12

「織」


 学校帰り。

 呼ばれて振り向くと、光史がいた。


「…あれ?一人?」


 あたしが光史の周りを見渡して言うと。


「織こそ」


 光史は首を傾げてあたしを見た。


 …こっちに引っ越して、桜花に入って…

 あたしは、ほぼ一人で帰ってる。

 陸と一緒に帰った事なんて…数えられるほど。

 だから、光史が不思議そうな顔してるの、あたしの方が不思議なんだけど。



「あたしはいつも一人で帰ってるけど?」


「陸と一緒じゃ?」


「えー?陸は光史と帰ってるんでしょ?」


 あたしの言葉に光史は前髪をかきあげて。


「あいつ、追い付いてんのに離れて帰ってんのかな」


 小さく笑った。


「え?」


「途中から追い掛けてるはずだけど」


「追い掛けてる?」


「いつだったかな。三年の男子が織に目付けてるとか何とかって気にしてた」


「…え?」


「シスコンってからかったんだけど、そんなんじゃねーよって」


「……」


 な…何それ。


「ほんと、仲いいよな」


「そ…それはー…仕方ないよね。ずっと二人だったし…」


「陸も言ってた」


「…あ、テストどうだった?」


 照れ臭くて話題を変えると、光史は目を細めて。


「陸に『教え甲斐ない奴だなー』って言われたよ…」


 って。


「…そんなに酷かったの?」


「そりゃ、陸に比べたらだけど、俺的にはすげー良かったのに」


 それは仕方ない…って思った。

 今回のテスト、あたしも陸も全科目満点だし。


「でも、おかげで俺的には目標達成出来たから、感謝だな」


「目標?」


「全科目80点以上なら、バイトしていいって」


「バイト?」


「ああ」


 バイトもだけど、全科目80点以上だったんだ。って、ちょっと見直した。

 光史って、陸に比べたらおとなしいけど…

 女クラの派手めな女の子達が、噂してるのを聞いた事があったからだ。

 遊び人だ。って。



「…バイトしてたら、女の子と遊ぶ時間がなくなるんじゃないの?」


 小さく笑いながら言ってみると。


「俺、彼女いないし」


 光史も笑顔。


「彼女じゃなくても遊ぶでしょ?」


「あー…」


 光史は少し空を見上げて、目をパチパチさせて。


「でも興味ないんだよなー」


 空を見上げたまま言った。

 …興味ない?

 空を見上げたままの光史を見つめてると。


「陸から聞いてない?俺、ドラム叩いてるって」


 ふいに、光史があたしを見て言った。

 一瞬、見つめ合った。

 別に深い意味はないんだけど…

 何となく、そこに光史の『闇』を見たような気がした。

 …それが何かなんて…分かんないんだけど。



「…聞いた。『バンド組みたいけど、俺達に合うって思える奴がいねーんだよ』って言ってた」


「ぷっ。似てる」


「物真似なんてしてないわよ?」



 それから、光史の家族の話を根掘り葉掘り聞きながら、あたしの家の前まで帰り着いた。

 今まで漠然と『陸の友達』って思ってたけど。

 あと、噂で『女好きの遊び人』って勝手に思ってたけど。

 実は家族思いの、そこそこに真面目な人だって分かった。



「んじゃな」


「うん。バイバイ」


 光史と手を振って別れてから…

 ふと、光史の家って、こっちじゃないんじゃ…?って気が付いた。

 それから少しして…


「おかえりなさいまし」


「た…ただいま…」


 陸が、息を切らして帰って来た。


「…どうしたの…」


 リビングで紅茶を入れようとしてるあたしの前で、陸は息絶え絶え。

 その姿を見て、ふと…光史の言葉がよみがえる。

 …追い掛けて帰って…?


「…あー…み…水…」


「あ、うん」


 グラスに水を注いで渡すと、陸はそれを一気に飲み干して。


「あー…走った…」


 って、ソファーに突っ伏した。


「…なんで帰るのに走るのよ」


「別に。体力作り」


「ふーん」


 庭では沙耶君と万里君が花壇の手入れをしてくれてて。

 環は見回りなのかなー…なんて気のないふりしながら、陸の言葉を耳に入れる。



「…あたし今日、帰り道で声掛けられた」


「誰に」


 あれ。

 …光史が言った事って、本当?

 何だろ…この嫌そうな顔。


「…同じ学年の男子。一緒に帰ったの」


「一緒に帰った?」


「うん」


「……」


 陸は一瞬ポカンとした後、ゆっくりと…だんだん瞬きが増えて。


「…へー。物好きがいるもんだな」


 おもしろくなさそうに言った。

 ムカッ。


「陸は?一人で帰ったの?あ、走ったんだから一人か」


 唇を尖らせながらそう言うと。


「担任に呼ばれてたからなー…光史の奴、待ってるって言いながら先に帰りやがったし」


「…ふーん」


 …あれ?

 光史、陸が担任に呼ばれてたのを知ってたの?



「…あんま知らねー奴に話し掛けられても、相手にすんなよな」


 ソファーに突っ伏して、早口な陸。

 これじゃシスコンって言われても仕方ないな…って思いながら。

 あたしの中で、光史の『家族思いのそこそこに真面目な人』に『友達思いの優しい人』が加わった。



 明日から…三人で帰ろうかな。



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