第24話 継承者(1)


「ミサイルで……アルティアを消滅させる? 本気なのか?」

「フン、ちょうど、発射テストもせねばならないところだ。まさに一石二鳥ではないか。クックック」


 単なるテストのために街をミサイルで攻撃する。

 それが、よくできたジョークであると思ったらしい。キースは酷薄な笑いを浮かべた。


「じょ、冗談だよな……?」


 リョウは、自分の耳が信じられなかった。武力を笠に着て、領土や金を要求するぐらいは考えたが、いきなり大都市にミサイルを撃ち込むつもりとは思ってもいなかったのだ。

 ロザリアの記憶で見た街の惨状が、リョウの脳裏に浮かぶ。


「冗談などではない。私はな、この三十年というもの、この国の愚か者どもからないがしろにされ、しいたげられてきたのだよ。奴らにその借りを返さねばならん。街の一つくらいは滅びてもらわなければ割に合わん」


 この言い草にリョウは感情をほとばしらせた。


「お前、自分で何を言ってるのか分かってるのか? 何万人もの人を殺すことになるんだぞ。そんなの正気の沙汰じゃない!」

「何を言うか。これは天罰なのだよ」

「さっきから天罰天罰って、自分が神にでもなったつもりか? バカなこと言うのはやめろ」

「フン、この原始人どもにはそう映ることだろうよ。街が一つ消し飛べばな。ハハハ」

「……」


 これでは説得のしようがない。リョウは言葉を失って黙り込む。しかし、立ち並ぶコンソールを見た時、一つ気がついた。


「そうだ、キース。お前にミサイルの発射命令なんて出せるのか? 俺たちはただの研究員だろうが。管制コンピューターが言うことを聞くはずがない」


 だが彼は、唇の片側を釣り上げ不穏な笑みを浮かべた。


「それはどうかな」

「どういう意味だ?」

「まあ、見ていろ」


 そう言って、やや上を見上げて声を張り上げる。


「コンピューター、基地内の生存人員を確認しろ」

『基地内に生存している人員は2名です』

「私とリョウだけだな?」

『その通りです』

「よかろう。現在この基地は原因不明の攻撃により、地中に埋没、ならびに基地の人員のほとんどが死亡した。よって、軍基地運用規則の規定により、生存士官の中で一番位の高い私が指揮を取る。管制コンピューターは、以上を確認し、私の指揮下に入れ」


『状況確認中。基地の一部損壊ならびに埋没、総司令部とのコンタクト不可。人員の著しい減少を確認。非常事態とみなします。軍基地運用規則第37条3項付則4aの規定により、キース・ミルフォード大尉を次の指揮官と認め、リトルワース基地はこれより大尉の指揮下に入ります。リトルワース基地ヘようこそミルフォード司令官』


 このコンピューターの返答を聞いて、満足気にうなずいたキースは、呆気にとられているリョウを振り返った。


「……というわけだ。忘れていたかもしれないが、私は、お前と違って軍属の研究員だったのだよ。指揮権には継承順位があってな。指揮権を持つものが死亡すると、その順位に従ってそれが委譲されることになる。現在この基地内にいる中では私が最高位の士官なのでな。だから私はこの基地を探し続けたのだ。三十年かかったがな」


「……」


 リョウは、言葉も出なかった。この手際といいい、全ては計画済みなのは明らかだった。


「これで、基地は私のものとなった。さあ、どうだ? 共にアルティアが消し飛ぶところを見ようではないか」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 リョウは我に返り、慌てて引き止める。


「何だ? もう止めても無駄だぞ」

「そうじゃない。……なあ、いったいどうしたって言うんだ? なぜそんなに変わってしまったんだよ? あんたは、こんなことするやつじゃなかったはずだ……。アルティアは大都市だ。女子供だって多数いるんだぞ」

