第26話 運命の日(1)


『司令!』


 突然、リョウの近くに持ち場のあった一人の士官が血相を変えて後ろを振り返り大声を上げた。


『何事だ、マリガン中尉』

『非常事態です。ヘインズ基地から巡航ミサイルが3発発射されました。弾道分析によると、着弾地は同基地から南に10キロメートルの都市、バーネット市の中心部であります!』


 その声に、司令室全体に一気に緊張が走った。あちらこちらで指示が飛び、兵士たちが持ち場のコンソールに向かってせわしなく動き出す。


『何だと?』


 司令と呼ばれた将官は、クラーク中将だった。リョウも、自分の研究のプレゼンテーションで直接話したことが何度かあった。すでに60近い年齢だったが、いかにも百戦錬磨の兵士といった趣で、かつ司令官としても有能な人物だった。


 彼は一瞬虚を突かれたようだったが、すぐに自分を取り戻し即座に指示を飛ばす。


『すぐにヘインズ基地に連絡して、ミサイルを自爆させろと伝えろ』

『了解であります』

『バーンズ少尉、こちらの迎撃ミサイルは間に合うか?』

『だめです。もう着弾まで40秒しかありません……』

『くっ、早すぎる……』


 長距離を飛んでくる他国からのミサイルなら、発射を探知してから着弾までに時間の余裕があるため、様々な対抗策を取ることができる。しかし、自国内の、しかも近隣から発射されたミサイルは短時間で着弾する。そのため、対応が限られることになるのだ。


『だめです。ヘインズ基地は応答しません』

『バーネット市に知らせろ』

『先ほどからやっていますが、市庁舎も警察・消防も連絡が取れません』

『一体どうなっとるんだ……。衛星映像をスクリーンに出せ。バーネットに向けろ』

『了解しました』


 正面のスクリーンが切り替わり、上空から見た大きな都市が映された。

 日光の加減から見て、まだ朝早い時間のようだ。

 無数の高層ビルが、日に照らされて美しい。この距離からははっきり見えないが、かなりの交通量と思われた。


『まさか本当に……』


 連絡は取れなかったが、ヘインズ基地もミサイルの誤射に気がついているはずだ。今頃、着弾させないように必死になっているだろう。しかし、もし、いずれの措置も効果がなかったら……。兵士たちはスクリーンを見入っていた。


『着弾10秒前』

『まだ、自爆する様子はないのか?』

『ありません。対空砲などによる撃墜も行われていないようです』

『何をやっておるのだ……』

『着弾まで4秒、3、2、1……』


 そして、兵士のゼロという声が聞こえるの同時に、スクリーン上部から三つの小さな影がものすごい速さで落ちてきた。そして、地面にぶつかった瞬間、巨大な爆発が立て続けに三つ起こる。あまりのまぶしさに、手をかざす兵士たち。リョウも、思わず目をそらした。

 そして、光が収まり、再びスクリーンに目を向ける。

 まず見えたのは、街の全てを覆うほどの煙だった。しかも、相当な高度にまで達しており、中が全く見えない。

 ジリジリとした時間が司令室内に流れる。

 だが、徐々に拡散し、街の様子が露わになった瞬間、リョウの息が一瞬止まった。


(こ、これは……)


 スクリーンに映し出されたもの。

 それは、ロザリアの記憶で見た焼け野原と同じような惨状だった。

 爆発の中心部では全ての建築物が吹き飛び、巨大なクレーターしかない。また、その周囲も爆風の影響か、ほとんどの建物が全壊から半壊の状態だった。そして、あちらこちらで火の手が上がっている。


『何ということだ……』


 クラークがスクリーンを見てつぶやいた。


 しばらくの間、司令室の兵士たちは言葉を失って、ただスクリーンの惨状を凝視していた。重い静寂が司令室を覆う。味方の基地が、あろうことか自国の都市にミサイルを撃ち込んでしまったのだ。死傷者はおそらく何万人、いや、もしかすると何十万人にも達するかもしれない。偶発的な誤射というにはあまりにも甚大な損害である。

