05

「…っよねー」


「うっそー」


 ……

 ぐー………

 はっ……

 あっ…危ない危ない…

 あやうくヨダレを垂らす所だった。



 二学期が始まって、あたしはとっても暇で孤独な毎日を過ごしている。

 友達なんていないし、誰か見つけてしゃべる元気もない。


 そう思うと、この四ヶ月間…

 あたしがどれだけ、晋ちゃんに時間を費やしていたかが分かる。

 …勝手に…なんだけどね。



 机に突っ伏したまま、窓の外を眺める。

 やがて来る10月が、何となくあたしの気持ちを急かした。



 あたしは母さんと二人家族。

 家は茶道の名家で、あたしは跡継ぎ。

 冒険なんて、そうそうできるもんじゃない。


 父親は早くに亡くなって、厳しい母さんと口うるさい親戚に囲まれて…息が詰まりそうな毎日。

 せめて、学生の間だけでも自由でいさせて。って、今の所は母さんも色んな面で目をつむってくれている。

 でも、肝心要の恋ができないんじゃなあ…



 晋ちゃん…一目惚れだったのに。

 関西弁の王子様なんて聞いた事ないけど、それでもあたしにとっては王子様だったのに。


 …あーあ、あたしも未練がましい。

 もう、いいじゃない。

 あんな事言われたのよ?


 代役はするけど、休みまではええやんか。なんてさ…

 力作のお弁当も…


 …はあああああ…

 もう、思い出したくもない。

 あの日の事。


 不機嫌そうな晋ちゃんの顔。

 あたしに投げられて、転がったままになってた…お弁当。

 …最悪。



 机に突っ伏したまま、やっぱり今日も落ち込んでしまった。

 考えまいとして、考えて…毎日落ち込む。

 明日こそ立ち直る。って…毎晩決意をするのに。

 明日明日って…

 …いつの明日よ。



 コツコツ。


 ふいに、右耳に響く音。

 …何の音?

 あたしの机、誰か叩いてる?


 コツコツ。


 …気のせいだよね。

 あたしに用がある人なんて、いないし。


 コツコツコツ。


 も……誰よっ。


 あたし、溜息つきながら上半身を起こす。

 すると、机を叩いてたのは…


「……」


「よ」


 口が開いたままになってしまった。

 晋ちゃんがすねたような唇で、あたしを見下ろしてる。

 左手はポケットで、右手はあたしの机に置いたまま。


「……何」


「ちょい、話があって」


 教室中、みんながあたし達を見てる。

 …なんなの。

 なんなのよ。


「おい」


 晋ちゃんの手があたしの肩に掛けられそうになった瞬間。

 あたしは、立ち上がって教室を出た。




「待てや」


 晋ちゃんが声をかけたけど、それも無視。

 あたしはずんずんと廊下を歩く。


「待てって」


 今更何なの?


「待て言うてんねんで?」


 階段で腕を掴まれてしまった。

 あたしはそっぽを向いたまま、晋ちゃんの顔も見ない。


「あー…その、あん時は悪かった。キツイ言い方したなー思うて」


「……」


「せやかて、おまえが言うたんやで?彼氏ができるまででええって」


「……」


 まだ分かってない。

 分かってないのに、何でこんな事するのよ。


「まあ、まだ彼氏できてないみたいやし…」


「もう、いい」


「え?」


 あたしは晋ちゃんの手を振りほどいて。


「傷なんて嘘だもの。もうとっくに治っちゃってるわ。ほら」


 前髪を上げて、額を見せた。


「なんで…」


「なんで?好きだからに決まってるじゃない」


「……え?」


 あー…

 勢いで告白しちゃったけど…

 晋ちゃんのこの様子。

 …全然、伝わってなかった…って事だ…



「好きだからそばにいたかった。だから嘘もついた。でも伝わらなかった」


「……」


「だから、もういい。代役なんて。そんな彼氏、あたしもいらない」


「……」


「…契約終了よ。良かったね」



 言うだけ言って、あたしは駆け出す。



 …最後まで、顔…見れなかった。

 声聞いただけでも…苦しくてたまらなかった。


 でも偽者の恋人なんて、いらない。

 どうせ三年間の我慢。

 卒業したら、さっさとお見合いして結婚するんだもん。

 あたしの人生なんて、こんなもんよ。



 屋上に出ると、少し強めの風。

 あたしの額が全開になって、何だか痛かった。

 晋ちゃんのせいにしてばかりだったけど…本当は自分が悪いんだって分かってる。

 分かってるけど…


「……」


 晋ちゃんに掴まれた腕が熱い。

 忘れようとしてたのに…



 こんなにもまだ、好きだったなんて。

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