08

「いいの?アイドルがこんな所にいて」


 あたしは晋ちゃんに問いかける。


 文化祭も無事?終了。

 グランドでは後夜祭が行われている。

 あたしは…晋ちゃんと二人、屋上からグランドを見下ろしている。


 晋ちゃんのバンド『FACE』は、夏休みにやったライヴが大盛況だったせいか、人気バンドになってて。

 他校の生徒もたくさん体育館に集まってて…

 ステージが終わった後、FACEのみんなは写真撮影やサイン責めにあって…

 体育館は、一時騒然となった。


 …情報集めてたはずなのに、そんな事になってたなんて…知らなかったな…



「俺、おまえのキープ君やもん」


「また、そんな言い方…」


「ええやん。おまえも俺のキープちゃんやし」


「……」


 意味が分かんなくて黙ってると


「おまえ、明日暇?」


 思いもよらない言葉。


 明日は文化祭の代休。

 学校に来なくていいのは助かるけど、家に居て母さんに何か言われるのも面倒で…休みなんてなくていいのに。って…思ってたとこ。



「暇だけど…」


「遊園地っちゅうとこへ行く気ない?」


「………え?」


 し…晋ちゃんが?


「どどどどどうして?」


 驚きのあまり、あたしの目はきっと真ん丸。

 晋ちゃんはそんなあたしの顔を見て、ふっと笑った。


「行きたいんやろ?」


「何で知ってるの?」


「本見てたやん。部室の前しゃがみこんで」


「……」


 口が開いたままになってしまった。

 確かにあたし…夏休み前は部室の前の廊下に座りこんで…雑誌を読んでた。

 それは、夏休みに行くなら。っていう…テーマパークの特集雑誌。



「誕生日、なんもしてへんし」


「……あたしの誕生日、知ってるの?」


「学生証に書いてあったやん」


「いつ見たの?」


「…いつだってええやんか」


「……」



 驚いて口が開いたままだったけど…

 それは自然に閉じて。

 胸がキュッとなると同時に…

 分かってなかったのは…あたしかも。

 なんて思った。


 晋ちゃんて…



「…ね」


 あたしは、晋ちゃんの肩に寄りかかる。


「あ?」


「髪の毛に詰め込んだあれ、何?」


「あー…あれはー…まあ、ギターに必要なもん」


「何?」


 晋ちゃんは髪の毛をかきあげて、少しだけ間を空けて。


「…音叉おんさ


 って言った。


「…音叉…」


 聞いた事あるな。

 何だっけ…



「ふうん…」


 あたしはゆっくり目を閉じる。

 グランドのにぎやかなBGMを聞きながら、とびきりの一日を思い起こしていた。


 あたし…

 晋ちゃんのキープちゃん…か。

 …ハッキリ彼女って言われたわけでも、好きって言われたわけでもないけど…

 どうしてかな。

 気持ちが、満たされた感じ。



「明日…」


「んー?」


「また、美味いパイが食える?」


 晋ちゃんの言葉、頭の中で繰り返す。

 美味いパイ…


「涼?」


 晋ちゃんの声を耳元に、あたしは少しだけ眠ってしまった。

 そして、あの体育館のドアにぶつかって…保健室で目覚めた時。

 晋ちゃんが王子様に見えた…って。

 そう口走ってる夢をみた。



 * * *



「あははははははははははははは!!」



 珍しい事に、丹野さんが大笑いした。

 晋ちゃんは頭を抱えてしゃがみこんでる。



「…じゃ、ギターの音を調整するのは、音叉じゃないの?」


 あたしは目を細めて丹野さんに聞き返す。


「いや、使う奴もいるけどさ。これ、チューナー。晋はこれ使ってるよな」


 丹野さんが小さな箱型の物を手にして言った。


「…晋ちゃん…」


「え…ええやんか。俺は使うんやから」


「嘘つけ」


「廉」


 あたしは『音叉』を手にして椅子に座る。


「なあんだ…あたし、宿命みたいなの感じて、すっとんで行ったのに」


 唇を尖らせてそう言うと


「いいじゃねーか。晴れて恋人同士になれたみたいだし?」


 丹野さんは意味深な笑顔。

 ま…確かにそうなんだけど。



「さ、練習しよーぜ」


 丹野さんがマイクを持った。

 晋ちゃんもギターを持ち直した。

 八木さんがスティックでカウントをして、曲が始まる。

 あたしは、それを部室の中で聴いている。


 彼氏の姿にウットリしながら。



 3rd 完

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いつか出逢ったあなた 3rd ヒカリ @gogohikari

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