 だが、そんな沈黙も、別の兵士の報告によって破られた。


『し、司令! た、大変であります……』

『落ち着け、中尉。何事だ?』

『は、はい。こ、今度はギ、ギルバード基地が、ミサイルを2発発射しました。着弾地はレディング市であります』

『何……だと?』


 クラークが、今言われた情報をなんとか理解しようとする前に、別の兵士が叫んだ。


『司令、さらに別のミサイルを確認しました。サウスエンド基地からミサイル発射、着弾地はハートフォード市であります』


 そして、このような報告はこれだけにとどまらなかった。すぐに、次から次へと味方基地から自国都市への攻撃が報告されたのである。


『なんだというのだ。みんな狂ってしまったのか。マリガン中尉、どこにでもいいから連絡を取って、現状を把握しろ!』

『だめです。先ほどから、ありとあらゆる機関に連絡を取ろうとしていますが、一つもつながりません。統合作戦司令本部も、首相官邸も全て連絡不能です』

『一体どうなってるのだ、どいつもこいつも』


 クラークは怒り狂った。


『発射された中で、こちらから撃ち落せるミサイルがないか確認しろ。一発でも着弾する数を減らすのだ』

『りょ、了解です』


 だが、本当の驚愕は次の瞬間に訪れた。


 何かがこの基地から発射されるような地響きがしたのだ。


『今度は何だ!』

『し、司令っ、4番サイロより、ミサイルが発射されました!』

『何だと? 誰も発射命令などだしておらんぞ』

『違います、ミサイルの発射シークエンスが勝手に始動したのであります』

『くっ、どこに向かった?』

『コース設定値確認中。出ました、こ、これは……、目標はケント市の中心部であります』


(ケント……)


 ケント市は、この基地から60キロほど離れた商業観光都市である。リョウも、非番の日には友人たちと、そしてカレンとも出かけたことが何度かあった。

 そして、それはまた……。


『ちょっといいかしら』


 急にリズの声が脳裏に響いてきた。


『どうした?』

『ケント市はロザリアのロックフォード研究所があったところよ』

『何だと? ということは、もしかして、今のが俺がロザリアの記憶で見たミサイルだったってことか……?』

『ミサイルの種類と、着弾時刻から計算するとそうなるわね』

『そうか……』


 彼女の記憶の中で見たミサイル攻撃はこのようにして行われたのだ。

 それは、無論、先程発見したバックドアを通じて何者かに仕組まれたことである。


 スクリーンにはいまこの基地から発射されたばかりのミサイルが映っている。

 リョウは複雑な思いでそれを見つめた。



『直ちにミサイルを自爆させろ! 何としても着弾させてはならん』


 クラークが必死の形相で叫ぶ。


『だめです、こちらのコマンドに反応しません。ガイダンス・システムによるコース変更も受け付けません。完全に制御不可能です。着弾まで2分』

『対空砲で撃ち落せ』

『す、すでに圏外であります』

『クッ』

『ケント市も周辺都市も一切連絡が取れません。全方位全チャンネル、すべてにおいてコンタクト不能。当基地は完全に孤立状態であります!』


『なんということだ……』


 クラークが頭を抱えた。そして、何かを悟ったかのように頭を上げ、一人つぶやいた。


『そうか……、これが他の基地でも起こっているのだな……』


 最初にミサイルを発射したヘインズ基地も、その他の基地も、みな同じように連絡も取れず孤立したまま、いきなりミサイルを発射してしまい、これ以上の惨事を防ぐため懸命に戦っているのだろう。それならこの状態も理解できる。


 そこで、リョウは気づいた。


(そうか……。バックドアが仕掛けられたのはこの基地だけじゃなかったんだ)


 それならこの惨状も理解できる。ただ、それが事実なら、ただのハッカーの仕業とは思えない。あまりにも損害が大きく、規模が大掛かりすぎる。


(考えられるのは、他国によるサイバー攻撃か……)

(それなら一理ある。報復される恐れはないからな)


 表向きは、単なる同士討ちである。仕掛けた国に被害が及ぶ恐れがない。言ってみれば、もっとも効率の良い戦争手段である。

 ただ、それでもこの基地が一万年も放置される原因にはならない。

 これだけではない何かがあったはずだ。


(うーん、今ひとつ釈然としないな……)


