05
「美しい絞りですね」
早乙女婿候補の一人が、あたしの着物を見て言った。
「…ありがとうございます」
庭をゆっくり歩きながら、あたしは婿候補六人を品定めさせられている。
全然…誰の事も目に入らない。
入るわけがない。
今日は、晋ちゃんのライヴ。
…行きたかったな。
日本で最後になるかも。
あれから、晋ちゃんは何も告白してくれなかった。
あたしも、丹野さんに聞いた事は言わなかった。
でも、丹野さんは…あたしにアメリカの事を話した。って、きっと晋ちゃんに言ってるはず。
…ついて来い、とも…来るな、とも…言ってくれない。
「何ですか‼︎ちょっ…こっ困ります‼︎」
ふいに表門の方角から大きな声が聞こえて、全員がそちらに目を向けると…
「…晋ちゃん…」
晋ちゃんが、ズカズカと歩いて来た。
な…何?
なんでここに?
夢?
何度も瞬きをして、目を擦ってみる。
でもそれは…正真正銘、あたしの知ってる晋ちゃん。
「涼」
「ど…どうして?今日、ライヴじゃ…」
あたしが晋ちゃんにかけよろうとすると。
「お待ちなさい」
母さんが、厳しい声で言った。
「ここをどこだと思ってるんですか。警察を呼びますよ」
「母さん‼︎」
だけど、晋ちゃんは物おじせず。
「浅井晋といいます」
あたしを通り過ぎて、母さんの前に立って…深くお辞儀をした。
「涼さんとは高校の頃からずっとつきおうてます。俺は、ギターを弾いてて、お茶の事はさっぱりわかりませんが、涼さんの事だけはようわかってるつもりです」
「晋ちゃん…」
母さんは厳しい顔で晋ちゃんを見据えて。
婿候補達は、驚いた顔で晋ちゃんと母さんを眺めてる。
「俺は、もうすぐアメリカに行きます」
「それが何か?」
「今日は、日本で最後のライヴなんで、涼さんを迎えに来ました」
「…何を言ってるんですか。涼、家にお入りなさい」
「……」
「涼!!」
あたしは、晋ちゃんに駆け寄る。
そして…
「ごめんなさい、母さん」
晋ちゃんの手を取って走り出す。
「涼!!」
母さんの叫び声はしばらく聞こえたけど。
あたしは、振り向かずに晋ちゃんと走り始めた。
「追って!!誰か!!」
母さんの叫び声が続く。
…母さんのあんな声…初めて…
胸に痛みがないわけじゃない。
だけど…だけど…!!
晋ちゃんは門前に待たせてたタクシーに乗り込むと、まずは家に。
そして、妹のまーちゃんの服を着替えとして出してくれた。
「晋ちゃん、時間…」
「ええから、はよ着替え」
「…うん」
あたしは急いで着物を脱いで着替える。
結い上げてた髪の毛もほどいて…無造作に束ねた。
「…お待たせ」
部屋の外で待ってた晋ちゃんを見上げると。
「…行こか」
晋ちゃんは優しい目をして…あたしを見た。
* * *
手を繋いで、ダリアに走った。
「…涼」
「え…?」
「アメリカに行く事…黙ってて悪かった」
「……」
あたしはそれには答える事なく、ただ…握った手にギュッと力をこめた。
晋ちゃんが何も言えなかった気持ち…分かる。
だから…
謝らないで欲しい。
「はっ…は…っ…」
ダリアのそばに辿り着いた頃には、外にお客さんの列が出来ていた。
「…が…頑張って…」
あたしが手を離して言うと。
「このまんま、一緒に控室行くで?」
晋ちゃんはもう一度、あたしに手を伸ばした。
だけど…日本で最後のライヴ。
お客さんの声を聞いていたいと思った。
「ううん。ちゃんと並んで入る…って、あたしチケット持ってない」
丸い目をして笑いながら言うと。
「…ん」
晋ちゃんが、ポケットからバックステージパスを取り出した。
「これで入って、開演までに控室来い。みんなにも…話したいし」
「……え?」
「おまえを茶会からさらって来た事」
「……」
それは…なんて言うか…
晋ちゃんの決意のような気がして。
あたしは嬉しさのあまり言葉が出なくて。
無言で何度も頷いた。
すると…
「…あとで」
晋ちゃんがあたしの肩を抱き寄せて…耳元にキスをした。
