13
「万里君」
クリスマス。
この寒い日に、万里君たら薄着で庭先に立ってる。
「何ですか?」
あたしが呼びかけると万里君は真っ赤な鼻で走ってきた。
「これ」
「?」
「クリスマスプレゼント」
あたしはそう言って、手袋とマフラーを手渡す。
万里君には、紺と赤。
あらかじめ好きな色を聞いて、12月のあたしは、まるで受験生かのように夜遅くまで起きて編物をしていた。
だって、みんな寒いのに手袋とかしないんだもの。
規則か何かあるの?って父さんに聞いたら、そんなものないっていうし。
沙耶君に聞いたら「持ってないんですよ」って。
それで、あたしは生まれて初めて編物などをしてしまった。
…これまた自分で言うのもなんだけど、あたしは器用だ。
そこそこにキレイに出来てしまった。
家族のために何か作るって、楽しい。
毎日毛糸を手にするたびにウキウキした。
「えっ、私にですか?」
万里君はマフラーと手袋を手に、驚いた顔。
「うん。あ、彼女とか…に…」
「いませんよ、そんなの。うわ、嬉しいな。手編なんですか?」
「初めてだから、ちょっと怪しいとこもあるけどね」
「いいえ、ありがとうございます」
「沙耶君は?」
「今日は本部…あ、いえ、あのー…外回りです」
「そっか、寒いのに大変。環は?」
「非番ですから…」
万里君は、ちらっとガレージを見て。
「部屋にいると思いますよ」
って言った。
「じゃ、ちょっと行ってみよ」
早速マフラーも手袋も着用してくれてる万里君を後目に、あたしは別宅に向かう。
…嬉しいな。
これ、父さんと母さんと、陸のもある。
クリスマスには間に合わなかったけど、浩也さんや甲斐さんのも作りたいなあ。
そんな事言ってたら、全員の作らなきゃいけなくなるけど…来年までかかっていいなら、あたし張り切って作っちゃうよ。
そんな事を考えながら、階段を上って環の部屋のドアをノック…が、返事なし。
いないのかな…
「…いるじゃん」
少しだけ開けたドアの隙間から中を見ると、こたつで寝てる。
万里君も沙耶君もこたつなんてしてないのに。
環って、年寄りくさい。
忍び足でこたつに近付く。
…熟睡だなあ…
こんなとこで寝ちゃ、風邪ひくのに。
毛布…あ、これでいっか。
座椅子にかけてあるブランケットを、そっと環の体にかける。
…セーター着てる。
紅葉狩りに続いて、二度目の私服姿。
「あたしが敵なら殺されてるぞ?」
小さくつぶやいてみたものの、環は相変わらず熟睡状態。
あ、夜警明けかな。
ジャケット、脱ぎ捨ててある。
眠いわけだ。
ここの夜警って並じゃないのか、朝方帰って来る面々は、いつもボロボロのヨレヨレ。
ジャケット、ハンガーにかけとこ。
「……?」
持ったジャケット。
内ポケットからのぞいてるこれ…手錠?