 だが、リョウには、そしてクラークにも感慨に浸る暇はなかった。

 士官の1人が声を上げたのだ。


『別の発射シークエンスが開始されました! こ、今度は第1番から第3番サイロです。制御不能。止められません!』

『ええい。ミサイル管制コンピューターをシャットダウンしろ。そして、バックアップに切り替えろ』

『無理です、一切反応しません。こちらのコマンドが完全にロックアウトされています』

『くっ。一体どうなってしまったというのだ……』


 事態はさらに悪化していく。


『司令、ヘインズ基地から新たにミサイル発射を確認。3発です』

『目標はどこだ?』

『目標は……、と、当基地であります! 到着まで1分45秒』

『都市を狙っているのかと思えば、今度は軍事基地か。空襲警報を鳴らせ。シールドを張れ。対空砲準備』

『了解。シールド起動。直ちに迎撃準備に入ります』

『司令! ヘインズ基地は、応答しません』


 別の兵士が、声を上げる。


『だろうな。構わん、向こうは当てにするな。こちらだけで処理するぞ』

『大変です! 新たに5発のミサイルがこちらに向かってます。着弾までおよそ2分。しかも、今度は、ウォーリック基地からです!』

『さらに、セントルース基地より、3発の巡行ミサイル。こちらに向かってきます。着弾まで、2分20秒』

『……どうやら我らは他の基地から嫌われていたらしいな』


 クラークはやはり肝っ玉の座った指揮官らしく、クスリとも笑わず冗談を飛ばしながら、近くのコンソールからマイクを掴み取った。


『司令官より、全兵士に告ぐ。総員第一級戦闘配置につけ。当基地はミサイル攻撃を受けている。非戦闘員については、地下シェルターに避難せよ。これは訓練ではない。繰り返す。これは訓練ではない』


 そして、マイクを元に戻して、声を張り上げた。


『統合作戦司令本部とは繋がったか?』

『ダメです。さっきから呼びかけていますが、司令本部も応答ありません』

『かまわん、出るまで呼び続けろ』

『ミサイル第一波、間もなくこちらに着弾します』

『対空砲の発射準備はできているか』

『対空砲発射準備よし』

『射程圏内に入ったら一斉に撃て』

『対空砲各員、射程内に入ったら一斉に撃て』


 士官の一人が、マイクに向かって、司令の命令を伝える。


『間もなく射程内に入ります』

『スクリーンに出せ』


 すぐさま正面の巨大なスクリーンに映像が映し出される。そこには飛行中の3発のミサイルが映っていた。


『射程内に入りました。各員対空射撃開始』


 その言葉と時をほぼ同じくして、スクリーンに対空砲のレーザー光らしき光がいくつもの線状に流れて行く。

 すぐに一つのミサイルをレーザーが貫き、爆発するのが見えた。

 そして、さらにもう一つも撃ち落とされる。だが、最後のミサイルにはなかなか命中しない。

 息詰まる時間が流れる。

 ようやく、レーザーの一条の光が、ミサイルの垂直尾翼に命中し根元から吹き飛ばした。だが、命中した箇所から煙が出るだけで爆発はしない。しかも、尾翼がなくなったため、飛行が不安定になり、ぐねぐねといびつな曲線を描いて飛び始めた。その、ランダムな弾道についていけず、対空レーザーは、全く的外れなところを通過していく。

 そして、基地の建物に直撃した。低い爆発音と振動が司令室に伝わってくる。


『損害を報告せよ。今のミサイルはどこに落ちた?』

『居住棟です。4階と5階が衝撃により吹き飛びました。3階は崩落の危険あり。2階以下は軽微な損傷のみです』


 スクリーンが切り替わり、居住棟を遠くから撮影した映像が映し出される。それを見た瞬間、リョウが息を呑んだ。


「こ、これは……」

「どうした?」


 怪訝な顔でキースが話しかけてくる。だが、すぐに気がついたように、うなずいた。


「そうか、お前の部屋は居住棟の3階だったな」

「あ、ああ」


 遠くから映された映像であるため、はっきりとは見えないが、リョウは、あの日の自分がいるはずの3階を食い入るように見つめていた。

 報告通り4階と5階が吹き飛んでしまっており、3階も天井が吹き飛んで、室内が晒されているようだ。


 建物が半壊したとはいえ、大都市を壊滅に追い込むようなミサイルが直撃したのである。シールドのおかげでこの程度で済んだのだ。


 そしてまた


(このせいで一万年の眠りについたってことか……)


 今、リョウは初めて、自分がこうなった理由の一端を知った思いだった。



『ミサイル第2波、第3波、対空砲射程圏内に入りました』

『対空砲各員、撃ち方始め!』


 クラークが叫ぶと、兵士がマイクに向かって、その命令を伝える。


『対空砲各員、撃ち方始め!』


 それを合図に、何条ものレーザー光線がミサイルに向かって飛んで行く。

 今度は、先ほどと違って、飛来してきた8発のミサイルを全て撃墜することができた。次々とミサイルが撃ち落とされる様子が映されていた。


 スクリーン上で、最後の一発が爆発したのを見て、クラークがほっと一息ついた。

 だが、この日のクラークに休息を得る暇はなかった。


『司令、大変です。こ、これをご覧ください』


 兵士の一人が叫びながら、コンソールをたたく。その声には、何か強い緊張と恐怖が感じられる。



 正面の巨大スクリーンに映し出されたもの。それは、ここまでの悲劇がまるで序章でしかなかったと思わせるほど、まさにこの世の終わりを示していた。


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