「……」

「一体何があった? 教えてくれ。何の復讐なんだ?」

「むう……」

「キース!」


 キースは、しばらくの間言うべきかどうか悩んでいるようだったが、頷いた。


「……まあ、よかろう。時間の無駄だが、急いでいるわけでもない。そんなに聞きたいなら話してやる」

「ああ、頼む」

「どこから話したものか……」


 彼は、しばらくの間俯いて考えていたが、やがて顔を上げリョウに向き直った。


「では、そもそもの始まりから教えてやろう。これを見ろ」


 そう言って、上着の右手の袖を、肌が見えるように肘のところまでずらした。そして、その腕を前に突き出して、リョウに示す。


「……っ!」


 リョウは思わず息を呑んだ。彼の腕には肘から手首にかけて何やらどす黒い模様があったのだ。何を表す模様かは分からなかったが、周りの皮膚が焼けただれた痕があった。その痕から考えて、それが焼きごての痕であることは間違いがなかった。


「こ、これは……」

「これは罪人の烙印だ。私はこれを目覚めてすぐにつけられたのだ」

「えっ?」

「私は、この世界でいきなり牢獄に入れられたのだよ」


 キースは袖を元に戻して上着を整えた。


「ど、どういうことだ?」

「思い出すのもはらわたの煮え繰り返る話だがな……」


 そして、彼はこれまでのことを話し出した。それは、おおよそ次のようなものであった。



 彼がこの世界で目覚めたのは、今から30年前、カレンに起こされたからだった。山の中腹に埋まっていたカプセルが土砂崩れのために土砂と一緒に流され、露出したらしい。そこを彼女に発見された。

 一万年が経過したという事実に動揺しつつも、カレンに連れられ街まで行き、二人はしばらく宿に滞在することになった。ところが、そこで問題が発覚した。


「私のBICが動いていなかったのだよ」

「え……」


 その言葉を聞いて、リョウはカレンと最後に会った時の会話を思い出した。


「……そういえばあの日、あんたのBICの調子が悪いから、病院に連れて行くって言ってたな」

「そうだ。そこでカプセルに入って治療中にこうなったのだ」

「じゃあ、この世界の言葉は……」

「自分で学んだのだよ」

「そうか……」


 それで、彼の話し方に訛りが感じられたのだ。

 キースが続ける。


 翌日、カレンが身の回りのものを買いに出かけた間、彼は周囲を見て回ろうと一人で宿を出た。ところが、ちょうど人気のない街道を歩いていた時、馬に乗った騎士の一団に出くわしたのだ。彼らは、キースにこの時代の人間とは異なる雰囲気を感じ取ったのか、話しかけてきた。だが、悪いことに、彼はこの時代の言葉を話すことができなかった。そのため、騎士たちに怪しまれ、どこかに連行されそうになった。誘拐されると思った彼は必死に抵抗するも、殴る蹴るの暴行を受け、その場に昏倒した。


 意識が戻った時、彼は、頑丈な鉄格子がはめられている石造りの牢獄に転がされていた。しばらくすると、お付きの騎士と共に、貴族のような身なりの者がやって来た。そして、鉄格子を挟んだ向こう側で、何やら羊皮紙のような巻紙を開き、相変わらず全く理解できない言葉で、彼に対する処分らしきものを読み上げた。すぐに、彼は牢から引き出され、別の部屋に連れて行かれた。そして、その部屋で暖炉の炎で赤々と焼かれた鉄の烙印を腕に押し当てられたのだった。激痛に叫びもだえるキース。だが、すぐにそばにいた神官らしき身なりの老人が、何やら祈りを唱えると、薄い緑色の光が彼の腕を包み、そして、痛みが消えたのだ。ただし、その烙印は消えなかった。


「それが、私が魔道を見た最初だった。それで私は、ようやく、自分が思ってもいない世界にいるのだと気がついた」

「……」


 リョウは頷いた。自分も、ガイウスやアリシアの魔道を見たときに同じ衝撃を受けたのだ。


 その後、彼は、他の囚人たちと荷馬車に載せられ別の場所に移された。そこは、巨大な宮殿の建設現場で、何百人もの人間が働いていた。彼も、朝から晩まで休みなく、来る日も来る日も奴隷のように強制的に働かされた。そして、そこで彼は言葉を覚えたのだった。


