06
「おかえりなさい」
初めての学校から帰ると、門の前で万里君が駆け寄って来た。
「ただいま」
「どうでした?学校」
「うん、久しぶりで新鮮だった」
あたしが笑顔で言うと、万里君は安心したように。
「良かった」
って笑った。
ふふっ。
まるで娘を心配する父親みたい。
あ、それは失礼か。
お兄ちゃん。ってとこ…。
「坊っちゃんは?」
「友達ができたから、遊んで帰るって」
陸は、友達を作るのがうまい。
あたしは…ちょっと苦手だな。
「おかえりなさい」
「あ…ただいま」
玄関で靴を脱ごうとして、環に声をかけられた。
「ねえ」
あたしは学校に行った勢いそのままに、ずっと思ってた事を切り出す事にした。
「うちの庭って、どうしてこう…色気がないの?」
庭を見渡して、環に問いかける。
「色気…ですか?」
「そうよ。普通ヤクザの家ってさ、大きな池があって樹齢百何年とかの松の木があって」
あたしが語り始めると、万里君がやってきて。
「芝生はもっときれいで」
って口添えする。
「そう。で、石灯篭があって」
「獅子脅しがカコーンとか言うんですよね」
環まで。
「わかってるじゃない。なのにどうして、うちはこんなに寂しい庭なの?広いだけで何もないじゃない」
かすかに、お粗末な芝生があるだけ。
「手を掛けなくていいように。と、上からの命令です」
「それにしても酷い」
「これでも前よりいいんですよ?」
万里君が笑いながら言った。
「え?」
「見事なまでの荒れ地でした。ずっとお願いしてたら芝生も手入れが大変だからまばらにしろって」
「……」
あたしは頭を抱える。
なんてズボラなヤクザ…!!
「いい。あたしが世話するから、花壇作ろうよ」
「許可がないと無理です」
「…いつかお願いするわよ」
「無理ですよ」
あたしと万里君が話してると、環がきっぱり言った。
「…どうして無理よ」
「お嬢さんお一人じゃ、お世話できないと思われるからです」
あー!!
痛いとこつかれた!!
確かに、全部一人で世話する気なんてなかったりして…
「でも、春にはチューリップ。夏にはヒマワリ…気持ちがなごむと思わない?」
あたしが庭を指さして言うと。
「いいですねえ…」
って、万里君はうっとりしてる。
あと一息。
「でも、ヤクザの家にかわいい花壇…お許しになられるかどうか…」
もう、また…環!!
「じゃ、環がお願いしてよ。あたしがワガママ言ってたって」
「どうして私ですか」
「あたしが言ったって無理なら、言葉と悪知恵たくさん持ってる方がいいに決ってるじゃない」
「悪知恵…」
万里君が笑ってる。
「確か、芝生も環が頼んでくれたんですよ」
「成果はこれだけですけどね」
「お願いしてね」
「…じゃ、私と勝負しましょう」
「勝負?」
「私と柔道で勝負して勝てたら、お願いするだけじゃなくて、確実に了解をもらいましょう。そして、立派な花壇を作ってさしあげます」
「本当?」
「はい」
「じゃ、ついでに桜の木とかも?」
「いいですよ」
やった。
あたし、体育の成績だけは誰にも負けたことないのよ。
「…お嬢さん、環は柔道四段ですよ」
万里君の耳打ち。
「ずるい!!」
ウキウキになってたあたしは、握り拳を作る。
「勝てるわけないじゃない!!あたし、柔道なんてしたことないもの!!」
「別宅の向こうに道場がありますから、誰かに稽古をつけてもらったらいかがですか?」
「ひ…卑怯者ぉ…」
「柔道がイヤなら、剣道でも射撃でも、アーチェリーでもいいですよ」
「…万里君!!」
「は…はい!!」
「稽古着買って来て!!」
「は…い…いいんですか?お嬢さん」
「あたりまえじゃない。すぐにとはいかないかもしれないけど、覚悟してなさいよね。環にも、かわいい花壇の世話をさせてあげるから」
あたしは捨てゼリフをはいて廊下をズカズカと歩く。
やな男!!
全く、何なのよ!!あの男は!!
みんな優しいのに、あいつだけ意地悪!!
「あはは、そりゃ俺のセリフだ」
部屋に入って着替えをしてると、突然聞こえて来た声に驚いて、こっそりと庭を見おろす。
あ…あたし、窓開けっ放しにしてたんだ。
「なんでそうなるかな…」
環が、頭をかきながら照れてる。
…ふうん。
万里君としゃべる時は、冷たい顔してないんだな。
「おっ、モテモテくん」
そこへ沙耶君が帰って来て、環を抱き寄せる。
「何だよ」
「これ、本部の女の子から」
沙耶君はそう言って、ポケットから手紙を出した。
…本部の女の子…?
「うおおっ、3通も!?」
万里君が、環の首をしめる。
「あ、でもおまえ彼女いたっけ?」
「いや、先週別れた」
…彼女いないって言ってたくせに。
「別れた?あ、もしかして、ここ腫らして帰ってきた時?」
「…ああ」
「何、別れ話のもつれで殴られた?」
「全身全霊をこめての、いいパンチだったな」
……何だ。
ちゃんと、そういう話があるんだ。
「じゃ、これ確かに渡したからな」
「返事書きなさいよー、加納君ー」
万里君と沙耶君に茶化されて、環は少しだけ渋い顔。
だけど。
「おまえ…この間ナンパした女の子とはどうなったんだ?」
環が、反撃に出た。
痛いところをつかれたのか、沙耶君はギクッとして。
「そっ、その話は…」
なんて、後すざり。
「女にだらしない男には天罰が下るぞー」
万里君が、沙耶君の頭をグリグリしてる。
「ウヒャーッ!!やめてくれーっ!!」
「あはははは」
…環が、大笑いしてる。
ふうん…あんな破顔で笑うことなんてあるんだ。
わ、万里君タバコ吸ってる。
…そうよね…あたしの前じゃ、素の自分なんて出してくれないよね。
あたしは…一人だ。
「…遊びに行ってみよっかな…」
突然寂しさにかられて、あたしは立ち上がる。
涙が出そうになる前に、楽しくなっちゃえばいいのよ。
「よし」
あたしは気合いを入れて。
万里君達からは見えないように、別宅の横の柵を乗り越えた。
* * *
「彼女一人?」
わー…!!すごい!!
