06
「涼ちゃん」
放課後の靴箱。
呼ばれて振り向くと…るー先輩。
晋ちゃんと同じクラスのるー先輩こと
その彼氏は現在渡米中という、ものすごい遠距離恋愛。
…あたしには無理だ。
「久しぶり。元気だった?」
「まあ…」
「…元気ないのね。浅井君とケンカでもしたの?」
「え?」
つい、間抜けな顔をしてしまった。
浅井君とケンカでも…って…
晋ちゃん…言ってないの?
あたしとは、何もない…って。
「何だか、最近浅井君も元気ないのよね」
それは、あたしとは全然関係ない事だとは思うけど…
そう思いながら、下唇を軽く噛みしめた。
「先輩、最近クラブは?」
そういえば…と思って問いかけると
「行ってないの…ちょっと色々あって」
先輩は少しだけ眉毛を下げて、首をすくめてそう言った。
「でも、文化祭…もうすぐでしょ?」
「出ない事にしたの。参加届けも出さなかった」
「……」
軽音同好会の練習を、あたしはいつも部室の前の廊下に座り込んで聴いていた。
るー先輩がそこにいるのを、羨ましいなあ…なんて思いながら、楽器の出来ない自分を呪ったりもした。
最初はヤキモチも焼いたけど、るー先輩は話してみるとすごくいい人で。
女友達のいないあたしにとって、気が付いたら特別な存在になりつつもある。
「あ、それより、ずっと渡せなかったこれ」
先輩はそう言って、カバンの中からカセットテープを出した。
「あっ、松田聖子?」
「そう。遅くなってごめんね」
「ううん、嬉しい〜」
特に好きってわけでもないんだけど、先輩の親友が松田聖子の大ファンで全部持ってると聞いて、漠然と欲しくなった。
きっと、あたしは『親友』って言葉に惹かれただけ。
「あたし、チェリーブラッサムって歌、好きなんですよ」
それでも一応知ってるタイトルを口にする。
「ああ、頼子もそれが好きって言ってた」
先輩の親友、
先輩と同じ歳だけど、一年の途中で中退して結婚。
今はロンドン在住だ。
跡継ぎとして、この歳で結婚…デザイナーとしての勉強をしつつ、事務所経営にも携わるなんて…
同じ跡継ぎでも、あたしとは大違い。
家のための結婚なのかな…って気になったけど、るー先輩曰く…素敵な人との両想いだそうで…
本気で羨ましく思った。
…あたしの結婚には、夢がない。
「あ、もうこんな時間。またゆっくり話そ?」
「はい」
手を振る先輩を見送って、あたしは大きくため息をつく。
みんな、それぞれ大変なのよ…
あたしだけじゃない。
「おい」
歩きかけた所で、ふいにポンと頭を叩かれる。
不機嫌そうに振り返ると
「…丹野さん」
晋ちゃんのバンドでボーカルをしてる、
「おまえ、何で最近部室来ねえの?」
…何、この人。
あたしが行くと、嫌そうな顔してたくせに。
「…別に、行く理由がないし」
「何で。晋がいるのにか?」
「関係ないですから」
「付き合ってたんじゃねえのかよ」
「付き合ってませんよ…」
「晋は付き合ってるような口ぶりだったけどな」
本当に、何なのこの人。
それに、晋ちゃんも晋ちゃんよ。
なんで…なんで言わないの?
あたしとは、もう関係ないって。
「ケンカでもしたのか?」
「…ケンカするほど親しくもなかった…」
つい小さく漏らすと、体中の力が抜けたかのように…気分が重くなった。
ほんと…あたしが一方的に好きだっただけ。
押して押して押しまくって…でも、交わされてた。
…思い出すと切ない。
もう、忘れなきゃ。
「あ?何?」
あたしのつぶやきにまで耳を傾けてた丹野さんが、首を傾げてあたしの顔を覗き込む。
「…何でもないです」
溜息を吐きながらその場を離れようとすると…
「付き合ってないなら、この際付き合い始めれば?」
丹野さんは斜に構えて言い放った。
…この男ぉ…
あなたがそれを言う!?
あたしを部室の前で見付けると、鬱陶しそうな顔をして!!
スタジオに行くと、あからさまに嫌な顔をして!!
この際付き合い始めれば!?
はあ!?
晋ちゃんは…晋ちゃんは、あたしになんて…!!
「あたし、あたしに興味ない人となんか付き合わない」
思わずキツイ口調になってしまった。
だけどそれは本心以外の何物でもなくて。
あたしは丹野さんに一礼すると、その場を走り去った。
何が付き合ってるような口ぶり、よ。
今更そんな事言われたって、あたしはもうなびかない。
絶対、口もきかない…!!
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