05

「お嬢さん?」


 和館の縁側に座って空を眺めてると、環がやって来た。

 まだ親にも会わない、学校にも行かない。

 そんなあたしは、環に文句か嫌味でも言われるんじゃないかと思って、内心ヒヤヒヤした。



「何してらっしゃるんですか?」


 あ…普通だ。


「…空見てんの」


「空、ですか」


「…うん」


 あたしは空を見ながら無心になる。

 どこにいても、空は青いんだなあ…



「あの丸い雲がね、だんだんこっちに来てるの」


 あたしが無気力にそう言うと。


「なるほど」


 環は、あたしの後ろに座った。

 今まで…なぜか後ろに立たれるのが嫌いだったあたしは、生徒集会でも最後尾に並んでた。

 だけど、こっちに来てからは…常に後ろに立ったり座ったりされる。

 まあ…立場的な物もあるから仕方ないのかな…

 最初はそれに慣れなくて、気持ちがざわついたけど…さすがに慣れちゃった。


 何も喋る事なく、あたしはひたすら空を見上げる。

 なのに、そんなあたしに付き合って、環まで空を眺めて…るのかな。

 少しだけ振り向くと、正座して両手は膝。

 正しい姿勢のまま、環も空を見てた。

 …つまんなくないのかな…?



「こうやって空を見上げるなんて、久しぶりです」


 ふいに環がつぶやいた。


「え?」


「あまり、こんなにゆったりとした気分になる事はありませんから」


「……」


 …そっか。

 ヤクザにも色々あるんだ。

 そうよね。

 あたしの知らない所では、きっと『組同士の抗争』とやらもあるんだろうし…

『俺がタマ取って来ますよ』って…いつ名乗り出なきゃいけないか分からないんだろうし…


 あたしがテレビから得た知識と、万里君から聞いた二階堂の様子はちょっと違ってたけど。

 …たぶんそれは、あたしを安心させるためだったんだと思う。

 たまに、夜中でも黒服で出かけて行く姿を見かけるもん。


 あたしは今も…そういう世界は理解出来ない。

 だから、あたしと陸がここに必要だって言われても…ピンと来ない。

 危険な世界。

 今まで平穏に暮らして来たあたし達が…ここで生きて行けるのかって…不安の方が大きい。


 ―それでも。

 ここに来て、高い塀に囲まれて、まるで閉じ込められてるようだ…って思ったけど。

 あたしは自分で閉じこもってるだけ。

 一歩外に踏み出せば、世界は違うのに。



「なんかね…」


「はい」


「空見てるとさ、あたしの悩みなんて、ちっちゃいなあ…って思えてくるのよ」


「……」


「あたしって、本当ちっぽけだよね」


 本当に。

 毎日、こうしてあたしのお守をさせられる万里君と環と沙耶君。

 あたしは…結構大事にされてる。

 なのに、今も…前の環境を恋しがって、文句を言う。

 …陸は進みたがってるのに、あたしは立ち止まったまま。

 あの雲だって、形を変えて動いてるのに。



「大丈夫です」


「え?」


 あたしは、環を振り返る。


「お嬢さんは、お強い方です。これから、大きくなられます」


 環は、空を見上げたままそう言った。

 …買い被ってない?

 あたし…別に強くなんか…


 だけど、どうしてだろう。

 環にそう言われて、すごく嬉しい気がした。

 あたし、本当に今から大きくなるのかな。

 だとしたら…



 あたしは、また空を見上げる。


「あのね」


「はい」


「あたし…学校に行く事にしたから…」


 あたしが、つまんなさそうな声でそう言うと。


「そうですか」


 環は、それだけ言ってくれた。

 そんな事、たいしたことじゃないですよって感じの言い方。

 やっと…の決心だったから、みんなに騒がれたらイヤだな…なんて思ってた。

 だから、環がこんなふうに言ってくれたの…嬉しい。



「…ありがと」


 あたしはそれだけ言って立ち上がる。

 照れ臭くて、環の顔見れないって思ったけど…歩き始めにチラッと見ると。

 環は首を傾げて…優しい目をしてくれてた…。

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