07

「よお」


「……」


 文化祭最終日。

 あたしは入部もしていない茶道部の執拗な要請によって、早朝から着物の着付けに追われた。

 午後からはお茶も点てなくちゃならない。

 道具のチェックに行こうと、校舎から離れた場所にある茶室に向かってる所で、晋ちゃんに出くわした。



「茶、たてるんやてな。着物、きれいやん」


「……」


 …何、それ。

 誉めたって…別に…嬉しくなんか…


 あたしは、不貞腐れたような顔で、うつむく。



「俺、三時からライヴやから」


「……」


 そんな事言ったって…

 見に行けるわけないじゃない。


 尖りそうな唇を、出したり引っ込めたり…

 何も答えず、視線も晋ちゃんを捉えないまま彷徨わせてると…


「…返事ぐらい、してもええんちゃうか?」


 突然の低い声に、思わずビクッとなって顔を上げてしまって…目が合った。


「…あ…あたし、全然時間ないから」


「作れや」


「勝手な事言わないで。忙しいの」


 そう言って、晋ちゃんの横を通り過ぎようとして…


「待てや」


 肩を掴まれる。


「……」


「おまえ、勝手に俺を彼氏にしといて、勝手に捨てるのはあんまりやないか?」


「すっ捨てるだなんて、人聞きの悪い事言わないでよ」


「だってホンマやん」


「あたしは…」


「なん」


「……」


 食いしばって言葉が出なくなった。

 言いたい事はたくさんあるのに、うまく言葉にできない…


 あたしは、晋ちゃんを好きだった。

 あたしを好きになって欲しかった。

 だから、必死だった。

 でも…うまくいかなかった。

 ……それだけ。


 …終了。



「なん」


 そう繰り返して、一歩距離を詰める晋ちゃん。

 も…もう…!!

 眉間にしわを寄せて、そっぽを向く。

 どうして…

 どうしてこう…

 男って、鈍いの…!?


 あたしは好きって言葉が言えなくて、だけど全力でぶつかってたつもりだった。

 それを受け止めてはもらえなかった。

 あたしが挫けたって仕方ないでしょ!?



「涼」


 え…っ。


 あたしが食いしばったままでいると、晋ちゃんがあたしの名前を呼んだ。

 晋ちゃんから名前を呼ばれたのは初めてで、こんな時なのに…嬉しくなってしまう。



「三時に体育館、な」


「……」


「な?」


「無理」


「なんで」


「なんでって…その時間は、お茶…え?あっ、ななな何?」


 晋ちゃん、あたしの頭を下に向けて、何か詰め込んでる。


「ちょっと!!何!?」


「かんざしの代わり。けど、それがないと俺はライヴできひんから」


「え…えっ!?」


「ほな、三時な」


「晋ちゃ…」



 あたしがジタバタしてるのもお構いなし。

 晋ちゃんはさっさその場を立ち去ってしまった。



「……」


 かんざしの代わりって何?

 気になるものの、時間をかけて結い込んだ髪の毛を乱すのは嫌だ。

 触れてみると、それは…ひんやりとした金属のような物。


 三時…無理よ。


 行けるわけ、ないじゃない…。



 * * *



「あら、変わったかんざしね」


 午後二時半。

 あと三十分で晋ちゃん達のステージが始まる。

 あたしが少しだけイライラしてると、書道の先生があたしの髪の毛を見て言った。


 お茶室には、茶道部の生徒意外にも…書道部や華道部の生徒や顧問もズラリ。



「ん?かんざしじゃないのね?これは…何?」


「これは…」


 本当に、これがないと…晋ちゃんはライヴできなくなるの?

 どうしてそんな大事な物…



「さ、それでは始めましょう」


 どうしよう。

 あたしは迷った。

 こんな気持ちのままで、お茶なんて点てられない。


「……」


 動きの止まったあたしを、みんなが一斉に見る。


「早乙女さん?」


「…すみません。あたし…退席させていただきます」


「え?あ、ええ!?早乙女さん!?」


 茶室から体育館に向かう。

 とは言っても、ここから体育館までは一番遠い。

 いくら着物を着慣れてるとは言え、全力疾走なんてした事ない…!!


 どうしよう。

 あたしのせいで晋ちゃんのバンドがライヴできなかったら…



「はっ…は…はっ…」


 体育館の見えるところまで走ると、そこにはものすごい人だかり。

 晋ちゃんは…?


「どこなの…」


 泣きそうになりながらキョロキョロしてると


「見つけた」


「し…」


 晋ちゃんが、あたしの腕を取って…笑った。


「良かった…ま…間に合ったのね?早く取って」


 あたしがそう言って頭を突き出すと


「…サンキュ」


 晋ちゃんは笑いながらそれを取った。


「そこの席キープやから、座って見といて」


「え?」


「おまえの席」


「……」


 走り出す晋ちゃんの背中を見送って、あたしは夢見心地でその席に座る。

 …どういう事?

「ごっこ」はまだ続いてるの?



 そして五分後……幕は開いた。

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