第23話 過去への帰還


「キースですって?」


 立ちすくむリョウのそばで、アリシアが虚を衝かれたかのように固まった。


「ん、誰だそれは?」


 アルバートが娘を振り返る。


「……リョウの親友で、お母さんのお兄さんよ」

「何だと? カレンの……兄……?」

「ええ。リョウに聞いたの。お母さんのお兄さんとは親友なんだって、名前はキースっていうんだって」

「なんと。……いや、ちょっと待て、ということは、ベルグ卿は旧文明人だったということか。しかも、彼がリョウの親友だと? うーむ……」


 アルバートも驚きを通り越して、途方に暮れた顔でベルグ卿に目を向けた。

 知らなかったとはいえ、ベルグ卿とはこの発掘調査を依頼されたときから何度も会っている。

 それに、カレンの兄であるならば、キースは自分にとって義理の兄、そして、アリシアにとっては伯父である。


「信じられん……」

「ちょ、ちょっと、待ってくだせえ」


 エドモンドが口を挟む。


「ですが、リョウさんの親友にしては年が離れすぎてやしませんかい? 同じ棺で眠って、この時代に目覚めたにしろ、妙な気がしますが……」


 その言葉にリンツも同意するように頷く。


「ええ、一つ上だって言ってたわ」

「なら……」

「いや、そうか、彼もまた目覚めるのが早かったのか。あの様子では、三十年ほど前に目覚めたのだな」


 カレンのことがあったためだろう、アルバートの理解は早かった。


「なんてこった……」

「ということは隊長」


 リンツが何かを思いついたように顔を上げた。


「もしかして、三十年前に見つかった空の棺というのは……」

「ああ。あれは空だったんじゃない。きっと彼が目覚めた後のものだったんだ」

「……」


 一同は、飲まれたようにベルグ卿と呼ばれる人物の姿を見つめた。


 そして、また、キースもリョウに気がついたようだった。


「どうしたのだ、騒々しい……」


 最初は、不埒な村人が自分を見ているのかと思ったのか、虫けらでも見るような冷たい目でリョウをにらみつけていた。しかし、突然、理解が頭に訪れたかのように、目が大きく開かれ、わなわなと肩が震えだした。


「お、お前は……、リョウ……。い、生きていたのか……」


 二人の視線がぶつかり合う。一体どんな思いがキースに去来したのか、その表情は、深い苦痛にひきゆがんでいた。彼にとってはこれが三十年ぶりの再会である。

 しばらくの間、激しい動揺の色が見えたが、やがてそれも消え、大声で笑い出した。


「フハハハハ、そうか、ここで見つかった旧文明人というのは、お前だったのか。それならここが私の探し求める場所だったというわけだ。とうとう見つけたぞ」


 そして、また笑い出した。それは、不快なものを感じさせる哄笑といってもいい。同時にリョウは何か強い訛りのような、耳慣れない発音と抑揚を感じ取っていた。


「まさか基地が湖の底に埋れていたとはな。どうりで見つからなかったはずだ」

「……」


 そのあざ笑うかのような哄笑も、あまりにも自分の知っている彼とは違う。親友の変貌ぶりに、リョウは言葉を発することができなかった。


「よかろう。グスタフ!」

「はっ」

「お前は魔道士たちと共に、ここでこやつらを見張っておけ。私はこの者と共に中に入る」

「ははっ」


 それを聞いて、アルバートが立ち上がり声を張り上げた。


「閣下、遺跡の中に入られるおつもりですか。危険です。まだ中に何があるかも分かっておらんのですぞ。いくらリョウをお連れになるといっても……」

「フン、中に何があるかはよく知っておるさ。私はこの施設には少々見覚えがあるのだ」

「なんと……、そ、それでは、私たちもご同行をお許し願いたい」

「それはならん。中にさえ入れれば、貴様たちなどに用はない」

「ベルグ卿!」


 あまりの言い草に、温厚なアルバートも色をなした。だが、キースは取り合わなかった。


「グスタフ、もしこやつらが妙なまねをしたら、かまわん、全員殺せ」

「はっ」

「な、何ということを……」

 

 呆然とするアルバートの眼前に、グスタフが威圧するように立ちはだかった。


「座れ。御前であるぞ」

「……」


 アルバートは言葉を失い、再びしゃがみこんだ。


「さあ、リョウ、来い。これから面白い見世物を見せてやるぞ」


 キースはほとんど上機嫌と言っていいほどの調子で、リョウに言った。


「しかし……」

 

