34
「あれ?今日は万里君じゃなかったっけ?」
毎日の日課となってる勉強会。
月・木が万里君、火・金が沙耶君、水・土が環。
今日は木曜日。
万里君のはずなのに、環が勉強道具を持ってリビングにやって来た。
「姐さんから万里に埠頭に向かってくれって連絡があって、交代したんです」
「ふうん」
とりあえず、あたしはノートを開く…と。
「織、ごめん。ちょっとそれ部屋でやってくれない?」
突然、母さんが大きな荷物を次々と運び始めた。
「何これ」
「色々ね。今から万里たちとここと和館使って荷物広げるから、あんたそれ自分の部屋でやってちょうだい」
埠頭に向かったはずの万里君や沙耶君が、大きな荷物を次々と…
「手伝うよ」
「いいから。さ、邪魔よ」
あたしと環は荷物に押されるように、階段を上がる羽目になってしまった。
「なんなのよ…一体」
あたしが不服そうにドアを開けると。
「新人用の荷物でしょう」
って、環が言った。
「新人用?」
「新人の中には私達のような孤児も多くいるんです。何の荷物も持たずにここに来たり。ですからここでは、最初から全員にそういう荷物を与えていただけるんです」
「そうなんだ…」
何の荷物も持たずに…ここに来たり?
そう言えば、環達は…どこからここに来たんだろう?
「…何してるの。入れば?」
部屋の外に立ったままの環に言うと。
「は…あ。おじゃまします」
環はドアを少し開けたまま、中に入った。
「閉めてよ」
「だめです」
「どうして」
「お部屋で男と二人きりなんて、何があるかわからないじゃないですか。今後も、こういうことがあったら、少しドアを開けておく習慣を…お嬢さん」
環がしゃべってる途中。
あたしは、ドアを閉める。
「だって、集中できないよ。下がうるさくて」
「……」
「それに、あの時は閉めてたよ?」
「あの時?」
あたしが上目使いに言うと、環は少し考えて…咳払いをした。
「12ページでしたね?」
「ね」
「はい」
「片想いしてるって、本当?」
あたしが問いかけると、環は重ねてた教科書や辞書を落としてしまった。
えー…?
こんなに狼狽えるって事は…
「す…すみません」
「驚いた…本当なんだ」
「そんなこと、誰が言ってるんですか」
「みんな」
「……」
環は固まったように動かなくなってしまったけど、あたしが顔をのぞきこむと、慌てたように教科書を拾い始めた。
「そんなことより、勉強しましょう」
「はいはい」
あたしは仕方なく教科書を広げる。
「この応用問題を解いてみて下さい」
「どれ?」
「右下です」
ふと、教科書を指さした環の指にみとれる。
…きれいな指。
「…ですよ…お嬢さん?」
「あ、えっ?何?」
「ちゃんと聞いて下さい。この問題は重要ですよって言ったんです」
「ああ、ごめん」
…あたし、どうしちゃったんだろ。
環の事…気になってる?
つい、この間まで、平気で甘えてたのに…
『あーん!!』
隣の部屋から、海の泣き声。
「あっ、起きちゃった」
「下があれだけにぎやかですからね」
環が隣に部屋に行って、海を抱えて戻って来た。
「海君、お母さんはお勉強ですから、私とお外を見てましょう」
環は、海にも敬語。
あたしは、仕方なく鉛筆を持つ。
なんとなく、身が入らない。
あたし、いつの間に…こんなに環のこと気にするようになったんだろ。
あれこれボンヤリ考えてると。
「…お嬢さん、真っ白じゃないですか」
後ろからノートをのぞきこんだ環が、少し低いトーンで言った。
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