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「政則さん、宝智ともちかの着物を取りに行ってもらえる?」


「ああ、会社の帰りによるよ」


「お願いね」


「行って来ます」


「行ってらっしゃい」


 門前で政則さんを見送る。

 毎日の光景。


 お見合いをした年に政則さんと結婚して、もう五年が経つ。

 二年前には次男を出産した。

 長男の千寿は八歳。

 小学校二年生。



「誕生日には、かっこいい着物が着られるわよ」


 宝智をあやしながら、つぶやく。

 …穏やかな、幸せ。



 午前中は母さんとお茶を点てて、午後から数人のお弟子さんの稽古。

 政則さんと結婚した事で、親戚からの風当たりも弱くなった。

 出来れば…まだ若い母さんにも、誰かいい人がいれば…と思ってみるものの。

 思いの外、宝智の子守を楽しんでくれているようで…幸せそうな姿を目の当たりにすると、胸の内に留めるしかない。


 千寿の時もそうだったけれど…

 子供に接している時の母さんは、とても穏やかだ。

 あたしは厳しく育てられた記憶しかなかったが、そうするしかなかった状況だったとも言える。

 今は…色んな事から解き放たれて、肩の荷が少しでも降りているのかもしれない。



「ただいま」


 夕方になり、千寿が帰ってきた。


「あ、おかえり。学校どうだった?」


「…別に。普通」


「もう…何か楽しかった事とかないの?教えてよ」


 千寿の背中に手を当てて問いかけてみるも…


「…別に…普通だってば」


 いつも通り、そっけない返事が返って来た。


 千寿は人見知りが激しくて、人付き合いが下手。

 仲のいい友達も…いない。

 授業が終わるとすぐに帰宅して、部屋に閉じ込もっている。


 いじめを受けているわけでもなく、勉強に追い付けないわけでもない。

 それでも必要以上の会話は避けるようで…担任の先生も色々気にして連絡をくださるのだけど、今のところ千寿が変わる様子はない。


 政則さんは、趣味でも出来れば変わるよ。と…

 そうなのかな…



「しぇみ」


 宝智がセミを指さす。


「そうね。にぎやかね」


 洗濯物をたたみながら、セミの声を聞いてると。


「ちょっと出て来る」


 千寿がそう言って玄関を出て行った。


「……」


 最近、よく出かけてる。

 友達でもできたのかしら。



「ヤエさん、ちょっと出かけてきていいかしら」


 賄いのヤエさんに宝智をあずけて、あたしは千寿の跡をつける。

 公園で野球…なんて感じでもなかった。

 でも、そうだったら嬉しいのだけど…


 そんな事を考えながら、しばらく後をつけてると…


「…郵便局?」


 千寿は、郵便局に入って行った。

 そして、窓口で手紙を出してる。

 …文通?

 それにしては、あの子宛に郵便物なんて届かないけど…


「……」


 あたしは首を傾げながら、千寿より先に家に帰る。

 そして…



「…こんなこと、親として失格よね…」


 小さくつぶやきながら、千寿の引出しを…


「…これ…」


 机の引出しの中には、たくさんの手紙。


「どうして?うちに届いた事なんて…」


 手紙を一通手にして見ると…エアメイル。

 ドクン。

 心臓が…大きく打った。


「…どうして?」


 信じられない。

 エアメイルの差出人は…



 手紙を元に戻して、あたしは部屋を出る。

 胸が、信じられないほどドキドキしてる。

 こんなことって…

 どうして?



「ただいま」


 千寿が、帰ってきた。


「…おかえり…」


 あたしは、何食わぬ顔で…千寿を迎える。


 …あの人と文通してるの?

 そう…問いかけたいけど…



 * * *



「千寿?千寿がどうしたんですか」


 あたしは、悩んだあげく…母さんに相談することにした。


「…郵便局に行ってた」


「郵便局に行った事に、何か問題が?」


「それが…ね」


「何です」


「私書箱を使って…文通してるらしいの」


「私書箱?」


 引き出しで見つけた手紙は…宛先が私書箱だった。

 だから、何の手紙なのか…と思ったけれど…

 差出人を見て…



「いったい…誰と」


「それが…」


「誰です」


「彼なの…」


「……」


 母さんは、名前は言わなくても分かったようで。


「ま…まさか、誰が千寿に?」


 少しだけ前のめりになって、あたしに問いかけた。


「誰がいったい…」


「わからない…それに、たった一通のために私書箱なんて使えないはずよ」


「…政則さんじゃ?会社用の宛先の物を?」


「気にはしてるけど、そんなことしないと思う…」


「……」


 ひぐらしの声が、夕焼けに響く。



「千寿が問いかけてくるまで、何も言わずにいた方がいいかな…」


 小さくつぶやくと。


「…そうね」


 母さんは、あたしの手を取って言った。


「不思議なものね…私達の知らないところで、お互い顔も見たことのない…存在も知らないはずの二人が文通だなんて…」


 その言葉に、あたしは少しだけ涙ぐんでしまって。

 母さんは、優しくあたしの頭をなでると。


「見守っていましょう」


 小さく…そう言ったのよ…。


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