 リョウは迷った。隣を見ると、アリシアが不安げな顔でこちらを見ている。

 彼が躊躇するのを見て、キースは侮蔑の表情を浮かべた。


「何だ、貴様、この未開人たちの仲間にでもなるつもりか。……なら、お前などに用はない。我が大願が成就するのをそこで見ておくのだな」

「何をするつもりだ?」

「さあな」


 陰惨な笑みを浮かべる。これを見れば、彼がろくなことを考えていないことは明白であった。


「知りたければついてこい。お前にはまだ利用価値がある」

「……」


『アリシア』


 リョウはリズを通じてアリシアに呼びかける。

 すぐに不安げな声が返ってきた。


『リョウ……どうするの?』

『キースをこのままにしておくことはできない。お前たちはここで待っていてくれ』

『でも……』

『大丈夫だ。やつが何を考えているか分からないが、止めるには俺も中に入らないとまずい』

『……分かったわ。気をつけてね』


 リョウは、アリシアに頷きかけると、扉のそばに立つキースのところに歩いて行った。


「それでいい。おお、そうだ、武器を捨ててもらおうか」

「何?」

「念の為だ。おい、確認しろ」


 キースがお付きの魔道士に向かって、リョウを顎で示した。


「はっ」


 魔道士二人がリョウの両脇からボディチェックをする。そして、レイガンとビームソードを見つけてキースに渡した。

 リョウは、心の中で舌打ちしたが、どうすることもできなかった。

 

「そういえば、お前は剣を使うのだったな。お前にふさわしい時代じゃないか」


 ビームソードを手でもてあそびながら、小馬鹿にした言い方で評する。


「……」

「フン。では、行こう」


 キースは扉の方に向き直り、横にある半透明の板に手のひらを当てた。

 すると、軽い金属のような音が鳴り、シュッという気体の漏れるような音とともに、ドアが自動で開く。


「扉が開いた!」


 驚きの声を上げる、リンツ。

 その声に気がついて、キースが肩越しに視線だけを向けた。


「原始人どもめが」


 吐き捨てるように言って、中に入っていく。

 リョウも無言で後に続いた。


 しばらくして、ドアがまた自動で閉まる。

 思わぬ展開に、ただ扉を見つめる一同。


「なんということだ……」


 アルバートがつぶやいた。




 一方、基地内に入ったキースとリョウは、無言で通路を歩いていた。コツコツと二人の足音が通路に鳴り響く。

 基地内の照明は落ちていたが、彼らが歩き出すと、それに合わせて少し先まで非常灯が点灯していく。そのため、薄暗い赤い光がぼんやりと通路を照らしている。これは、基地の動力がまだ生きていることを示唆していた。

 そしてまた、最低限の空調が動いているのだろう、一万年が経過した割には空気が淀んでいなかった。

 キースはどこか行くあてでもあるのか、速い足取りで進んでいた。リョウは遅れないようにその後ろをついていく。


 リョウにとっては、この通路を通るのは数日ぶりである。そして、ここが本当の自分の世界だった。しかし、久しぶりに戻ってきた自分の基地に思いを向ける余裕は今の彼にはなかった。


(もう、こいつは俺が知ってるキースじゃない……)


 彼の知るキースは、というより、つい数日前に会った時は、頭脳明晰で明るく、心根の優しい男だった。

 しかし、今、この『ベルグ卿』を見る限り、そんなふうにはまったく思えない。陰鬱な表情に、他を寄せ付けない冷酷な笑い、そして、荒々しく酷薄な振る舞い。中でも、何かあったら皆殺しにしろと命じたことは、あまりにショックだった。何もかもが自分の知っている彼とは対極である。


 彼に尋ねたいことは山ほどあった。だが、変貌した彼の性格が、リョウに躊躇させていた。


 心乱れるまましばらく歩いたところで、リョウは通路を曲がってシャトルリフトの昇降ホールに来たことに気がついた。

 シャトルリフトはいわばエレベーターの高機能版で、上下階だけでなく水平にも移動できるように作られている。基地が広大なため、移動時間の短縮のために設けられていた。


 キースがボタンを押し、リフトの扉を開いて中に入る。それは、詰めれば30人ほどが収容できるような比較的大きなものだった。リョウが続いて中に入り、キースの斜め後ろに立った。それを見て、彼が


「司令室」


 と命じる。軽い電子音が鳴って扉が閉まり、かすかな機械音と振動と共にシャトルリフトが動き出した。


 てっきり研究棟の何処かに行くのだと思いこんでいたリョウは思わずキースを見た。


「司令室に何の用だ?」


 二人は共に研究員であり、そんなところには用がないはずである。


「ついてくれば分かる」

「……」


 リョウは、彼が何も話す気がないのを感じ取り、しばらくの間黙っていた。しかし、やはり心の中で沸き起こる疑問を抑えることができず、思い切って口を開いた。


「なあ、キース。あんた、一体どうやってこの時代に目覚めたんだ? カレンに起こされたのか」

「そうだ」


(やはりか……)


