第18話 ロザリアの記憶(1)


(これは何だ? 床か?)


 建物の床らしいものが、至近距離でやや横から見るようにアップで映されている。そして、そのそばに床の上で伸びたロザリアらしき女性の手が見えた。


 記憶ファイルの映像は、ロザリアが見たものがそのまま記録されている。つまりこれは、彼女が床に倒れていることを示していた。


『うぅ……』


 さらに、彼女の苦しげなうめく声が聞こえてきた。


(一体、何が起こってるんだ?)


 映像はロザリア視点であるため、彼女が倒れている限り、周りの様子が分からない。ジリジリとした気持ちでリョウは待つ。


 そして、ようやく彼女がふらつきながら立ち上がると、それに合わせて部屋の全体像がリョウの目に飛び込んできた。


(こ、これは……?)


 それはまさに爆発直後の建物の中という様相を呈していた。


 元は広い研究室だったようだが、崩落してきたらしい建材や何かの残骸らしきものがいたるところに散らばり、さまざまな機械類も倒れて破損している様子が見て取れる。

 だが、瓦礫と砂埃に視界を遮られ、隅々まで見渡すことができない。しかも、そこかしこで炎と煙が上がり、激しく放電している音も聞こえてくる。


(事故か?)


 もし事故であっても、これだけの大惨事を引き起こすためには相当な規模であったはずだ。


 ロザリアが辺りを見回すと、周りに数人の研究員らしい白衣を着た人物が倒れているのが見えた。血を流している者、倒れてきた装置の下敷きになっている者もいる。


 彼女は、そのうち自分の近くで仰向けに倒れていた一人に駆け寄って、血だらけの体を揺さぶった。


『エマ、エマ、しっかりして』


 しかし、その女性は目を開けたまま口から血を流し、身動き一つしなかった。すでに亡くなっているようである。


 ロザリアは、さらに別の男性研究員に駆け寄り、抱え起こそうと手を伸ばす。

 だが、鋭く息を呑み、伸ばしかけた手を引っ込めた。

 首がありえない角度に曲がっており、すでに死亡していてるのが明白だったのだ。


 彼女は、再び立ちあがったが、足がすくんだかのように動かなくなった。



 その時、リョウは、自分の右腕が掴まれるのを感じた。アリシアだ。

 目を開けると、彼女はぎゅっと目を閉じ、真っ青な顔でうつむいている。

 それもやむを得ない。なにしろ、映画すらない世界でいきなりこの映像だ。彼女には刺激が強すぎるのだ。


『リズ、映像を消せ。送信もストップだ』

『了解』


 リズに命じて、アリシアに話しかける。


「アリシア、大丈夫か?」

「え、ああ、うん、大丈夫よ……」

 

 彼女は目を開けてこちらを向くと、気丈に答えたが、顔は青ざめたままだ。


「あ、ごめんなさい」


 そして、リョウの腕を掴んでいたことに気がついたのか、慌てて手を離した。


「いや、それは構わんが、無理しなくていいんだぞ。少し、休むか?」

「ううん。続きが見たいわ」

「そうか。なら、俺の腕を掴んどけ。気休めにはなるだろ」


 リョウは、アリシアの手を取り、自分の右腕を掴ませた。


「あ……。うん。ありがと。こうしてると落ち着くの……」


 アリシアは、少し恥じらいながら腕を取り、そして、そっと体を寄せてきた。

 そのいじらしさに、愛しさが溢れそうになるのをかろうじて抑える。


「……よし、続きを見るぞ」

「ええ」

 

 二人は目を閉じる。

 

『リズ、続きを頼む』

『了解』


 すぐに、先ほどの場面が瞼の裏に映し出された。

 ロザリアが立ちつくすところからだ。


(それにしても……、この有様、一体何が起こった……?)


