11
「政則さん、
「ああ、会社の帰りによるよ」
「お願いね」
「行って来ます」
「行ってらっしゃい」
門前で政則さんを見送る。
毎日の光景。
お見合いをした年に政則さんと結婚して、もう五年が経つ。
二年前には次男を出産した。
長男の千寿は八歳。
小学校二年生。
「誕生日には、かっこいい着物が着られるわよ」
宝智をあやしながら、つぶやく。
…穏やかな、幸せ。
午前中は母さんとお茶を点てて、午後から数人のお弟子さんの稽古。
政則さんと結婚した事で、親戚からの風当たりも弱くなった。
出来れば…まだ若い母さんにも、誰かいい人がいれば…と思ってみるものの。
思いの外、宝智の子守を楽しんでくれているようで…幸せそうな姿を目の当たりにすると、胸の内に留めるしかない。
千寿の時もそうだったけれど…
子供に接している時の母さんは、とても穏やかだ。
あたしは厳しく育てられた記憶しかなかったが、そうするしかなかった状況だったとも言える。
今は…色んな事から解き放たれて、肩の荷が少しでも降りているのかもしれない。
「ただいま」
夕方になり、千寿が帰ってきた。
「あ、おかえり。学校どうだった?」
「…別に。普通」
「もう…何か楽しかった事とかないの?教えてよ」
千寿の背中に手を当てて問いかけてみるも…
「…別に…普通だってば」
いつも通り、そっけない返事が返って来た。
千寿は人見知りが激しくて、人付き合いが下手。
仲のいい友達も…いない。
授業が終わるとすぐに帰宅して、部屋に閉じ込もっている。
いじめを受けているわけでもなく、勉強に追い付けないわけでもない。
それでも必要以上の会話は避けるようで…担任の先生も色々気にして連絡をくださるのだけど、今のところ千寿が変わる様子はない。
政則さんは、趣味でも出来れば変わるよ。と…
そうなのかな…
「しぇみ」
宝智がセミを指さす。
「そうね。にぎやかね」
洗濯物をたたみながら、セミの声を聞いてると。
「ちょっと出て来る」
千寿がそう言って玄関を出て行った。
「……」
最近、よく出かけてる。
友達でもできたのかしら。
「ヤエさん、ちょっと出かけてきていいかしら」
賄いのヤエさんに宝智をあずけて、あたしは千寿の跡をつける。
公園で野球…なんて感じでもなかった。
でも、そうだったら嬉しいのだけど…
そんな事を考えながら、しばらく後をつけてると…
「…郵便局?」
千寿は、郵便局に入って行った。
そして、窓口で手紙を出してる。
…文通?
それにしては、あの子宛に郵便物なんて届かないけど…
「……」
あたしは首を傾げながら、千寿より先に家に帰る。
そして…
「…こんなこと、親として失格よね…」
小さくつぶやきながら、千寿の引出しを…
「…これ…」
机の引出しの中には、たくさんの手紙。
「どうして?うちに届いた事なんて…」
手紙を一通手にして見ると…エアメイル。
ドクン。
心臓が…大きく打った。
「…どうして?」
信じられない。
エアメイルの差出人は…
手紙を元に戻して、あたしは部屋を出る。
胸が、信じられないほどドキドキしてる。
こんなことって…
どうして?
「ただいま」
千寿が、帰ってきた。
「…おかえり…」
あたしは、何食わぬ顔で…千寿を迎える。
…あの人と文通してるの?
そう…問いかけたいけど…
* * *
「千寿?千寿がどうしたんですか」
あたしは、悩んだあげく…母さんに相談することにした。
「…郵便局に行ってた」
「郵便局に行った事に、何か問題が?」
「それが…ね」
「何です」
「私書箱を使って…文通してるらしいの」
「私書箱?」
引き出しで見つけた手紙は…宛先が私書箱だった。
だから、何の手紙なのか…と思ったけれど…
差出人を見て…
「いったい…誰と」
「それが…」
「誰です」
「彼なの…」
「……」
母さんは、名前は言わなくても分かったようで。
「ま…まさか、誰が千寿に?」
少しだけ前のめりになって、あたしに問いかけた。
「誰がいったい…」
「わからない…それに、たった一通のために私書箱なんて使えないはずよ」
「…政則さんじゃ?会社用の宛先の物を?」
「気にはしてるけど、そんなことしないと思う…」
「……」
ひぐらしの声が、夕焼けに響く。
「千寿が問いかけてくるまで、何も言わずにいた方がいいかな…」
小さくつぶやくと。
「…そうね」
母さんは、あたしの手を取って言った。
「不思議なものね…私達の知らないところで、お互い顔も見たことのない…存在も知らないはずの二人が文通だなんて…」
その言葉に、あたしは少しだけ涙ぐんでしまって。
母さんは、優しくあたしの頭をなでると。
「見守っていましょう」
小さく…そう言ったのよ…。
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