第25話 継承者(2)


(もう、こうなったら力づくで止めるしかない……)


 キースの狂ったような笑い声を聞き、リョウは憐憫の情を覚えるのと同時に、もはや言葉では彼を止めることができないと悟った。

 とにかく拘束して、司令室から、いや、この基地からキースを引きずり出さなければならない。

 武器は取り上げられてしまっている。しかし、近接格闘になれば自分に分があるはずだ。


 だが、先にレイガンを突きつけたのはキースだった。


「!」

「動くな。妙な真似をすれば、容赦はせぬ」


 レイガンは、リョウの心臓に向けられている。


「……」

「フン、その目つきは気に入らんな。少し離れてもらおうか」

「親友に銃を向けるのか?」


 キースがせせら笑った。


「何を言う。お前こそ、私を殺せば済むと考えていただろうが」

「……殺そうとまでは思っていなかったがな」

「同じことだ。さあ、下がってもらおう」


 リョウは、入り口で武器を取られたことを悔やみつつ、数歩下がった。


「お前はそこで、アルティアが消滅するのを見物していろ。では、コンピューター、ミサイル発射準備せよ。まずは通常弾頭でいいだろう」

『了解。通常弾頭ミサイルの発射シークエンスに入ります』


 その言葉と同時に、スクリーンが薄い赤色の画面に変わり、様々なデータが流れるように表示されていく。


「フフフ、いよいよだな」


 キースは、アルティアが消滅することに愉悦を感じているのか上機嫌だった。


『ミサイルの目標ターゲットを指定してください』

「アルトファリア王国首都アルティアだ」


(まずい。このままでは本当に発射されてしまう)


 キースの手にはレイガンが油断なく握られている。不意をつくのも難しい。

 しかし、もう撃たれることを厭うている場合ではない。飛びかかるしかないと覚悟を決めた時、思わぬところから天の助けが差し出された。


『エラー発生。指定された目標は地理データに登録されていないため、発射できません。また周囲の地形が大幅に変化しています。直接座標を入力するか、地理データの更新が必要です』


(おお……)


 リョウの胸に、一縷の希望がわいてきた。ミサイルさえ発射できないなら、この基地の脅威は一気になくなる。

 だが、そこまでは甘くなかった。


「ちっ。そうか、そうだったな。では、データ更新のため、小型偵察機ドローンを出せ。そうだな……とりあえず、ここから半径50キロでいい」

『了解。6番射出口から発進させます』

「データ収集までどれぐらいかかるのだ」

『収集に30分、更新とシステム調整に40分必要です。その後、すぐ発射が可能となります』

「よろしい。まあ、これまで30年も待ったのだ。それぐらいは、待っても構わん」

「……」


 キースは、失望に肩を落とすリョウに向かって肩をすくめた。


「ここまできて、下らぬ齟齬そごをきたすものだな……。おお、そうだ。いいことを思いついたぞ」


 ニヤリと笑って、またコンピューターに命じる。


「コンピューター、発射準備完了次第、最も人口が多い地区にミサイルを発射せよ。私の命令は必要ない。自動で発射するのだ」

『了解しました。準備完了次第、司令官の命令なく発射します』

「フフフ、これで、私を殺しても意味がなくなったな。言っておくが、たとえ拷問されても命令は撤回せんぞ」


 得意げな顔で、もう用はないとばかりにレイガンを懐にしまった。


「……よく悪知恵が働くことだ。よっぽど、アルティアを消し去りたいらしいな」

「当たり前だ。これが私の宿願だからな」

「……」

「どれ、司令室の中でも見て回るか。私もしばらくの間ここにいることになりそうだからな。ククク」


 そして、陰鬱な笑いを浮かべながら、司令室内を歩き始めた。

 それを見つめながら、リョウは自分の思いに沈んだ。


(もう、俺が自分で発射を止めるしかない)

(しかし、どうやればいい? あと1時間ちょっとしかないってのに……)

 

 リョウは、必死に頭を巡らせた。

 複数のミサイルサイロを直接破壊するのは、時間がかかりすぎるうえ、そもそも手段がない。

 かといって、この部屋のコンピューターを破壊してもおそらく意味はない。

 すでに命令はサイロの発射システムに伝達されているはずだ。

 それに、軍事基地はよほどのことがない限り戦闘が継続できるように設計されている。

 ここを破壊したところでどこか別のコンピューターが第二の管制コンピューターとして起動するだけだ。

 同じように、この基地の動力源である反物質反応炉を停止させても、バックアップの電源を使われるだけというのは想像に難くない。

 結局は、何をやっても予備的措置が取られるため、発射を止めることができないのだ。


(それなら、もうこの基地全体を破壊するしかないのか。無茶かもしれないが……)


 破壊してしまえば、今後キースにミサイルを発射させないよう対策を取る必要もなく、この時代の人たちに危険なテクノロジーを渡す心配もなくなる。半ば場当たり的な思いつきだったが、よく考えてみるとこれが一番いい考えのような気がしてきた。


