第19話 ロザリアの記憶(2)



 一方、映像の中のロザリアたちは、階段を下りて地下に向かっていた。時折響いてくる爆発音と振動は、地下に下りると幾分静まっていた。二人は廊下を走り、突き当たりの扉の前で止まった。ジョンソンが扉の横にあるIDチェッカーに番号入力すると、扉が横にスライドしていく。扉は相当に分厚く、低い駆動音を響かせながらゆっくり開いていく。


 中は大きな倉庫らしく、コンテナや様々な装置類が保管されていた。そして、一番奥にコールドスリープカプセルとよく似た棺のような装置が置かれていた。


 二人は、カプセルのところまで走っていく。


 ジョンソンが手慣れた手つきでコンソールパネルを操作すると、カプセルの上蓋が右側から上部に開いた。


『よし、入ってくれ』


 ジョンソンに促され、ロザリアはカプセルの中に入り仰向けに横たわった。

 倉庫の天井と、開いたカプセルの上蓋、そして、ジョンソン博士がリョウにも見える。


『このカプセルはかなり丈夫に作ってある。シールドも張れるしな。安心して、中で眠って待っていてくれ』


 博士が、またパネルを操作すると、カプセルの上蓋が上からゆっくりと閉まり始めた。


『お父さんは、どうするの?』


 蓋が閉まり切るまでに話さないといけないと思ったのか、やや早口で、ロザリアが尋ねた。


『私は一旦上に戻って、生存者がいないかどうか確認して、またここに戻ってくる。心配するな、シェルターほどではないがこの倉庫は結構頑丈なのだよ』


 ジョンソンは安心させるように、ロザリアに微笑みかけた。


 だが、その時、物凄い爆音が頭上で聞こえ、同時に天井がガラガラと崩れてきた。様々な建材や瓦礫が頭上から降り注ぐ。


 カプセルに横たわったまま、ロザリアが叫び声を上げる。


 彼女は、カプセルから出ようとしたのか、激しく身をよじったが、何かに固定されているようで、起き上がることができない。


『お父さん!』

『出るな!』


 ジョンソンは叫んでロザリアを制した。


『いいか、ロザリア。お前だけは、生き延びてくれ。私はお前を二度も失いたくないのだ』


 彼は、カプセルの端で体を支えながら、コントロールパネルを操作した。幸い、彼らには大きな瓦礫は落ちてこなかった。だが、これまでの攻撃で建物の構造がかなりもろくなっているのは間違いなかった。


『リズ、今のジョンソン博士の言ったのはなんの話だ?』


『えっとね、生身の人間としてのロザリアは病気で亡くなってるわ。だけどジョンソン博士は、一人娘を亡くしたくないという一心で、ロザリアが亡くなる直前に脳をスキャンして、実験段階だったアンドロイドシステムにコピーしたようね』


(……そういうことだったのか)


 そして、蓋が完全に閉まった。コールドスリープカプセルとは異なり、上蓋の上半身部分は透明な材質でできており、中にいるロザリアは棺で視界が遮られながらも、外の様子を見ることができた。ただし、音は完全に遮断されているようで外部の音はリョウの耳には聞こえてこなかった。



 そのとき、カプセルが大きく揺れ、それにあわせて映像も激しく動いた。建物にミサイルが直撃したらしい。同時に、天井が一気に崩れてくるのが透明の部分から見える。


 血だらけのジョンソン博士が上から蓋をのぞき込んだ。


『お父さん! お父さん!』


 ロザリアは、泣きわめいた。もう体は完全に固定されているのかビクともしない。


 上蓋の向こうに見えるジョンソン博士は、頭から血を流しながらも、娘を慈しむような微笑みを浮かべて、ロザリアをのぞき込んでいた。そして、顔を上蓋のそばに寄せ、まるでロザリアのほほに手を当てるように両手を上蓋に置き、何か言葉を言った。音が遮断されているため、何を言ったのかは聞こえなかったが、唇の動きから、『愛しているよ』と言ったのは間違いなかった。


『お父さん、私……』


 ロザリアが何かを言おうとしたとき、天井から落ちてきた巨大な塊がジョンソンの後頭部に直撃したのがまともに目に入ってきた。その衝撃で、彼の頭部が上蓋に激しく打ち付けられる。ジョンソンは白目を剥き、血の跡を残しながらそのままズルズルと倒れ、ロザリアの視界から消えていった。


『いやぁぁぁ、お父さん!』


 ロザリアが泣きわめく声がリョウの耳に痛いぐらいに響いてくる。もうあの様子では、ジョンソンが生きている可能性はないだろう。


 そして、彼女の内部コンピュータと思われる声が聞こえてきた。


(メンテナンスモードに入るため、シャットダウンします)


 やがて、ロザリアの意識がなくなっていくようで、視界が暗くなった。


 最後に


『お父さん……』


 というロザリアのつぶやきがリョウに聞こえた。


 そして、映像は終わった。


 まぶたに何も映らなくなり、リョウは目を開ける。

 だが、しばらくの間、自分の体が硬直したかのように身動きが取れなかった。

 さきほど見た、焦土と化した街の様子が脳裏に蘇る。


(まさか、街が壊滅するような攻撃を受けているなんて……、そして、攻撃したのが俺の基地だったなんて……)


 自分がこうなった原因について、ある程度の予測と覚悟はしていたつもりだった。しかし、自分の基地を含む複数の基地が、自国の都市に対して攻撃を行ったなどというのは、夢にも思っていなかった。その分だけショックは大きい。


