12
「出かけてきます。」
ヤエさんに家の事を任せて、陶器の展示会に向かう。
若い生徒さんも増えた事だし、気に入る花器があればいくつか買って帰りたい。
日傘をさしてても、暑い。
着物には慣れているけれど、こんな日には…やっぱりラフな洋服で出掛けたい。
思う存分に手足を出していた若い頃を思い出し、小さく笑う。
隣にいた誰かを並べないまま、若かった自分だけを切り取って。
「これこれー。今このバンドがいいのよ。」
ふと、本屋さんの前で立ち読みしている女の子達の声が耳に入った。
…音楽雑誌…か。
「……」
何、と言うわけではないが…本屋に入った。
あの人の今を知りたいと言うより…高校時代が懐かしくなった。
毎日音楽に触れていた二年間。
あの人達が卒業してからは…月に数回になったけれど、あたしの人生に音楽が関わるなんて…思いもしなかった。
ゆっくりとした足取りで探した音楽コーナーに辿り着き、並べてある音楽雑誌の中から一冊を取り上げた。
見た事のある音楽雑誌だったからだ。
ギターを持った長髪の外国人が表紙を飾っている。
知り合いでもないのに、少しその人を眺めた後…パラパラとページを捲った。
―Deep Red凱旋帰国―
懐かしいバンドの名前が目についた。
Deep Red…それは、るー先輩こと
バンドが帰国って事は…先輩も帰ってらっしゃるんだ…
…懐かしいな…
あれから、何度か…先輩は、手紙や電話をくれた。
でも、あたしはそれに答えることができなかった。
あの人を裏切ってしまったあたしは…
もう、あの頃のようにみんなと笑ったりできない。
そんな資格…ない。
「………え…?」
パラパラ捲っていたページ。
ふと、手が止まる。
「…丹野…さん?」
ページの一角に、丹野さんの記事。
「悲劇のボーカリスト…」
丹野さんが?
なぜ?
あたしは、震える足で本を置くと、ふらふらと本屋を出た。
―悲劇のボーカリスト
脳裏に、記事の見出しがよみがえる。
―Deep Redに続く日本生まれのロックバンド、FACE。アメリカでの活動が軌道にのったばかりのFACEのボーカリスト丹野 廉が、昨年銃撃戦に巻き込まれて死亡したのは記憶に新しい。そのためバンドは解散、ベースの
暑い…
目まいが…する。
………晋ちゃん。
「し…」
目の前が真っ暗になって、あたしはその場にくずれる。
「大丈夫ですか!?」
誰かが体を支えてくれたけど。
あたしは、返事もできなくて…そのまま、目を閉じていた…。
* * *
「大丈夫か?」
目を開けると、政則さんが心配そうな顔でのぞきこんでいた。
「…政則さん…」
辺りを見渡すと…自宅の寝室にいた。
「暑かったからな。何もこんな日に着物着なくても」
「……」
「うなされてたけど、何か悪い夢でも?」
「……」
「涼?」
悪い夢…悪い夢ならいいのに。
何もかもが、あたしのせいのような気がする。
あたしがついて行かなかったから。
全ての歯車が狂った。
あたしのせいで…
「涼」
ふいに、政則さんに手を握られて我に返る。
「……」
「何があったか知らないけど…しっかりしなさい」
「政則さん…」
「子供たちが、心配するだろう?」
政則さんは、あたしを抱き起こすと…優しく抱きしめて。
「なんて…一番心配してるのは、私だけどね」
耳元で、言った。
「こんな君を見るのは初めてだから…どうしていいか、わからないんだ」
「……」
「こんな私は、頼りない?」
政則さんの胸に顔を埋めて。
あたしは…考える。
こんなに、あたしを想ってくれてる人を不安にさせてはいけない…
「…ごめんなさい…」
小さく、つぶやく。
「?」
「大丈夫。最近…ちょっと忙しくて疲れてたの」
「…本当に?」
「ええ」
「……」
「心配かけて、ごめんなさい。もう少し横になってたら治るから…」
政則さんから離れて、横になる。
「…おやすみ」
頬に、キス。
…優しい人。
あたしは政則さんに愛されているし…あたしも、政則さんを…愛している。
だけど、きっと足りない。
もっと…って。
わかってる…わかってるけど…。
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