02

「ストラーイク!!」


 耳にツンとくる、ボールがピンを倒した音。


「マジか…また織ちゃんがトップ…」


 森魚が恨めしそうにスコアを睨んだ。


 今日は先生の研修会で二時間授業。

 こうして、森魚と舞と陸とでボーリングに繰り出してる。


 あれから尾行されてる気配はなかったし。

 久しぶりの解放感。



「陸、負けたらあんたが今日の炊事当番ね」


「きったねー!!自分が勝つのが分かってから言うかー!?」


「えー?まだいけるんじゃない?」


「ターキー出しても無理だし」


「そーお?」


「くっそー…中間テストも学年トップの座を織に奪われたし、俺、天中殺かも…」


「ボーリングやテストぐらいで、何言ってんの」


 あたしがスコアを見ながらつぶやくと。


「…聞いた?森魚…」


「聞いた。ボーリングはともかく、『テストぐらい』って…一度でいいから言ってみてー…」


 舞と森魚が溜息をついた。


 今回の中間前、尾行のせいで出掛ける事を控えた。

 おかげでする事がなくて暇だったから、ギターの練習をしてる陸を尻目に勉強をしたら…思いがけず、全教科満点取れてしまった。

 元々は、あたしだって頭がいい。

 双子とは言え、姉だという所を陸に分からせないと。なーんて。



「あ、そう言えば」


 一ゲームを終えて、家から持って来たというポッキーを鞄から出しながら、舞が何かを思い出したように言った。


「昨日、織ちゃんのこと聞かれたよ」


「は?誰に」


「カッコいい男の人達」


「……」


 陸と顔を見合わせる。

 まさか…


「それって……三人組?」


「うん」


「……」


「たぶんねー、芸能関係の人じゃないかな」


 舞は、はしゃいだ声。


「げ…芸能?」


「二人ともモデルみたいだもん。髪の毛だって自然な茶色でかっこいいし」


 それは、クォーターのせいだ。

 美形とささやかれるのも、モデルをしていたという噂の母親のおかげだろう。

 実際、あたしも陸も、学校帰りにスカウトされた事が何度かある。

 それは、『タウン誌のモデルやらない?』から、有名なファッション雑誌のモデルまで様々。

 ぜっ…………たい、受けないけど。



「俺が思うに、あれは…ヤ…だな」


 森魚が、腕組をして言った。


「ヤ?」


「見るからにガラが悪そうだった」


「え?あたしに聞いて来たのは、カッコいい三人組だったよ?」


「はあ?アレのどこが。黒スーツの三人組だろ?」


「うん」


「あんな格好、葬儀屋かヤクザしかいねーって」


 森魚の言葉に、あたしと陸はサーッと血の気が引いた気がした。

 ヤ…


「織、おまえ何かしたのかよ」


 陸が眉間にしわを寄せてあたしに言う。

 …ちょっとちょっと。


「それ言うなら陸でしょ」


「俺?俺は最近は真面目だし」


「…この前、シャツに血つけて帰って来たの、忘れたとは言わせないわよ」


「あ」


 あたしにそう言われて思い出したのか、陸はさらに顔を青くした。


「最近落ち着いてるって思ってたのに…まさか…」


 あたしは頭を抱える。


「こ、こうなったらヤクザでも何でも来い!!」


 陸が握り拳を作って力んだその時。


「二階堂織さん、陸君ですね」


 後ろから、名前を呼ばれた。

 ゆっくり振り返ると…もしかして、例の三人組…?


「一緒に、来ていただけますか?」


「……」


 森魚が言った『ガラが悪い』は微塵もなく。

 舞の言った『カッコいい三人組』が正解だった。

 …けど。


「さあ」


 有無を言わせない圧があって。

 それは…あたし達に『逃げる』選択をさせないほどだった…。



 * * *



「おかえりなさいまし!!」


「……」


 スーツをビシッと着た男の人達が一斉に並んだ光景に、あたしと陸は絶句するしかなかった。


 今日、あれから…山崎やまざき加納かのうひがしっていう三人の男の人達が、あたしと陸に言った。


「私たちは、お二人のご両親の元で働かせて頂いてる者です」


 その言葉に耳を疑った。


「…あたし達、親はいないけど」


「そういう事になっていました」


「そういう事って…」


「お嬢さん」


「おじょ…」


 お嬢さんって、あたし?

 陸と顔を見合わせる。


「とにかく、一緒に来て下さい」


「……」


 そうして、あれよあれよと言う間に車に乗せられて…飛行機に乗せられて…また車に…

 今朝、あたしは学校に行ってたのに。

 全部が嘘みたい。



「織…」


「ん?」


「……」


 陸が無言で前方を指さす。

 その指先を目で追うと…


「…二階堂組…」


 大きな、看板。

 陸と顔見合わせて小さくつぶやく。


「まさか…ヤクザ?」


 お嬢さん……って…

 だまされたーっ!!



「こちらです」


 山崎さんに連れられて、大きな玄関から和風のながーい廊下を歩く。

 …すごー…い。

 敷地の広いこと広いこと…

 外はぐるりと高い塀で囲まれてるし…

 何だろ、ここ。


「こちらでお待ち下さい」


 通された部屋は、ざっと五十畳はあろうかと思うような大広間。

 その上座にあたし達は座らされた。

 身動きが取れなくて、そのまま待ってると…


「うっ…」


 ぞろぞろと黒服が入ってきた!!