 なぜそんなことが起こったのか、そして、世界の他の地域ではどうだったのか、分からないことが多すぎる。何よりも、これだけでは、なぜ自分が一万年も放置されたのかが分からない。攻撃が行われたときにロザリアの町にいたのならともかく、自分がいたのは攻撃した基地の方である。


(一体何が起こったというんだ……)


 リョウはロザリアの記憶ファイルを再生する前よりも、疑問が増えただけのような気がしていた。


 その時、ふとアリシアが腕に寄りかかって来たのを感じた。

 微かに震えているのが分かる。


「大丈夫か?」

「え、ええ……」


 リョウは彼女を見てハッと胸を突かれた。

 彼を見上げるアリシアの目は涙に濡れていたのだ。


「お前……」

「ごめん……なさい、でも、私、こ、こんなのって……。こんな……」


 軽いショック状態で心が千々に乱れているようだ。言葉にならない思いが溢れて混乱しているように見える。リョウにとっても衝撃的な映像だったのだ、動画すら見たことのない彼女にとってはよほど負担になったろう。

 彼女の目からはらりと一筋の涙がこぼれおちる。

 リョウは、それを指で拭った。


「アリシア……、いいんだ……ほら」

「あ……」


 そして、そのまま彼女の体を引き寄せて、そっと抱きしめた。

 彼女の体は淡雪のように儚げで、力を入れると消えてなくなりそうな感覚になる。

 できる限り優しく背中に手を回した。

 アリシアは、リョウの胸に顔を埋め、肩を震わせ静かに嗚咽している。


「……」


 リョウは何も言わず、そっと彼女の背中をなでてやる。

 数分はそうしていただろうか。やがて嗚咽が止み、震えが止まった。そして、しばらくリョウの胸にじっととどまった後、彼女は体を離した。


「ありがとう。少し落ち着いたわ。ちょっと恥ずかしいところを見せちゃったわね」


 涙を拭いつつアリシアが照れ笑いを浮かべた。


「あんなものを見たんだ。無理もないさ」

「……この子は、こんな恐ろしい目に遭ったのね……。それなのに、あんな朗らかに、それに騎士たちの前であんな立派に振る舞えるなんて……」


 アリシアは、ねぎらうように、ロザリアの腕に自分の手を重ねる。


「……そうだな」

「それにあの街の様子……。初めて、旧文明時代の様子が分かったけど、リョウ、すごい世界から来たのね」

「そうか?」


 てっきり、科学力が進んでいることを言われたのかと思ったリョウだったが、アリシアの感想は異なるものだった。


「前に、魔物に襲われた時に、あなたは『ここは怖いところだ』って言ってたじゃない? けど、私から言わせれば、巨大な兵器が天から降ってきて、街を焼き尽くし人々の命を奪うなんて、魔物なんかと比べ物にならないくらいの地獄絵図よ」

「え」

「あっという間に街が壊滅して焼け野原だし、あれだと女子供関係なく皆殺しよね? そんなのこの時代じゃ考えられないわ。もちろん戦争もあるにはあるけど、こんな酷いの聞いたことない。しかも、それをやったのが自国の軍隊なんでしょ」


「い、いや、そんなこと滅多にあるわけじゃない」


 素朴な疑問をぶつけられて、リョウはたじろいだ。

 慌てて、普段は平和だったのだと説明するが、アリシアは納得した様子ではなかった。


「そお? でも、そんなものがいつ飛んでくるかわからないなんて恐ろしいわよ。リョウの時代って、こう言っては申し訳ないけれど、進んでる割になんだか野蛮に思えるわ」


「え、そ、そうかな……」


 まさか、この時代の人間から野蛮などと言われるとは思いもかけなかった。だが、言い返すことは出来なかった。よく考えれば、一理あると思ったのだ。一度で何十万人も死に至らしめることができる兵器を、それこそ何十万発も持つ世界。もし全弾撃ち尽くせば、人類を100回絶滅させてもおつりが来るのだ。それを野蛮だと言われれば、なんと反論できるだろう。


(それにしても……)


 ふと、リョウはロザリアに目を向けた。


(……起こったのがこれだと、思い出したくないというのは、当然だな……)


 いきなり自分の街や研究所が自国の基地から攻撃を受けて壊滅状態になった上に、目の前で父親が亡くなり、自分だけが生き残るというのは、相当なショックであろう。しかも、これが九千年も眠りにつくことになる直接の原因なのだ。


(辛いことを聞いて悪かった)


 リョウは心の中で彼女に詫びる。

 そして、しばらくの間、二人は、それぞれに物思い耽りつつ、並んでロザリアの寝顔を見つめた。


「……」

「……」

「そろそろ行くか」

「……そうね」


 まだ二人とも衝撃から立ち直った訳ではなかったが、ここに長居もできない。リョウは、アリシアを促し、ともに祭壇を離れ本殿の出口に向かった。


 出口の前で最後に振り返った時、ロザリアが相変わらず眠っている姿が見えた。

 おそらくこの後も幾星霜の間、こうやって横たわっているのだ。


(何という数奇な運命なのだろう……)


 アンドロイドになって、九千年後に目覚めて、神の使いとしてたてまつられる。これほど激動の人生も他にないだろう。そして、多少なりとも似たような経験をした者として、ロザリアに対して強い共感が生まれていた。


(つまらん用事で起こしちまって悪かったな。次に目覚めるときは、幸せになってくれ)


 そう願って、リョウは本殿を出たのだった。



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