 しかし、ミサイルの発射もまともに止められないのに、基地全体を破壊するなど自分にできるのか。そう思ったとき、ふと、リョウは、以前読んだ記事を思い出した。


(そういえば……)


 何処かの基地で起こった反応炉の破損事故で、施設に大きな被害が出て、基地を取り壊すか、大掛かりな全面改修をするかが議論されているという記事だった。反物質エネルギーは、少量でも凄まじい破壊力を持つ。ということは、反応炉を故意に爆発させれば、いくら広大な基地とはいえ、修復不可能なぐらいには破壊することも可能なのではないか……。


『リズ、もし、反物質反応炉を爆発させると、この基地全体を使用不可能な程度に破壊することができるのか?』

『計算中……。現時点での反応炉の稼動状況、ならびに基地の状態から考えると、爆発の結果、基地は完全に破壊されるわね』

『ホントか?』

『……だけど、爆発の規模が大きくて、たぶん半径10キロ、深さ数百メートル程度のクレーターができるわよ』

『えっ? そ、それは……』


 予想もしないリズの計算結果に、リョウは驚いた。

 むしろ、この広大な基地を完全に破壊するのは無理だと言われると思っていたのだ。


(ダメだ。いくらなんでも、爆発の威力が大きすぎる……)


 半径10キロのクレーターができるくらいの爆発なら、外にいるはずの発掘隊はおろか、フィンルート村、そして、自分が知らないだけで近くにあるかもしれない他の街も巻き込んでしまう。たとえ、アルティアを守るためとはいえ、代わりに付近の村や街が消し飛ぶのでは、やっていることはキースと変わらない。

 しかも、これでは自分たちも逃げられないのだ。


(どうすりゃいいんだ……)


 基地を破壊し、ミサイルを発射させないためにはこれしかないことは分かっている。しかし、この方法はあまりにも代償が大きい。リョウは悩んだ。


 その時、ふと、ヴェルテ神殿でのロベールの魔道を思い出した。

 彼は、シールドを使ってリョウの攻撃を防いでいたのだ。


(あの技が使えれば、ここから逃げるぐらいはできたかもな……)


 その点でも、やはりこの時代の方が進んでいるのだろうかと考えた時、一つのアイデアが閃いた。


(そうだ、基地にシールドを張ればいいんじゃないか?)


 そして、この思いつきでいけるのかどうか、必死に頭を回転させて考える。

 シールドは本来なら、外部からの攻撃を内部に到達させないためのものである。しかし、同時に、内部のものも外部に出ることができない。実際に、シールド起動中は、それより外には出られないのだ。ということは、基地にシールドを張った状態で内部爆発を起こせば、爆発の衝撃や瓦礫をシールド内で抑えこむことができるはずである。


『リズ、もし、基地全体にシールドを張った状態で、反応炉を爆発させたら、基地周囲に与える影響はどれくらい抑えられるんだ?』

『計算中……。不確定要素が多くて、概算でしか計算ができないけど、シールドから1キロメートル程度の距離までが衝撃波の影響を受けることになるわね』

『1キロメートル……』

『ただし、これは通常の場合よ。現時点では、基地全体が水没か地面に埋まっている状態だから、水と土が緩衝材の役割を果たすのよ。全体的には百メートル以下になるんじゃないかしら』

『よし!』


 だが、その途端、とんでもない見落としに気がついた。

 背中に冷たいものが走る。


『いや、ちょっと待て。リズ、俺は管制コンピューターにシールド命令なんて出せるのか?』

『士官じゃないから無理よ』

『ううっ、やっぱりそうか。いい考えだと思ったんだが、参ったな……』


 リョウは失望してうなだれた。

 かといって他に手があるとは思えなかった。


『なんとかならないのか。内部カーネルまでハッキングしなくても、センサーをだまくらかして、敵ミサイルが飛んできてると思わせたりできないかな』

『ちょっと調べてみるわ。軍用コンピューターシステムだから、そんなに甘くないと思うけど……』

『頼む』

 

 そして、待つことしばし。


『おまたせ』


 リズの声が再び聞こえてきた。

 リョウは少し緊張を感じつつリズに命じた。


『報告しろ』

『結論から言うと、可能よ』

『おおっ、そうか!』


 これで助かる算段がついたことになる。リョウは安堵で息をついた。


『ただ、ちょっとシステムに面白いものを見つけたのよ。それのおかげであたしも侵入できて、あんたもシールドを出せるんだけど』

『見つけたって何をだ?』

『いわゆるバックドアね』

『なんだと?』


 思わぬ話を聞かされてリョウは戸惑った。


 バックドア ―― システムに侵入するために仕掛ける、いわば勝手口のようなものだ。

 無論、バックドアと言っても種類がある。開発中にテスト目的で設置されるものもあれば、ハッカーが攻撃前の橋頭堡として仕掛けるものもある。だが、いずれにしても実戦配備された軍用コンピューターに存在していいものではない。