走って心臓がバクバクしてたけど…
それでもっと…心臓がうるさくなった。
晋ちゃんがダリアの裏口に向かうのを見届けて、あたしもお客さんの列に並ぶ。
「FACEのワンマン、もっと先かと思ってたからビックリ」
「でも前回のライヴから少し間が空いたから、こんなに早く観れるなんて嬉しいわ」
あたしの前に並んでる女の人達が、楽しそうに会話してるのを聞いて嬉しくなったけど。
FACE、渡米の事…まだお客さんには言ってないんだな…って。
「涼ちゃん?」
呼ばれて振り向くと、宇野さんと瀬崎さんがいた。
「あ、お久しぶりです」
「並んでんの?」
「はい」
二人を顔を見合わせて。
「じゃ、俺らも並ぶかな」
って、あたしの後ろに続いた。
ここは宇野さんのお兄さんのお店で。
宇野さんも大学に通いながら、お手伝いをされてる。
宇野さん、顔パスなはずなのに…
もしかしたら、あたしと同じ気持ちなのかなって思うと嬉しくて、あたしは宇野さんと瀬崎さんと一緒に、他のお客さんの声を聞きながら開場を待った。
それから数分して開場の時間が。
あたし達三人はパスを見せて会場に入ると控室に向かった。
「よっ。緊張してっか?」
宇野さんがそう言ってドアを開けると。
「おー、来た…か…」
丹野さんが、宇野さんと瀬崎さんにそう言ってハイタッチをしかけて…
二人の後ろにいたあたしを見付けて…目を丸くした。
そして、晋ちゃんとあたしを…何度も見比べて。
「…えーと」
言葉を濁した。
ギターを手にしてた晋ちゃんは、それをスタンドに立てかけて…あたしの隣に並ぶと。
「みんな、ちょっとええか?」
控室を見渡して言った。
「どうした?」
「なんだなんだ?」
鏡を見てた八木さんと臼井さんが、体の向きを変えてあたし達を見る。
「…涼を、さらって来た」
「……」
「……」
「……」
みんなは…目を見開いて口を開けて…無言。
「…今日、大事な茶会やったけど…どうしてもライヴ観て欲しゅうて…さらって来た」
「…えーと…て事は…」
丹野さんは額に手を当てて。
「俺ら、早乙女家を敵に回した…と」
低い声で言った。
「…悪い。もしかしたら、途中で警察が入り込んで来るとか、家の使いのもんが乗り込んで来るとか…あるかもしらん」
「……」
「……」
「……」
「それでも」
晋ちゃんは、無言のみんなを前に。
「それでも、俺は…このライヴ、絶対成功させたいし…」
あたしの肩をギュッと抱き寄せて…
「涼に、見せたいんや」
キッパリと言ってくれた。
…晋ちゃんは…
今まで、こんな風に…みんなの前であたしに対しての気持ち、言ってくれた事がない。
周りに冷やかされて『はいはい』って笑ったり…
あたしに言い寄られて『そうそう』って適当に言ったり…
…だから…
今、この状況は…あたしにとって…
気絶しそうなほど、嬉しい事で…
「警察なんか入らせないから安心しろよ」
そう言ったのは、宇野さん。
「そうそう。もし怪しい奴が乗り込んで来たら、その時は全力で食い止めるから」
八木さんもそう言ってくれて…
「ま、その前に…俺らの最高のパフォーマンスで、何も言えなくしてやればいいだけさ」
丹野さんが、斜に構えて拳を差し出した。
それから…ライヴが始まった。
あたしはそれを、宇野さんと瀬崎さんに挟まれて、客席で観た。
丹野さんのシャウトに熱狂するお客さん達。
だけど…ライヴが始まって30分が過ぎた頃…
『俺達FACEは、アメリカに渡って勝負する事にしたぜ!!』
丹野さんの告白に…
「マジか!!おまえらならイケるぜー!!」
ってお客さんや…
「えーーー!?ここで観れなくなるの!?」
って女性客の悲鳴…
それでも、ライヴは最後まで盛り上がったし…
何より、ステージ上のFACE全員が笑顔で。
晋ちゃんのギターも、いつもに増して最高な気がした。
ここに来れて…良かった。
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