03

「これ、おまえが?」


「うん」


 翌日…土曜日の放課後。


 と言ってもバンド練習の後だから、平日の放課後と変わんない時間。

 でも、初めての出来事にあたしの胸は弾んでいた。

 今日は、晋ちゃんの大好きなアップルパイを焼いて持参。



「すごいやん」


「食べて食べて。あまり甘くないんだよ?」


 晋ちゃんが、あたしの焼いたアップルパイを一口。

 何だか、ウットリしちゃう。

 好きな人に手作りのパイを食べてもらえるなんて。



「うん。美味い」


「でしょ?こういう時のために、晋ちゃんの好みをぜーんぶチェックしてたんだからね」


「なるほど」


 嬉しい事に、晋ちゃんは二つ目に手を出してくれた。



「ね、夏休みどこか行かない?」


 本当は誘って欲しいんだけど、そんなの待ってたら夏休みが終わっちゃいそう。


「どっかって?」


「海とか」


「海嫌い」


「じゃプールは?」


「人多いの面倒やん。それにバイトするから、そんな時間ないかも」


「バイト?」


「ああ」


「…どこで…?」


「八木んちかな」


「……」


 八木んち。

 それは、晋ちゃんのバンドのドラム、八木さんち…

 八木さん、確か…建設会社の御曹司。



「バイトして何買うの?」


「欲しいもんばっかやねん」


「……」


 欲しい物…


「欲しい物って?」


「ギブソンのレスポールとか、マーシャルのアンプとか」


「ギ…ギブ?」


「ギター」


「はあ…なるほど…」


 それじゃ手に負えない。



「美味かった。サンキュ」


「あ、ああ、うん」


「さて。で?」


「え?」


「これからどうすんの」


「あー…あ、じゃあねー…」



 そうだ。

 今は今を楽しもう。



「買い物。買い物行こっ?」


「はあ?どこへ」


「どこって事はないの。表通りとか…ちょっとぶらぶらしようよ」


「ぶらぶらって」


「もー。だから、ウィンドウショッピング」


「……」


「あっ、面倒臭いって顔した」


「…いいえ~…」


「何でも言う事聞くって言ったクセにー」


「…おまえ、ホンマ脅し上手やな…」


「え?何?」


「…なんでもない」



 それからあたしは、晋ちゃんと…表通りに向かった。

 だけどそこには、晋ちゃんの大好きな…


「音楽屋行こうで」


「えーっ…そこ行ったら…入り浸るよね?」


「ちょろっと。ちょろっとだけやって」


「……」


 そうして…あたしは渋々と音楽屋について入ったのだけど…



「うっわ…すげ」


「何?あの人プロ…?」



 晋ちゃんがギターのコーナーで、店員さんと色々話したかと思うと…弾いてみますか?って言われて…

 弾き始めた途端…人だかりが。


 …気持ちいいのは分かるけど…

 いつまで弾くのー!?


 あたしが少しだけ唇を尖らせてしまってると…


「彼氏すごいね。バンドやってるの?」


 晋ちゃんに試し弾きを勧めた店員さんが、あたしに言った。

 …彼氏…?


「あ…はい…バンド、やってます」


「すごいな…プロになれる腕だと思うよ?」


「えっ…本当ですか?」


「うん。お世辞抜きで」


「わあ…ありがとうございます!!」


 すごい!!

 楽器屋の店員さんに言われるなんて、晋ちゃん、本当にギター上手いんだ!!

 それに…彼氏…って…

 あー!!

 音楽屋サイコー!!



 ひとしきり弾き倒した晋ちゃんは、あたしの存在を忘れてたのか。

 あたしがギターのコーナーから少し離れた場所で、他のお客さん(男)に話しかけられてると。


「まだおったんか」


 目を丸くして言った。

 …言ってくれるじゃないの。

 目を細めて晋ちゃんを見る。


 彼女を一人にして、大勢に囲まれてる彼氏が悪いのよっ!!

 …とは、口に出せないけど。



「はよぅ来い」


「ああ、はい…」


 そそくさと晋ちゃんの後に続く。


「知らん男に愛想ふりまいたら、危ないんちゃう?」


 え。

 前を向いたままの晋ちゃんから、そんな言葉が聞こえて来て。

 あたしは顔を覗き込んだ。


「何?ヤキモチ?」


 あたしが他の男の人と喋ってたから、ヤキモチ妬いてくれたの!?


「は?」


「……」


「あー、さっきのギター、やっぱええなあ…」


「……」


 そうですか…

 違いますか…


 ヤキモチじゃなかったのは残念だけど…

 店員さんに『彼氏』って言われたのが嬉しかったのと…

 晋ちゃんのギターが認められてるって事…

 あー…いい日だなあって思った。


 今日はアップルパイも食べてもらったし…

 次は、何を作ろう。



「あ、この指輪可愛い」


 雑貨屋さんの前を通りながら、指差す。

 でも晋ちゃんは…


「あーラーメン食いてー」


 ……もうっ!!


 でも。

 こんなにギターに夢中だと…

 他の女の子に目が行く事もなさそう。

 夏休みの事は、また電話でもして約束作ればいいや。



 って、あたしは、楽観的だった。

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