…監禁とかに使うのかな。
万里君はしそうにないけど、環と沙耶君は喜んでやりそうだな。
他に何かおもしろいものないかな。
あたしは好奇心も手伝って、環のポケットを探る。
次に取り出したのは…
「……」
…これ…
「誰だ!?」
「きゃ!」
「…お嬢さん…」
「……」
環は慌ててあたしの手からジャケットを取った。
「それ…何?」
あたしが見た物。
写真入りのIDカード。
その上のところに…
「…警察なの?」
POLICEって書いてあった。
「……」
環はあたしの問いかけに黙ったまま。
「うちをどうする気なの?みんなを…だましてたの?」
「…お嬢さん」
「……」
「…組長に…連絡します。話を聞いてください」
環は、うつむいて髪の毛をかきあげながら。
「…すみません…」
って、つぶやいた。
* * *
「うちは…特別高等警察といって、かなり特殊な機関の…その中でもまた特別な位置にあるものなんだ」
父さんはあたしを前に、静かな声で言った。
母さんは不在。
あたしの後ろには、環と万里君がいる。
「…どうして言ってくれなかったの?」
最初から話してくれてれば…
あたしは、うちがヤクザだと知って、警察は敵だ。ぐらいに思ってしまってた。
…大したことじゃない。
特別な、秘密機関だから話せなかっただけ。
…頭では分かる。
でも…何だろう。
この、騙された、裏切られたって気持ち…
「お嬢さん、
ヤクザじゃないってあたしにバレた途端、父さんへの呼び方が『組長』から『頭』に変わった。
…そっか。
今までは、あたし達の手前…わざわざヤクザを装って『組長』って呼んでたわけね。
……とんだ茶番だわ。
「……」
あたしは立ち上がると、洋館に走って陸の部屋のドアを無言で開けた。
「…何だよ、ノックぐらいしろよ…」
部屋の中には、
「…泣いてんのか?」
陸はあたしの顔をのぞき込んで、心配そうに。
「何かあったのかよ」
って、言った。
「…俺帰るわ」
あたしのただならぬ雰囲気に気付いたのか、光史がそう言ったけど。
「ちょっと待てよ…織、隣で話そう」
陸は、あたしの腕をとってそう言った。
「…うちって…」
あたしは、動かずに話始める。
「あ?」
「特別な仕事をしてるって…」
あたしがそう言うと、陸は黙ったまま息を飲んだ。
ゆっくり陸を見上げると、陸はあたしから視線をはずした。
「…あんたは知ってたのね」
「…言おうと思ってたんだけど、きっかけがなくて…」
「あたしだけ、知らなかったのね」
「織」
「あたしだけが、知らなかったのね!」
「織!落ち着けよ!」
身体が震える。
「どうして教えてくれなかったの!?あんたはいつから知ってたのよ!」
「それは…」
「いつなのよ」
低い声で問いかけると、陸はうつむいて答えた。
「おまえが…売りとばされそうになった時…色々不審に思って…問い詰めた…」
「…そんな前から知ってたの?」
「何度も話そうって悩んださ!親父も母さんも!だから、うちは俺が継ぐって…織?」
「……」
「おい、織…織!?」
目の前が真っ暗になった。
陸の声が、知らない言葉を喋ってるように聞こえた。
呼吸が苦しくなって、このまま死んでしまうのかもしれないって思った。
「誰か!誰か来てくれ!光史、織が…」
「陸、落ち着けよ。織、ゆっくり深呼吸するんだ。ゆっくり…」
陸と光史の声が、遠のいた。
あたしは、家族が大好き。
家族っていいなって…
「…申し訳ありません」
「環、顔をあげて」
あたしの意識が戻って…リビングでは『仕事』から帰って来た母さんが状況説明をされて…
環が、土下座をしてる。
「早くに打ち明けるべきだった…」
「あなただって、事実を知ったのは18の時だったじゃない」
「しかし、織はここを継いでくれるとまで言ってくれたのに…」
「あなただけが悪いわけじゃないわ」
「陸は?」
「…部屋で…」
あたしは、一人だけ別世界にいるようだった。
人形のように無表情で、言葉さえも忘れてしまったかのように。
「織、母さんたちが悪かったわ。でもね…」
母さんがあたしの手を握った。
言い訳は聞きたくない。
そう言いたいのに、声が出ない。
あたしは無言で立ち上がる。
「織…」
そして、何も見えてないかのように、その場から離れる。
家族なんて、できなきゃよかった。
陸と二人きりでよかった。
でも…その陸にも…陸に隠し事をされた…
家族ができたせいだ。
「お嬢さん」
後ろから環の声。
「お願いです。姐さんの話をきいてあげてください」
あたしは立ち止まる。
「お嬢さんを騙すとか苦しめようとか、そういう理由で黙ってたわけじゃないんです」
そんなことわかってる。
だけど、家族なら…
「頭も姐さんも苦しまれたんです」
寂しくなった。
環は、二人の事ばっかり言ってる。
あたしが、どんなにショックを受けてるかなんて…
「ずっと打ち明けるチャンスを…」
あたしの目から涙があふれるのを見て、環は言葉を失った。
涙…出るんだ。
まだ、こんな感情残ってるんだ。
「お嬢さん…」
あたしは涙を拭いもせず、また歩き始めた。
二階に上がると、陸が遠慮がちに部屋から出てきて。
「…平気か?」
って問いかけたけど。
あたしは…陸の顔を見もせず部屋に入った。
もう、誰も…信じない。
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