まさに、ナンパの嵐。
このためだけに街にくりだしてるって感じ!!
「ね、カラオケ行かない?」
肩つかまれて驚くと、あたしと同じ歳くらいの男の子。
「カ…カラオケ?」
「そ。他にも女の子いるから行こうよ」
「でも、あたしお金持ってないし」
音痴だし。
「ああ、大丈夫。金持ちがいるから」
そう言って男の子が後ろを振り返る。
黒い車の前に、ちょっとかっこいい男の人。
「俺はヨウ。あの人は大輔さん」
「あ…あたしは、織」
「OK、織ね。行くだろ?」
「うー…ん」
どうしよう。
「パーッと騒ごうぜ」
ヨウの笑顔がさわやかなのと、騒ぎたい気分も手伝って。
「うん。行く」
あたしは、ヨウに手を引かれて車に乗った…。
が。
「う…ん…」
頭が痛い…
ぼんやり目を開けると…何、ここ…
寒くて暗くて…倉庫みたい。
「お、気が付いたみたいだぜ」
「…いた…い…」
手首が痛いと思ったら、両手両足、縛られてる。
「何…これ…」
あたしはボンヤリした頭で考える。
車に乗って…どうしたんだっけ…
「おまえが悪いんだぜ?のこのこついてくるから」
ヨウが笑った。
「ま、おまえぐらいの上玉なら高く売れるさ」
男達がニヤニヤしてる。
「売れる…て…」
「最近はさ、違う国の女を奴隷にするってのが流行ってんだよ」
「…何考えてんの?」
「大丈夫、すぐ慣れるさ。ああ、売る前に俺とヨウで調教でもしとくか」
「ああ、いいね」
「ちょ…やめて」
「おとなしくしてろよ」
大輔が、あたしの顎を持ち上げた。
ああ…あたし、バカだった…
寂しいからって、知らない土地で一人で出掛けるなんて。
そこで優しく声かけられたからって、ついて来ちゃうなんて。
…だけど…
連れさってすぐ、こんな事って…!!
お喋りも、カラオケも、楽しい事何もなしって…!!
…ああ、腹が立つ。
こいつらにもだけど…
何よりも…自分に…!!
「や…っ!!」
あたしは体をよじらせて抵抗する。
「おとなしくしろっつってんだろ!!」
「きゃっ!!」
殴られてしまった。
信じられない!!
女の子を殴るなんて!!
「…こんなことして…ただですむと思わないでよね…」
「明日の朝には、おまえは船の中だからな。何言っても無駄さ」
「あたし、ヤクザの娘なのよ」
「あ?」
二人の動きが止まった。
「ハッタリかましてんじゃねえよ」
「本当よ。に…二階堂組って…」
「二階堂!?」
二人は想像以上に驚いて、あたしは初めて二階堂が本物のヤクザだと実感した。
「マジかよ…やばいよ大輔さん」
「いや、好都合だ。工藤さんに連絡して予定変更を頼め」
「予定変更?」
「二階堂から身代金をとる」
「そりゃいいや」
「ちょ…なっ何考えてんのよ!!やめて!!」
「本当の娘なら、問題ねえだろ?これが嘘だったら、おまえは俺らのおもちゃになったあと、外国行きだ」
「……」
まだ会ったこともない親は…このことを知ったら、なんて思うだろう…
あたしは…
「ぐあっ!!」
突然、大輔が変な声をあげて倒れた。
「誰だ!!」
電話をかけてたヨウが振り向くと…
「環…」
「お嬢さん!!大丈夫ですか!?」
環があたしに走りよって、縄をほどいてくれた。
「ちっくしょお…」
ヨウがナイフを持ち出して、環に切りつけたけど、全然相手にはならなかった。
あたしは、改めて…強い力に守られてたことに気が付く。
それと同時に…それほど危険な世界の人間であることも…
「そこのドアから出てください。外に万里がいます」
「環…どうして、ここが?」
「そんなことはどうでも…お嬢さん…血が…」
環が切れた唇の端をぬぐってくれて、なんだか気恥ずかしくなってしまった。
「仲間が来ます、早く」
「環は?」
「まだちょっと…」
あたしは環に言われた通り、ドアから外に出る。
「お嬢さん!!」
非常階段の下で、万里君が手を振ってる。
「大丈夫ですか?あー…口が…」
「大丈夫。それより…環、どうして出てこないの?まだちょっとって、何?」
あたしがせわしく問いかけると。
「ああ…『おとしまえ』ってやつですよ」
って、万里君は苦笑いした。
「おとしまえ…」
それって…
「ゆっ指を切るの!?」
「まさか、そんなことしません」
「でででも…」
「身元を調べるんです」
「…そして一生脅したり?」
「そんな…え?」
あたしたちは顔を見合わせた。
銃声だ…
「…お嬢さん、中からロックして身を屈めててください」
これ以上迷惑かけられないと思って、あたしは言われた通りにする。
しばらくして戻ってきた万里君は。
「警察が来ます。早く帰りましょう」
頭から血を流す環を抱えてた…。
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