 地震や事故とは考えにくい。

 だが、リョウの疑問はすぐに解けた。


 突如、甲高い飛翔音が頭上から聞こえてきたと思ったら、猛烈な爆発音とともに、研究所全体が激しく揺れたのだ。


 それまで倒れずに残っていた機械類も次々と倒れ、天井からパネルなどの建材が雪崩のように落ちてくる。壁もいくつか倒壊し、それに伴い、上の階の床が激しい音をさせ、埃を巻き上げながら崩落してきた。

 ロザリアの悲痛な叫び声が脳裏に響く。激しくよろめいたのか、視界が大きく揺れた。


(まさか、ミサイル攻撃?)


 あり得ない話ではない。自分の居住棟もミサイル攻撃で吹き飛んだのだ。


 その時、ロザリアの背後から男性の大きな呼び声が聞こえてきた。


『ロザリア、こっちだ!』


 彼女が振り返ると、瓦礫の向こうに、白衣姿のいかにも学者然とした50代ぐらいの男性が立っていた。どこからか走ってきたらしく、息を切らしている。また、あちこちを怪我しているようで、顔や手から血を流し、白衣も血と泥や油などで激しく汚れており、品のよい灰色の口ひげも一部血に染まっていた。


『ああ、お父さん!』


 瓦礫を避けながらその男性の方に走っていき、胸に飛び込む。


『ロザリア、大丈夫か?』

『うん……。でも、エマたちが……みんな……』

『そうか……』


 その様子を見てリョウは、リズに尋ねた。


『リズ、これは誰だ? ロザリアの父親か?』

『そうよ。データベースに記録があるわ。この子の父親であるジェームズ・ジョンソン博士ね。博士はこの研究所の所長でもあるのよ』

『そうか。じゃあ、ジョンソン博士は自分の娘の脳をコピーしてアンドロイドにしたんだな……なぜ、そんなことを……』


 腑に落ちないまま、再び動画に意識を向ける。


『とにかく、ここは危険だ。行くぞ』

『う、うん』


 ジョンソンがロザリアの手を引っ張って走っていく。

 その途中で大きな窓の前を通り、彼女がそちらに目を向けたしく、その光景が一望できた。

 リョウは息を呑んだ。


『こ、これは……。リズ、映像を止めろ!』


 映像が瞬時に止まり、静止画像になった。


 研究所は小高い丘の上にあり、ロザリアたちはその4階か5階にいるようで見晴らしはよかった。そして、そこから見下ろす街は……。


(ああ、神よ……)


 特に、信心深いわけではないリョウですら、思わず神に祈りを捧げてしまうほどの惨状が眼下に見える。


 それは、まさに焦土だった。


 高層ビルの残骸、無数の瓦礫、そして、いたるところから火の手が上がっている。


 無傷で残っているどころか、半壊で済んでいる建物すら全くなかった。この街の元の姿を知っているわけではないが、この瓦礫を見れば、比較的大きく、栄えていた街だったことが分かる。高層ビルも多数建っていただろう。それが、完全に平地に見えるほど何も残っていなかった。それどころか、ミサイルが着弾した箇所だと思われる大きなクレーター状のくぼみがいくつもできていた。


(なんでこんなことに……)


 暗澹たる気持ちで、脳裏に映された画像を見つめる。街はすでに壊滅状態であり、生存者もほとんどいないのは明らかだった。ロザリアがいるこの建物が半壊で済んでいるのが奇蹟と言っていいくらいだ。


