02

 あたしに彼氏が出来た。

 偽物だけど。

 でも、それもいつかは本物になるかもしれない。

 それは、あたしの腕次第。



 まずは…保健カードで簡単な情報を仕入れる。


「浅井晋…4月11日生まれ…あ、もう過ぎちゃってるのか」


 何かプレゼントあげたかったなあ。

 誕生日って、恋人同士の大イベントよね。



「身長175cm…体重54kg…」


 あたしの身長が157cmだから…


「……」


 あたしは保健室の片隅にある身長計を175cmに合わせると。


「…こんな感じ?」


 身長計の隣に並んで、先輩の身長を見上げる。

 …自然と笑顔になった。



「…なんて呼ぼう」


 あたしは先生がいないのをいい事に、先生の机に座ると、そこにあったメモ帳を一枚拝借して。


「…先輩…浅井さん…浅井君…晋さん…晋君…晋ちゃん…」


 ずらずらと、候補を書き始めた。


「んー…」


 鉛筆を手に、先輩の身長になったままの身長計を振り返る。


「…晋ちゃん」


 決定。



 この時あたしは『頑張ったら誰にでも彼氏ができる』と思っていて。

 晋ちゃんに対しても…あたしが頑張れば、いつか必ず本当の恋人同士になれるんだ。って、変な自信を持ってた。


 だけど。

 人の気持ちというのは、なかなか思い通りにならない物で。



「甘いものは好き?」


「…いや、あまり好きやない」


「じゃ、辛いものは?」


「……そこそこに」


「じゃあねー、好きな色は?」


「………もう、ええやないか」


「何でよー」


「急な用があるって、なんやこれ」


「だって知りたいんだもん」



 そう。

 知りたいのよ。

 好きな人の事は。


 だけど、そんなあたしの気持ちとは裏腹に、晋ちゃんの頭の中はギターとバンドの事ばかり。


 交際し始めて一ヶ月…って、交際してると思ってるのはあたしだけ…なんだけど。



 この一ヶ月。

 全然相手にされなかった。

 頑張れば何とかなる。と思ってたあたしは、何度も挫折を味わいながら…

 それでもしつこく、頑張り続けてる。



 朝、靴箱で待ち伏せて、一言二言交わして。

 お昼休みはどこにいるのか…全然見つからなくて。

 放課後は…軽音同好会。

 あたしは仕方なく、部室の外で音を拾うだけ。


 …でも、晋ちゃんのギターとか…

 聞こえて来るメンバーとの会話とか…

 自然と笑顔になれちゃう。

 ああ、あたしって、本当に恋してるんだな~。って。

 だって、晋ちゃんの声が聞こえて来るだけでうれしくなるんだもん。



「おまえなあ」


「涼」


「…涼。今何時や思うてんねん。はよ帰れ」


 そう。

 いつもいつもそっけないから、今夜あたしはスタジオ練習に忍び込んだ。

 通路からスタジオの小窓を覗いてると、あたしに気付いた晋ちゃんが出て来て……の、今。



「だって、いつも今度今度って、全然相手にしてくれないじゃない」


「そ…それにしても、こんなとこまで…」


「…傷モノにしたくせに」


 晋ちゃんに付けられた傷は、本当はとっくに治ってる。

 それであたしは毎朝念入りに『傷痕メイク』をしているのよ。



「……わあった。明日な」


「明日?」


「ああ。明日、放課後どこでも付き合う」


「絶対!?」


「ぜ…絶対」


 ぎゃ〜!!


「分かった!!じゃ、明日ね!!練習頑張ってー!!」


 あたしは晋ちゃんの手を握ってそう言うと。


「それじゃあねー!!」


 元気良くスタジオを走り出た。



 嬉しい!!

 やっと二人きりで過ごせる!!



「…こうしちゃいられない」


 あたしは明日の計画を練るべく、ダッシュで家に帰った。

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