20

「母さん、ちょっと出かけてきます」


 秋、落葉が舞う季節。

 あたしは、ショールを手に、玄関から声を掛けた。


「どこへ?」


「先輩のお家へ」


「…学生みたいだね。先輩、なんて。朝霧さん?」


 母さんは、首をすくめた。


「ええ。帰りに政則さんの会社に寄って一緒に帰ります」


「はいはい。遊んでらっしゃい」


「行ってきます」


「いってらっしゃい」


 母さんに見送られながら、元気よく玄関を出る。



 あのセレモニーから、あたしは…先輩のお家によくお邪魔する。

 先輩も、ずっと…あの頃を封印したままだったらしく。

 最近は、そのうっぷんを晴らすべく、あたしたちは連絡を取り合っている。


 母さんも…ずっとあたしに対して抱えていた贖罪の念が消え去ったのか。

 あたしがこうして遊びに出かける時は、とびきりの笑顔を見せてくれる。


 肩の荷が下りた…と言えば…。


 晋ちゃんは、先月ものすごく若いアメリカ人女性と結婚して、周りを驚かせた。


 政則さんは、突然のようにオルガンを買って。

『実は、昔少しだけ習ってたんだ』って…教えてくれる。

 でも、所詮…昔の話。

 結局は、二人とも素人同然。

 宝智と母さんは、騒音に悩まされる毎日。



「こんにちは」


 朝霧邸にたどりついて、大きな声で言うと。

 二階のバルコニーから、先輩が顔をのぞかせた。


「あ、涼ちゃん。あがってー」


 玄関を入ると。


「いらっしゃい」


 丹野さんの娘さん…瑠歌ちゃん。


「こんにちは」


 あまりにも丹野さんにそっくりで、切なくなる反面愛しくてたまらない。

 偶然というか、宇野さんの企み通りというか。

 丹野さんの娘さんが、先輩の息子さんと結婚することになった。


「今ね、二人でケーキ焼いたの」


 先輩が、瑠歌ちゃんと顔を見合わせて笑う。


「あ、いいなあ。あたしも世貴子ちゃんとそういうことしたいんだけど、忙しそうだから」


「でも、一緒にお茶点てたりしてるんでしょ?」


「ええ。分からないなりに一生懸命でかわいいのよ」



 先輩が運んで来たケーキを、瑠歌ちゃんが切り分ける。

 手に着いた、とそれをペロリと舐めて笑顔になった。


 穏やかな日差しの中で。

 あたしは、長い夢をみていた気分だと思った。

 それから覚めても…あたしはずっと幸せだった、と気付くだけ。



「先輩」


「ん?」


「あたし、今オルガンの練習してるの」


「オルガン?」


 先輩が、笑う。


「ええ」


「何の曲?」


 あたしはとびきりの笑顔で、先輩に答えた。


「もちろん、ネコふんじゃった」





 5th 完

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いつか出逢ったあなた 5th ヒカリ @gogohikari

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