 結局、そこにいたのは1年ほどだった。宮殿が完成し、放免されたのだ。


「それから私は、旧文明の遺跡を探し歩いた。他の囚人から、私たちの時代の物品が、闇市場で高額で取引されていることを聞いていたのでな。そこで、遺跡から高く売れそうなものを持ち出しては売りさばいていたのだ」

「カレンの元には戻らなかったのか?」

「全く未知の世界で、ネットワークもないこの時代では、カレンの居場所など見つかるはずがなかろう。私自身、どこで目覚めてどこの宿屋にいたかすら分かっていなかったからな」

「……それは、そうだな」

「そして、私はいつの間にか大金持ちとなり、それと同時にこのリトルワース基地を探し始めた。これは思ったよりも困難だった。なにしろ、私のBICが壊れている上に、この呪われた時代ではろくな地図もなく、しかも地形も変わっているからな。だが、その過程で、さまざまな『旧文明』遺跡を発掘することになった。私にとっては、この基地以外の建物を発掘したところで何の役にも立たないのだが、この国では新たな遺跡を発掘すると功績とみなされるのだ。そして、いくつかの遺跡を発見したことで、私は有名になった。だが、私のおかげで遺跡が発掘され、旧文明の研究も進んだはずなのに、この国のやつらは、私に一番下の爵位と辺境の領地しか寄こさなかった。しかも、『国王陛下のお慈悲により、貴殿はアルトファリア国内の旧文明遺跡の調査を行うことを許可される』というお墨付きまで送ってよこしたのだ。やつらの言う『旧文明』のエリート科学者であった私にだぞ、私の時代の建物の発掘をいちいち許可してやるなど片腹痛いわ」


 話しているうちに感情が昂ぶってきたらしく、どす黒い顔が赤みを帯びてきた。そして、口調がだんだんと激しくなる。


「しかも、私は、きゃつらの言葉が母国語ではなく、出自も不明ということで、宮廷内でもないがしろにされてきたのだ。おまけに、貴族政治という太古のシステムのおかげで、能力が高くともまともな地位を得ることもできん。それにな、お前は、まだこの世界に来たばかりで知らんだろうが、魔道などという馬鹿げた力のせいで、科学が蔑まれているのだ。知っているか? この国の学者どもは、簡単な科学法則も知らんのだぞ。そのくせ、学ぼうとするどころか、科学を悪魔の技のように考えているのだ。一度、宮廷で火薬の実験をして見せてやったら、邪神教の使徒とみなされ、危うく投獄されるところだったのだ。愚か者どもめが」

「……」

「しかも、この国の貴族は、何かしらの魔道のたしなみがあるのが普通なのだそうだ。まったくもって下らん話だ。おかげで、魔道が一切使えない私は、完全な異端であり落伍者なのだよ。私の知識と能力があれば、科学を大きく発展させ、その結果この国も栄えるであろうに、この国の無能な野蛮人どもは、私をまるで出来損ないのように見下し、さげすんできたのだ」


 これまでつもり積もった鬱屈した感情が一気に吹き出したかのように、キースが顔を真赤にしてまくし立てた。


「どこで人類が道を間違えたのかは分からないが、我々の時代から一万年も経ってこの程度の世界しか作り上げられないなら、一度リセットしたほうがいい。そして、科学主導の世界を作り上げるのだ。そのために、私はこの基地を探し続け、今、ようやく見つけたのだ。私はこの基地を使って、まずは魔道などという馬鹿げた力の元締めであるアルトファリアを滅ぼしてやる。そしてこの世から魔道など消し去ってくれるわ。そうすれば、原始人どもも思い知るだろうよ、自分たちがバカにしている科学と、それを使いこなす私がいかに強大な力を持つかをな。いいザマだ。ワハハハハ」


 感情の高ぶりを押さえることができず、キースはヒステリックに笑い出した。


(人は……ここまで変わってしまうものなのか。キース……)


 リョウはただ黙ったまま、痛々しい思いでかつての親友を見つめていたのだった。



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