 そして、口ひげはやしたおじさんが。


「はじめまして、甲斐正義と申します」


 って、あたし達の前に正座して三つ指をたてた。


「甲斐正義!?」


 あたしと陸は同時に叫んだ。

 だって…


「うちの名義の人!?」


「は、御記憶くださり光栄です」


 甲斐さんは、くるりと向きを変えて。


「こちらが、二階堂 陸どの。そして、こちらが織どの。これからの二階堂に不可欠なお二人だ!!」


 一斉に、うぉーって歓声と拍手。

 …って、ちょっとちょっと…


「お二人とも、ご挨拶をお願いします」


「挨拶って言われても…」


 陸、むっとした顔。

 そりゃそうだ。

 何の説明もないまま、いきなりそんな事言われても。


「お二人とも、ここには欠かす事のできない人なのです。ですから、一言…」


「断る」


 あたしは立ち上がった。


「お…おい、織」


「今日よ?今日まで親は死んだものだと思ってたのによ?なのに突然親は生きてます?全然知らない所へ連れてこられて、そのうえ欠かす事ができない人間って言われても、何が何だか全然分かんない」


「織」


「あたしは今までの生活に不満はなかった。それでもここに来たのは、ただ連れて来られたからだけじゃない。何か自分について知る事ができるかもって思ったから。だけど何の説明もないわけ?」


「お嬢さん、それはまたあとでゆっくり…」


 山崎さんが横から声をかけたけど。


「あたしは、こんな状態じゃ親には会わない」


 きっぱり言ってのけた。

 会えるわけないじゃない。

 こんな…

 二階堂組って何よ――!!


 しばらく沈黙が続いて。


「そうですね。織の言う通りです」


 ふいに、廊下から声が聞こえた。


「あっ…姐さん…」


 一斉に部屋中がざわめいて、みんな廊下に頭を下げる。

 あたしの位置からは、障子で見えない。



「織、あなたの言う通り。無理にあなた達をここに呼んでしまって…ごめんなさい」


 これが…母親の声…?


「あなたがうちの事を把握して、私達を受け入れる気持ちになるまで、私達はあなたに会わないわ」


「じゃ、帰っていいのね?」


「それは駄目よ」


「どうして…」


「さっき甲斐が言った通り、あなたと陸はうちに必要な人材なの」


「……」


「そういうことで…じゃ、私は帰ります」


「お疲れさまでした!!」


 母親と名乗る人が帰って行って。


「…帰るって…?」


 あたしは甲斐さんに問いかける。


「姐さんは、ここから車で10分ほどの場所にお住まいです」


「ふうん…」


 こんな大きな屋敷があるのに。

 金持ちって、無駄遣いするんだな…

 金持ち…って……ヤクザって金持ちなのかな。

 …クスリとか…



「…きれいな声だった…」


 ふいに、陸がうつろな声で言った。


「…何よ、会いたかった?」


「…分かんね。分かんねーけど…あれが俺を生んだ人の声かと思ったら…」


「……」


「甲斐さん、俺、母さんに会いたいです」


「陸!!」


「うるさい。おまえはいつまでも拗ねてろ」


「ひ…」


 ひっどー!!


「もういい!!あたし寝る!!」


 頭に来た!!


「あ、お嬢さん!!」


 廊下をずんずん歩くけど…


「部屋はどこよ!?」


 広すぎて、どこへ行っていいやら。


「こちらです」


 何歳ぐらいだろ。

 優しそうなお兄さん。

 笑顔であたしを誘導してくれた。



「へぇ…こっちは洋風なんだ…」


「こちら、今年お二人のために新築いたしました」


「…あたし達のために?」


「はい」


「あたし達二人のために、こんな二階建て?」


「はい…お気に召しませんか?」


 そのお兄さん、眉間にしわ。

 あたしも、眉間にしわ。

 普通の感覚じゃあないーっ!!

 どこのどいつが、会ったこともない子供のために、二階建てをポーンと建てるかっ!!



「お兄さんは家から通ってくるの?」


「いいえ?先程集まった和館の向こうに別宅がありまして、若い衆の寮みたいになってます。甲斐さんは、大きなお屋敷をお持ちですけど」


「えーと…敬語やめてくれない?」


「そうはいきません」


「……」


「ここがお嬢さんのお部屋です」


 お兄さんが開けてくれたドアの向こうは、明るくて広い洋間。

 新しそうなベッドや家具が揃えてある。

 …もったいないぐらい綺麗だよ…


「私は高津万里たかつまりです。よろしくお願いします」


「…まり?」


「はい。女性のような名前ですが、れっきとした健康男子です」


 ニッコリ。


「では、失礼致します」


 そう言って、お兄さんはドアを閉めた。



「…はー…」


 とりあえず、ベッドに横になる。


 突然、夢のように。

 いろんな事がありすぎた。


 ――親が生きてる。

 本当は、嬉しいんだと思う。

 でも…


「あー…ねむ…」


 面倒臭い。

 今日はもう寝よう。


 …ぐー…

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