02

 あー…疲れたー…


 今日は朝から晩まで色んなお稽古があって。

 もう…腕も足も…背中も張ってる気がする。

 まだ若いのに…ってみんなに笑われるけど、若くたって疲れるのよ。

 …これがデートだったら、疲れないんだけどね…



 毎年、夏は海に行きたいって思うけど。

 晋ちゃんはバンドで忙しくて、あたしはあたしで…母さんに日焼けを禁止されてる。

 着物が似合わなくなるから。って。

 そんな感じで、今年もさほど夏を満喫する事もなく…八月が過ぎた。


 晋ちゃんと出会うまでは一日が長かったけど、今は一日があっという間。

 もうすぐFACEのライヴがある。

 …お茶会も。



「涼」


 着物の手入れをしていると、母さんがあたしを呼んだ。


「はい?」


「ちょっといらっしゃい」


「?」


 母さんは、あたしを客間に招くと。


「目を通しておきなさい」


 って、テーブルの上にたくさんの厚紙を並べた。


「……」


 それが何か、聞かなくても分かる。

 お見合い写真だ。

 もう、恒例行事みたいなもの。

 仕方ないのよね…あたし、一人っ子だし。


 一人っ子…


 あたしは正座したまま上目遣いに母さんを見て。


「あの…」


 提案してみる事にした。


「何ですか」


「…えーと…」


「早くおっしゃい」


「……」


 うん。

 言ってみよう。


「あたしに期待しても…どうかなって思うの」


「…どういう意味ですか」


「だから…母さん、再婚したら…?」


「……」


 あたしの言葉に、母さんは眉一つ動かす事なく。

 ただ、無言で…そして、ひたすら無言で…

 やたらと…重い空気を作り出した。


 う…こ…これは…



「…ごめんなさい…失言でした…」


 息苦しくて、謝ると。


「本当に」


 母さんは冷たく、そうとだけ言った。


 でも…

 19であたしを産んだ母さんは、まだ40歳。

 若い。


 父さんが死んだのは、あたしが二歳の時。

 当然あたしは何も覚えてない。


 母さんも早乙女の一人娘で、父さんは婿養子だった。

 父さんには兄弟が多かったから、その兄弟たちは次々と母さんに迫って来た…って噂を聞いた事がある。

 …早乙女の名を残したい。って純粋な気持ちなのかどうか…謎だけど。



「まだ、あの男とつきあってるの?」


 積み重ねてあるお見合い相手の中から一つを手にして、母さんは首を傾げた。

 …母さんは、晋ちゃんのことを嫌っている。

 高校時代から、ずっと。



「就職もせず、ふらふらしている男でしょう?もう、いい加減目を覚ましなさい」


「ふらふらだなんて…彼は、大きな夢を持ってるのよ?」


「夢は夢です」


「……」


「私にも、夢はありました。でも、現実はこれです」


 母さんの強い言葉に、あたしは何も言えなくなってしまった。


 母さんは、早くに祖父母が亡くなったせいで、家元としての宿命を若くして背負わなくてはならなかった。

 きっと…あたし以上の苦しみだったと思う。

 父さんとも、半ば政略結婚のようなものだった…って周りの話から推測してる。

 でも、父さんも亡くなって…

 再婚を勧められたものの、女手一つで早乙女を守り、女手一つであたしを育ててくれた。


 …あたしと同じぐらいの歳の時に、母さんは全てを背負ってた。

 だから、あたしに対しても厳しくせざるを得なかった。

 母さんの厳しさに、この家に関係してる人達はあたしに同情するけど。

 あたしは一度も母さんを嫌いだと思ったことはない。


 だけど、晋ちゃんとつきあいはじめてから…初めて早乙女の名前をわずらわしく感じてしまった。



「お茶会の席にお見えになるから、名前も覚えておきなさい」


「えっ…?」


 今度のお茶会って…晋ちゃんたちの、ライヴの日。


「ど…どうして、そんなに急に…」


「それだけ切羽詰まっている話だと思いなさい」


「……」


「あなたはもう、早乙女がどういった立場にあるか分かってもいいはずですよ」


 母さんはそう言うと、あたしに何も言わせる気はなかったのか…さっさと歩いて行ってしまった。



「……」


 あたしは、そっと写真を開く。

 この中から…あたしの結婚相手が決まるの…?

 晋ちゃんじゃない、男の人。

 あたし、晋ちゃんじゃない人と結婚するの…?

 そう思うと、頭の中がヒンヤリしてきて。

 あたしは呆然としたまま、しばらく座り込んでいた…。

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