フォールインラブ?

 サネス・バーバニアンの研究室は噂通り、上手そうな匂いがした。

 サネスの養女が、助手になってから、サネスは研究室に入るときは外に食事に行くのをやめ、研究室で食べるようになったからだ。

 ついでに、サネスが、自分より若い連中に食事を振る舞うこともあるらしく、サネスの研究室は若い連中がよく出入りしている。

 ジニアスは、貴族の出ということもあり、立場的にはサネスの弟子ではあるものの、『食事を振る舞う』という対象ではないせいか、呼ばれたことはなかった。

「いらっしゃいませ」

 サネスに呼びだされて、ノックをしてみれば、扉の向こうにいたのは、監察魔術院の制服を着た女性だった。

 亜麻色の髪、翡翠色の瞳。豊満な胸にくびれた腰。男もののデザインの服装であるのにもかかわらず、女性らしい身体のラインに目を奪われる。

 まだ少女の面影が残りながらも、女の色香をただよわせていた。

「サネス先生に呼ばれてきたのだが」

「ああ、噂のジニアス様ですね」

 くすくすと彼女は笑った。

「サネス様は、今、実験中ですから、少しこちらでお待ちいただけますか?」

 ジニアスは、椅子に腰かけながら、漂う芳香に思わず空腹を覚えた。

「何か、すごくうまそうな匂いがする」

 思わずぽつりと呟くと、女性は嬉しそうに笑った。

「お口に会うかわかりませんが、ラタトゥイユ、味見なさいますか?」

「え? あ、ああ」

 彼女は白い皿にラタトゥイユと小さなパンをのせて差し出した。

 上司に呼びだされてきたのに、モノを食っていいものだろうか、と一瞬迷うが、女性の優しげな笑みと芳香に耐えきれずに、ジニアスは手を伸ばした。

「う、うまい」

 ほんの少し口に入れてやめようと思っていたのに、気が付いたら一皿平らげてしまっていた。

「ジニアス。うちの養娘(むすめ)のコゼットの料理、絶品だろう」

 ニヤニヤとサネスがそう言った。

「お前、ほっとくと飯食うの忘れるだろ? たまには、うちの研究室に来い。食わせてやる」

「……ありがとうございます」


 ジニアス・フェランが、その後、何度もサネスの研究室に通い詰めたのは、言うまでもない。

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