07

「全然?」


「うん」


 晋ちゃんの家に着物を取りに行って。

 母さんが全く何も言わないことを言うと、晋ちゃんは眉間にしわを寄せた。

 それに…

 あんな事があったんだから、外出禁止になるんじゃ…って思ってたけど。

 それもない。


 それどころか…

 母さんは、今まで以上に…何も言わない。

 それが…


「返って怖いな」


「そうなの」


 まーちゃんが結婚して。

 昼間は誰もいないおうち。

 本当は、そういうのって非常識なんだろうなー…なんて思いながら。

 あたしは、何度も晋ちゃんの家に来ている。

 ご両親にも…会った事はない。



「アメリカ…もうすぐだね」


「ああ」


 その一言で、気まずくなってしまった。

 晋ちゃんは来いって言わないし…あたしも、行くって言わないし…

 だけど、思ってることは一緒。

 …離れたくない。



「晋ちゃん」


「あ?」


「あたし、晋ちゃんのこと、大好きよ」


「なんや、急に」


 晋ちゃんは、首をすくめて笑う。


「だから…辛くったって、平気」


「……」


 あたしの言葉を、晋ちゃんがどうとったかはわからない。

 だけど…

 今のあたしの口からは、これぐらいしか言えない。


 あたしみたいに面倒な家柄の娘…

 大きな夢を持ってる晋ちゃんには、負担でしかないんじゃないだろうか。

 今までは…好きな気持ちを重要視して。

 お互いの立場とか…先の事とか…考えないようにしてた。


 それって…

 あたし、晋ちゃんに先の事…切り出されるのが怖かったんだよね…?

 もしかしたら、晋ちゃんは…あたしの事、今が楽しければいいって思ってるんじゃないか…って。



 だけど、丹野さんに言われて気付いた。

 あたしの事、今が楽しければいいって気持ちなら…

 晋ちゃん、とっくに押し倒してるはず。

 今までも、そんな雰囲気にならなかったわけじゃない。

 だけどあたしが拒否すると…苦笑いしたり、ふざけてあたしの罪悪感を軽くしてくれてた。

 …大事に…してくれてたんだよね?



「…涼」


「ん?」


 呼ばれて顔を上げると、唇が来た。

 …だけど…それだけじゃなかった。


「あ…」


 ベッドに、押し倒される。


「し…」


「大丈夫やから」


 なんとなく受け入れる気持ちにはなってたから抵抗はしないけど…

 でも、やっぱり…


「…怖い…」


「俺が?」


「……」


「怖うないから」


 晋ちゃんの声を耳元で感じながら。

 あたしは目を伏せた。



 * * *



「…不思議だね」


「んあ?」


 あたしは、晋ちゃんの腕枕を心地よく感じながらつぶやく。


「こうなるまでは、恋人って思ってたけど…」


「…友達みたいやったやん」


「…キスしてたのに?」


「キスして腕に抱き着いてくんのに、次に行こうとしたら拒否られて…」


「う…」


 そう言えば…丹野さん、言ってた。

 あたしのそれは…生殺しだ、って。

 ああ…反省…!!



「晋ちゃん…友達だと思ってたの?」


「そう思われとんちゃうかって錯覚はしかけたな」


「…ごめん」


 晋ちゃんは腕枕を外して、体を動かしてあたしに密着すると。


「で?こうなってみて?」


 耳元で言った。


「…恋人より、もっと近くなった感じ…?」


「……」


「…オーバーかな」


 あたしが小さく笑うと。


「なるんやろ?家族に」


 晋ちゃんは、あたしを強く抱きしめた。



 …あたし…もう、この人から離れられない。

 誰に何を言われても…



「…母さん説得しなきゃ…」


「俺、話しに行くし」


「い、いいよ。あたしがちゃんと話すから」


「でも、嫁にもらうのと同じことやから」


「……」


「念願、かなったり、やろ?」


 ふいに、高校の部室を思い出す。


『着物着なくていいように、早くお嫁にもらってよね』


 そう、言っちゃったことがあったな…



 夢が現実になる。

 あたしは、近付いて来たであろう幸せに。

 少しばかり…浮かれていた。

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