電車で行こ?」


 腕を組んだまま、駅に向かった。

 環と電車なんて、初めて。

 切符の買い方知ってるかな。なんて、余計な心配もしてみたけど。

 環は…何においても完璧な気がした。

 それはまあ…護衛するぐらいだから、身についてるんだとは思うけど。



 並んで座って、小声で問いかける。


「最後にデートしたのって、いつ?」


「何のことでしょう」


「あっ、敬語」


「す……ごめん」


 あー…!!

 ほんっと、おもしろーい!!



 電車で30分。

 そこから歩いて5分。

 遊園地に到着。

 そして早速…


「あれ乗ろうよ!!環!!」


「え」


「早く!!」


「……」




「いやーーーー!!きゃーーーーー!!あははは!!」


 大絶叫。

 あたしの隣で、環は頭を抱えてる。


「あー、おもしろかった…大丈夫?」


「なんとか…」


「知らなかった。環がジェットコースターダメなんて」


 そういえば…以前みんなで来た時、環は何も乗らなかったな。


「じゃ、次は…」


「ちょっと休憩」


 あたしが次に行こうとすると、ふいに環があたしの肩をつかんだ。

 …気分が悪いせいか、やけに普通になってきた。


「飲物買ってこようか?」


「いや、しばらく座ってれば…」


 ベンチに座って天を仰ぐ環の隣に、あたしも腰を下ろす。


「…ごめん」


「何?」


「せっかく来たのに、俺が苦手なもの多くて」


「でも、乗ってくれてるじゃない」


「……」


「もう乗り物はいいよ。あとはパレード眺めよ?」


「それでいい?」


「うん」


 相変わらず気分悪そうな環の肩に、頭をのせる。


「…楽しい」


 小さくつぶやくと。


「…それはよかった」


 環も、小さくつぶやいた。



 * * *



「足、気を付けて」


「うん」


 パレードを途中まで見て、帰ってきたら…まだ少し早くて。

 でも、ちょっとくらいいいよ…って思ってたら。

 なんと、門前に母さんと万里君。



「約束を守らずに早く帰ったりしたら、許さないんだから」


「環は姐さんの素敵な計らいを無にするような事はしないはずです」


 二人のそんな会話が聞こえて来て、あたしたちは別宅の裏から環の部屋に忍び込むことにした。



「なんで自分の部屋に帰るのに、こんな泥棒みたいなことを…」


 なんて言いながら、環は結構楽しそう。

 あたしだって、こんな事は初めてで、何だかワクワクしちゃってる。



 廊下にひと気がないのを確認して、二階の環の部屋に入る。


「あ、電気はまずくない?」


 あたしが、明りをつけようとした環に小声で言うと。


「あ…そうか」


 環は慌ててスイッチから手を離して。


「これくらいならいいか…」


 って、ベッドスタンドに小さな明りをつけた。



「何か飲む?」


「ジュースある?」


「あと、ビールとウイスキーと…」


「…ジュースちょうだい」


 環は冷蔵庫からジュースを出して、あたしにくれた。


「ビール飲むの?」


「毎日飲むよ」


 環がベッドに座った。


「タバコも吸う?」


「少しね」


 なんだか。

 暗いとかなり普通にしゃべってくれるなあ。


「ね…」


「ん?」


「織って呼んで」


 あたしがそう言うと、環はジュースを吹き出した。


「も…もう呼んだじゃないですか」


「どうして急に元に戻るのよ」


「それは…」


 あたしは、環の隣に座る。


「呼んで」


「…織」


「もう一回、呼んで」


「織」


「…家族以外の人に呼び捨てされるって、久しぶり」


 あたしの事、呼び捨てにしてたのって…家族以外だと、陸に脅された形で呼び始めた光史と…センだけ。

 …もう、吹っ切れてる。

 なのに、誰かに呼んで欲しかった。

『織』って、呼び捨てで。



「環って、一緒にいて心地いい」


 環の肩に頭を乗せてつぶやくと、環は何か言いたそうに息を飲んだけど、何も言わなかった。


「今日はありがと。疲れたでしょ」


「…少しね」


「ついでだから、最後までつきあってね」


「…ああ」


 環がゆっくりとベッドに仰向けになる。

 心地いい頭の置き場が離れて、あたしは薄明りの中…環の声を拾う。


「疲れたけど…楽しい一日だった」


「あたしも…楽しかった」


 陸と舞と森魚と…

 いつも四人で遊びに行ってた頃を思い出した。

 二階堂を継ぐ事、出産した事で…漠然と、あたしは遊んでる場合じゃない。なんて思ってたけど…

 母さん、環にだけじゃなく、あたしにもいい時間をくれたんだ…。



「…次は、海も一緒に連れてってくれる?」


 環を見下ろしながら言うと。


「…ああ」


 薄明りの中に、環の返事が嬉しかった。

 あたしは環の隣に同じように横になって。


「腕枕もーらいっ」


 そう言って、環の腕をとった。


「………こんなことして、俺が安全な男だと思ったら大間違いだぞ」


「え?」


「……」


「……」



 あたし…

 もしかして、すごく大胆なことしてしまってるのでは。


 突然、自分が今している行為を頭の中で整理して真っ青になる。



 どうしよう。

 あたし…今日、環の狼狽える姿が面白いからって…

 腕組んだり。

 肩に頭乗せたり。

 こうして…隣に寝転んで、腕枕させたり…


 こ…

 これって…


 環って、身内みたいな感覚しかないから、つい甘えてしまったけど…

 だいたい、甘えるって事すら得意じゃなかったはずなのに。

 どうして環には…こんなに堂々と…

 あたしって…


 バカじゃないの!?

 まるで、欲求不満みたいじゃないーーー‼︎



 急にドキドキし始めちゃって、動けなくなってしまった。

 ええい、寝たふりでもしちゃえ。


「……」


 あたしが目を閉じて黙ってると。


「…織…」


 環が、優しい声であたしを呼んだ。

 そしてー…そっと腕枕をはずして毛布をかけてくれた。

 申し訳ないな…

 それに、せっかくの時間…もったいない。

 起きようかな、どうしようかな…


 そんなこと考えてると。


「……」


 環が、あたしの頭を撫でて言った。


「…おやすみなさい。お嬢さん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る