『……リズ、再生を続けてくれ』

『了解』


 再び、映像が動き出す。


 そのとき、リョウは見た。


 何か流線型の物体が猛烈なスピードで空から飛んできて、今ロザリアたちがいる建物のすぐそばに落ち、爆発したのだ。


 その瞬間、耳をつんざくような爆発音とまぶしい閃光、そして、激しい振動とともに、爆風で窓ガラスが吹き飛んだ。

 叫び声をあげながら、窓のそばにいたロザリアとジョンソン博士が吹き飛ばされる。リョウが見ている映像もそれに合わせて激しく動いた。


 うめき声を上げながら、ロザリアが顔をあげると、ジョンソンもよろよろと起き上がろうとしていた。ガラスの破片で切ったらしく顔から出血していた。


『お父さん、大丈夫?』

『大丈夫だ。ガラスで表面を切っただけだ。それより、お前は大丈夫か?』


 ジョンソンが立ち上がり、白衣の袖で顔を拭う。袖が赤く染まる。


『私は大丈夫よ』

『よし、では急ごう』

『どこに行くの?』

『地下倉庫だ。そこに予備のメンテナンスカプセルがある。お前はその中で隠れていなさい。起こせるような状況になったら、また起こしてやるから』

『わかった……』


 ジョンソンとロザリアは、近くの階段に向かって走り出した。


『お父さん、何が起こっているの……?』


 階段を駆け下りながら、ロザリアがジョンソンの背中に向かって尋ねる。


『先ほど、攻撃を受ける前に非常警報が市内全域に発令された。どうやら、ミサイル攻撃を受けているらしい……』

『そんな、一体どこから……?』

『……リトルワース基地だよ。レディング市の北にある』


 ジョンソンがロザリアを振り返り、苦渋の表情で答える。


『えっ? どうして? 私たち、自分の国の基地から攻撃されてるの?』


 ロザリアが驚いた声を上げた。それはそうだろう、自分たちを守るはずの軍事基地が、あろう事か自国の町に攻撃を仕掛け、壊滅させてしまったのだ。

 だが、彼女のその驚きも、リョウが受けた衝撃に比べれば、何でもなかった。


(今、リトルワース基地って言ったな? まさか、そんなこと……)


 あまりの事実にリョウの心は激しく動揺する。そして、まるでその事実を伝えたジョンソン博士に反論するかのように、感情的な思考がほとばしった。


(何を馬鹿なこと言ってるんだ。そんなことあるわけないだろうが……)

(リトルワースは……、俺がいた基地だぞ!?)


 リョウはもう少しで叫び出しそうなのをあわてて押さえる。それでも、ショックやら悔しさやら不信やらで、心の中がぐちゃぐちゃになるのは止められなかった。


 自分の基地が、この惨劇を引き起こしていた。


 しかも、それが事実なら、自分はコールドスリープ中だったとはいえ、その場にいたことになる。


 いきなりそんなことを言われても納得できるはずがない。



(何かの間違いだ。そんなこと絶対ありえない……)



 自分はただの研究員だったが、その基地に配属されていた兵士や士官の中にも知り合いは大勢いた。彼らはみな、自分の命に代えてでも母国を守りたいという誇り高い軍人だった。それが、たとえどんな理由があろうとも、自国の街をミサイルで壊滅させ、守るべき人々を死なせるなど想像すらできない。


 だが、動揺しつつも、同時にリョウは思い出していた。このたった数日の間に、一体自分にどれだけ『ありえない』ことが起こったのかを。


『……リズ。今の攻撃が、本当にリトルワースからのものかどうか確認できるか?』

『解析中……』


(頼む、間違いであってくれ……)


 祈るような気持ちで、リズの分析を待つリョウ。だが、その結果は最悪だった。


『解析したわよ』

『報告しろ』

『先ほど映像に映っていたミサイルの形状と、弾道から計算すると、発射地点はリトルワース基地第4番サイロ、発射されたミサイルはMA-4型よ』


『……くっ、なぜだ……、なぜこんなことが……』


 何がどうなったらこうなるのか、全く理解できない。

 リョウは激しく混乱していた。


『ただし……』


 それに構わず、リズが続ける。


『な、なんだ、まだあるのか?』


『ただし、それ以外で着弾したミサイルは、他の基地から発射された可能性が高いわね。おそらく、複数の基地による同時攻撃だと思われるわ』


『なん……だと?』


 言われたことが頭に落ちてこず、思わず問い返す。

 リズが改めて説明するが、もはや一言も耳に入ってこなかった。


 複数の基地が、自国の都市を同時に攻撃する。そんなことが起こりうるのか。リョウの思考は混乱の極みに達していた。一つの基地の一発の誤射ならまだ理解できるが、これはさすがに理解できる範疇を超える。


(一体何が……、どうしてそんなことに……)


 このあまりの事実に、もう考える気力もなくして、リョウはただ呆然と脳裏を流れ続ける映像を見つめていた。


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