14

「お嬢さんの護衛をさせて下さい」


 あの日から…事実を知って、言葉を失ったあの日から。

 たまきは、あたしの護衛をしている。


 あれから三ヶ月。

 季節は春に変わった。

 陸は春休みだというのに、あたしがいる家には居辛いみたいでほとんどいない。

 あたしは…あの事で無気力になって。

 学校を辞めた。


 学校側からは籍だけでも残して、来れるようになったら来ればいい的な事を言われたけど…

 もう、外に出るのも人に会うのも…嫌だ。

 そんなあたしを見た父さんが、中退を選んだ。



「お出かけですか?」


 玄関で靴を履いてると、万里まり君が優しく声をかけてきた。

 あたしはそれを全く聞こえなかったかのように、万里君に見向きもせず歩き始めた。

 しばらく歩いてると、後ろに、いつものように環の気配。

 毎日…並んで歩くでもなく、話をするわけでもなく。

 環は、まるであたしの影のようについて来る。


「……」


 あたしは、立ち止まる。

 すると、環も立ち止まった。


「…環」


 あたしがゆっくり振り向いて声をかけると。


「…お嬢さん、声が…」


 環は一瞬嬉しそうな顔をしたけど。


「ついて来ないで」


 その、あたしの一言で瞳が曇ってしまった。

 そして、またあたしは歩き出す。

 しばらく環の気配は立ち止まってたけど、公園の階段を上る頃にはそれもなくなっていた。


「……」


 しばらく声を出さなかったせいか、心の中でつぶやくクセがついてしまった。

 いい天気。

 ベンチに座って空を見上げる。

 青い空。

 …と。

 足元に何か飛んで来た。

 あたしはそれを手にする。


「……」


 手紙?

 早乙女さおとめ千寿せんじゅ様…


「あ、すみません」


 声が降ってきて、あたしが顔をあげると。


「それ、僕のなんです」


 って、背の高い長髪の男の人が遠慮がちにあたしに頭を下げた。

 あたしは無言で手紙を渡す。

 …女の人宛てかと思った。


 その早乙女さんは、少しだけ間を開けて、あたしの隣に座った。

 そして、銀縁の丸い眼鏡をかけなおすと、手紙を開き始めた。

 住所…私書箱だった。

 家族にばれちゃ、まずい手紙なわけね…

 ま、関係ないけど。



 それにしても、いい天気。

 あたしは空を見上げる。

 雲一つない澄み切った青。

 あたしの心は、よどんでる…


「……」


 ふと、隣の早乙女さんを見ると、あたしと同じ…空を見上げてる。


「…いい天気だね」


 そう言われて、あたしは頷く。


「少し…話していいかな」


 あたしは何も答えずに、少しだけ早乙女さんの方に顔を向けた。


「僕には、会った事もない父親っていうのがいてね…」


「……」


「今の家族…もちろん育ての父親も僕が本当の父親と連絡をとりあってるなんて誰も知らないんだ」


 寂しそうな、目…


「厳しい家庭だけど、家族は大好きだし…本当の父親の所へ行こうとか、そんな思いはないけど…こうやって内緒で連絡しあってるのは、やっぱり裏切りになるのかな」


「そんな…」


「…え?」


 ふと、早乙女さんが驚いたような顔であたしを見た。


「…喋れるの?」


 その、すっとんきょうな表情と声に、思わずあたしは大笑いしてしまった。

 この人、あたしが喋れないと思ってベラベラ喋ってたんだ。


「悪かったなあ…」


「ごめんなさい。喋れないって思われても仕方ないんです。あたし本当に最近まで喋れなかったし」


「病気か何か?」


「…そんなとこです」


「本当にごめん。非常識だな」


「いいえ…あたしも、誰かと喋りたかったから…」


 家の者以外の人と。


「今の、秘密にしてくれる?」


「もちろん」


「じゃ、改めて…僕は早乙女千寿さおとめせんじゅ


二階堂 織にかいどう しきです」


「二階堂?」


「?」


「隣のクラスに二階堂って頭のいい奴がいるけど…家族?」


「え?」


 もしかして…


「早乙女さんて…桜花おうかの…」


「二年になる」


「歳上かと思っちゃった。あたし、双子なの。その頭のいい奴と」


「え?」


 二人して顔見合わせて笑ってしまった。

 桜花は一応共学だけど校舎は別だし、校内で男女が会う事はほとんどない。

 こんな風貌の人、同じ校舎にいたら絶対見逃してない気がする。



「よく老けて見られるんだ」


「だって大人っぽいもの」


「じゃ、君も桜花?」


「あー…あたしは…辞めたの」


「辞めた?」


「ん」


 早乙女さんは何か言いたそうだったけど、何も言わなかった。


「陸とは、仲いいの?」


「陸…ああ、双子の?いや、喋った事ない」


「この事、内緒にしてくれる?」


 上目使いに早乙女さんに言うと。


「…かまわないよ」


 …なんだか心地いいな…この人。


「あたしのこと、織って呼んで」


 あたしが明るい声で言うと。


「織…ね。きれいな名前だね」


 って早乙女さんは笑ってくれた。


「じゃあ僕はー…って言っても特にニックネームなんてないし」


「呼び捨ても失礼だしなぁ」


「いいよ、呼び捨てでも」


「だって、千寿なんて高貴な名前…あ、センなんてどう?短くしただけだけど」


「新鮮だな、そういうの」


「じゃ、決まり。センね」


 初めてだった。

 初対面の人と、こんなふうに話せたのは。

 この人って不思議。

 なんだか、安らげる。



「明日も…来る?」


 センが、遠慮がちに問いかけた。

 あたしは、少し考えて…笑顔で答えた。


「…センが来るなら」


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