『なんでそんなモノがあるんだ?』

『それは分からないけど、悪意があったことは間違いないわね。それを使って基地のミサイルが発射された痕跡が残ってるの』

『なっ!』


 リョウの脳裏に、ロザリアの記憶で見た焦土が浮かんだ。


『……ってことは、あの街を吹き飛ばした犯人が仕掛けたってことか。ふーむ……』


 真実の一端を知って、リョウは唸った。

 少なくともミサイル発射はこの基地の自発的な行為ではなかったのだ。


(だが、もしかすると、この基地からミサイルを発射したことで、ここも他の基地から攻撃を受けたのかもしれんな。いや、それでも……)


 そんな事になるだろうか。他国に撃ち込んで報復されるならともかく、壊滅させたのは自国の都市である。

 それに、たとえそうだったとしても、この基地と自分が一万年も放置された理由にはならない。


(……だめだ。まだ、ピースが足りない)


 これまで得られたのは断片的な情報ばかりで、全てを理解するには程遠い。


 リョウはふと我に返り、頭を振った。

 今はこのようなことを考えている場合ではない。


『まあいい。釈然としないが、シールドが出せるなら文句は言えん。それで、反応炉を破壊できる武器は、武器庫にあるのか?』

『保管記録によると、反粒子爆弾があるわね。これを4つ、衝撃波が共鳴するように仕掛ければ、反応炉の爆発を引き起こせるわよ』

『分かった』


 リョウはこの情報を反芻し、段取りを頭の中でまとめ、心を決めた。


『いいだろう。アリシアとつないでくれ』

『準備完了。いいわよ』


『アリシア、聞こえるか?』


 リョウは目を閉じて、強く念じた。

 すぐにアリシアの声が返ってきた。


『リ、リョウ? よかった。大丈夫なの?』

『ああ。……ガイウスのおっさんはいるか?』

『ど、どうしたの……?』


 アリシアの声には、自分の身を案じる響きが感じられる。キースとの殺伐としたやり取りの後だけに、彼女の温かさが身にしみた。


『よく聞いてくれ。キースがこの基地のミサイルでアルティアを火の海にしようとしてる。ロザリアの街を破壊したあの兵器だ。おそらく、アルティアだけではすまないだろう。この国全土が灰になるかもしれん』


 彼女の息を呑む音が聞こえる。


『……どうしたらいい?』

『おっさんたちに言って、この基地に入って来てもらってくれ』


 そして、自室の扉の開け方を教えた。


『……分かった。今、見張られてるけど、何とかするわ。必ず行くから待ってて』

『ちょっと待て、お前も来る気か? だめだ。危険過ぎる』

『何言ってるの。こんな遺跡に入れるチャンスなんて滅多にないんだから危険でも行くわよ。それに、私だって魔道が使えるし、なにより遠話であなたと話せるのは私だけよ』

『む……』


 確かにそれは事実であった。途中で何があるか分からない以上、連絡手段が必要である。


『……仕方がない。だが、くれぐれも気をつけてな』

『分かったわ』


 リンクが切れ、彼女の気配が消えた。


(頼んだぜ……)


 そして、再び今後の段取りをまとめようとした時、キースが近づいてきた。

 一通り司令室を見回って気が済んだらしい。

 まもなく三十年越しの復讐が達成されるという見通しのせいか、上機嫌に見える。


「リョウ」

「……何だ?」

「お前は一万年前に何が起こったのか、興味がないか?」

「あ、ああ、それはもちろん……」


 アリシアと話していたことを悟られたわけではないと分かって、ホッとしながらリョウが答える。


「暇つぶしに調べてみるとするか。私も興味がないわけではないからな」

「どうやって?」

「あの日、この司令室で何があったか分かれば、かなりの手がかりになるはずだ」

「それはそうだが、そんなこと分かるのか?」


 キースはそれには答えず、代わりに管制コンピューターに命令した。


「コンピューター、この基地はおよそ一万年前に攻撃を受けたはずだ。その当時の司令室内の記録は残っているか?」

『保存されています』

「では、それをホログラム再生しろ」

『了解。再生します』


 その声と共に照明が暗くなった。ホログラムは立体的に映像を再生する技術である。士官や兵士たちが、まるで実在する人間のように突然自分の周りに現れた。


「これは……」

「司令室の様子は常時記録されている。それを再生しているだけだ」


 三次元の投影により、まさにあの日の司令室が再現されており、リョウは、自分が実際に当時の司令室にいるような錯覚に陥った。

 ざっと見る限り、二十数名の士官や兵士がいて、ざわめきや物音、一人一人の会話まで再現されている。

 司令室の中央にいるリョウたちに士官たちがぶつかるが、あくまで映像であるため、すり抜けるだけである。

 まだ何も変わったことは起こっていないものの、忙しそうに通常の基地業務を行っていた。


「……」


 リョウは、その様子を見ながらじっと何かが起こるのを待った。


 そして、再生開始から一分ほど経った時、いきなりそれは起こった。



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