 リョウは、キースの答えに納得した。

 三人が一万年の眠りから同時期に目覚めるという偶然は考えにくい。

 実際、現時点で知られている旧文明人は他にはロザリアしかいない上に、彼女とは千年も離れている。

 おそらく、たまたまこの時代に目覚めたのはカレンだけだったのだ。それから彼女はキースを起こし、そして、リョウを掘り起こそうとしたのだろう。


「だが、カレンとはその後、離れ離れになったのだよ。もう三十年は会っていない」

「それなら、カレンが五年前に亡くなったことは……」

「知らんよ」

「そうか……。流行病で亡くなったそうだ」

「……」


 キースは「それがどうした」と言わんばかりに鼻を鳴らした。

 もはや妹の生死すら何の感慨も生まないことが痛いほどよく分かる。


 やがて、シャトルリフトが停止し、電子音と共に扉が開く。リフトを降りるとそこは広大なホールだった。


 壁には巨大な地図や絵画が掛けられており、所々にテーブルや椅子が置いてあるが、基本的にはがらんとしていて、天井も二階分の高さがある。他に通路などもなく、突き当たりに大きな扉があるだけである。そして、それが司令室への入り口だった。

 キースは足早にホールを通り抜けその扉に向かった。リョウも後ろをついて行く。


 司令室の中に入ると、薄暗い非常灯の中、さまざまなコンピューターのコンソールやスクリーンなどが所狭しと備え付けられているのが見えた。リョウも一度だけ見学に連れて来てもらったことがあり、見覚えのある場所だった。

 向かって右側が正面であるらしく、壁いっぱいに巨大なスクリーンがいくつか取り付けられていた。

 そして、コンソールや小型のスクリーンなど、様々な装置の取り付けられた長いワークステーションが3列に並び、そこを持ち場とする兵士のために椅子がいくつも並べられていた。さらにその後ろは、やや高い位置にステージが設けられ、そこに、司令官用の机、作戦用テーブルや、いくつかの装置が置かれていた。


「おお……」


 キースは、感嘆とも歓喜ともつかない声を上げ、満足そうに司令室内を見渡した。


「フッフッフ。ここは何の損害も受けていないようだな」


 彼のその様子に、リョウは嫌な予感が湧き上がるのを感じた。


「お、おい、こんなところに来て何をするつもりだ?」

「まあ、黙って見ていろ。管制コンピューター起動!」


 キースが、声を張り上げてコンピューターを呼び出す。久しぶりに聞く、惑星標準語である。


 すると、


『管制コンピューター起動します』


 機械的な音声が室内に鳴り響き、同時に司令室内の照明が点灯した。コンピューターの画面やスクリーンを見やすくするために、照明の光度は低い。それでも、非常灯の暗さに慣れてしまっていたリョウはまぶしさのあまり手をかざした。同時に、さまざまな機器の電源が一斉に入ったらしく、そこかしこで光が点灯する。壁にある大小様々なスクリーンには、様々な幾何学模様の図形が映され、文字列が次々と表示され流れていく。さらに機器の駆動音や電子音などがあちこちで鳴り始めた。司令室は完全に生き返ったかのようだった。


『起動完了しました』

「いいぞ。実にすばらしい。全く当時のままではないか。わが国の科学力も捨てたものではない。三十年も探した甲斐があったというものだ」


 キースは勝ち誇った高笑いを響かせた。


「よろしい。現在の基地の被害状況を報告せよ」

『集計中……。基地の45%が地面に埋没、53%が水没しています。居住棟3階より上部が損失。動力供給が正常値の39%。シールド異常なし。各部浸水はありません』

「兵器システムに異常はあるか」

『兵器システムには異常ありません。ただし、ミサイルサイロ、ミサイルランチャーが埋没しているため、発射できない恐れがあります』

「発射できるミサイルサイロとランチャーを確認しろ」

『確認中。第1から第5番サイロまでは発射不可。第6から第8サイロは発射可能です。ミサイルランチャーは、第3番と8番だけが使用可能です』


「フフフ、これは思ったよりも悪くない。いや、一万年も放置されて、しかも埋没した状態でこれなら上出来だな」


 キースが満面の笑顔を浮かべるのを見て、リョウの不安は絶頂に達した。


「お、おい、いい加減に教えてくれ。一体何をするつもりなんだ……?」

「この国の無能どもに天罰を与えてやるのだよ」


 彼は、毒のある笑みを隠そうともせず答えた。


「天罰? ど、どういうことだ?」

「知れたことよ。ミサイルでアルティアを消滅させてやるのだ!」

「な、何だと……?」


 キースが高らかに宣言し、大声で哄笑するのを、リョウは悪夢のようにただ聞いているだけだった。


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