第20話 ヴェルテ騎士団総長
本殿を出た二人は、そのまま小ホールの中をゆっくりと歩いていた。
疲労のせいかアリシアの足取りが重く、時折、辛そうな様子を見せるため足早には歩けない。
リズの映像を受信するのが、彼女にとっては思ったより負担だったようだ。
「大丈夫か?」
リョウは、彼女の肩を抱きかかえながら気遣う。
「ええ、ちょっと疲れただけよ」
「とりあえず、どこかで茶でもするか」
「そうね。さすがに私も休みたいかな……」
なかなか弱音を吐かない彼女が、休みたいと言うのは余程体調が良くないと思われた。
二人が、神殿の入口となる小ホールを出た時、数十段の石段の下で先ほどの騎士団が整列しているのが見えた。
ロザリアの言いつけ通り神殿からは出たものの、立ち去らなかったらしい。
しかも、ざっと見たところ百人以上に増えている。
それだけではない、周囲には人だかりができていた。神殿の前は大きな広場になっていて、まだぎっしり埋まっているほどではないが、かなりの人数が集まっている。早くも相当な騒ぎになっているようだ。
騎士たちが人々を神殿に近づけないように、人垣を作って周囲を囲んでいるため、神殿に入ろうとする者はない。ただ、ざわざわとこちらを見ているだけだ。
(まずいな……)
自分の存在がどんな波紋を起こすか分からない中、これ以上表沙汰になるのは避けたかったのだ。だが、この状況では、いやでも目を引く。
ほとんど衆人環視と言っていいほどの注目の中、リョウはアリシアを支えながら、一つずつ石段を降りていった。
中程の踊り場まで来た時、騎士団副総長のロベールが大慌てで階段を駆け上がって来た。
一瞬、まだ自分を狙っているのかと身構えたが、そうではなかった。
「リョウ……殿。ロ、ロザリア様は、どうなされた?」
ロベールが勢い込んで尋ねてくる。
その物言いと態度から、リョウには敵意どころか興味もなく、ただひたすらロザリアの様子を知りたいだけだと知れる。
いくぶん言葉遣いが丁寧なのは、ロザリアが、二人を自らの下僕だと言ったからだろう。
「おう。再び眠りについたぜ」
「な、何と。やはり、そうでしたか……」
「もともと、今日、目覚めるはずじゃなかったんだよ。だけど、お前らが俺たちを殺そうとするから、止めに起きただけなんだろうさ」
「なるほど、ということは……」
その瞬間、ロベールの目に物騒な光が宿るのが見えた。リョウは、慌てて付け加えた。
「ちょっと待った。ロザリアを起こすために、もう一度俺たちを殺そうとしてもダメだぜ。次は、この国から去るって言ってたろ」
「……そうか。そうでしたな」
ロベールががっくりと肩を落とす。
「全く、とんでもねえな」
苦笑いしつつ、ロザリアに送った指示にこれを入れた自分の機転を心の中で自賛する。
「そういうことなら仕方ありませんな……」
ロベールは、気を取り直したように、石段下の部隊に手を上げて合図した。
すると、二十人ばかりの騎士たちが階段を上がって来て、そのままリョウたちを通過し神殿の中に入っていった。
「これから高官の方々も交えて奇跡の検証が行われるのです」
「なるほどね」
「おお、そうだ。今しがた、我が騎士団の総長が出先から戻って参りまして、ぜひ、リョウ殿に御意得たいと申しておりますが、少々お時間を頂けますかな」
「ん? ああ、構わねえぜ」
「では、こちらに……」
石段を降り、引き合わされたのは、リョウとアリシアがともに知る人物だった。
「よう、小僧。大変だったな!」
「えっ……」
「ガイウスのおっさんじゃねえか……」
それは、発掘隊の警護役、ガイウスだった。
普段の黒尽くめの服ではなく、ロベールと同じ神官の白いローブにマントを羽織っている。
「ちょっ、ちょっと、どうなってるのよ? 何でガイウスさんがここに……というか何でそんな格好を……」
「おっさんは、こいつらの仲間なんだよ。というか、総長か。そこまで偉いさんとまでは思ってなかったぜ」
リョウは、先ほど自分で気がついたこともあって、アリシアほど動揺していなかった。だが、総長とやらに文句の一つも言ってやるかと思っていた矢先に肩透かしを食らった気分だった。
「やはり気づかれてたか」
「まあな」
「ちょっと待ってよ。だって、ガイウスさんは、私たちの警護役で、それで……」
アリシアは、まるっきり理解できないという様子である。
ガイウスがニヤリと笑う。
「すまねえな、悪く思わねえでくれ。これもわしたちの仕事でな。別にお前さんたちに恨みがあったわけじゃない。こんなことになったが、むしろ、わしとしては小僧も嬢ちゃんも気に入ってたんだよ」
「うーむ。処刑されるところだった身の上としては、納得しずらいものはあるが……」
「まあ、そう言うな。上からの命令じゃ仕方なかろう」
その言葉には真実の響きが感じられた。本当に自分たちのことを気に入ってくれているのだろう。だが、同時に、信仰を守るためなら冷徹に殺害を企てることができるというのも、事実だ。
「ま、そういう筋が通ったのは、嫌いじゃないがな。むろん、それは『自分が処刑されない限り』というのが加わるが」
「ハハハ、そりゃそうだ」
ガイウスは陽気に笑い飛ばした。
彼は竹を割った性格であり、二心がないこともよく分かる。
「それで、これからどうなるんだ。まだ俺たちは狙われてるのか」
ガイウスが首を振った。
「いや、お前さんの件は一旦白紙になった。だから、安心してくれ。嬢ちゃんもだ、というか嬢ちゃんは本来ならこの件とは無関係だからな。今後の成り行きは、教団の枢機院で決められるが、ロザリア様のお言葉がある以上、我らは従うしかない。というより、ロザリア様が目覚めたのというので、上を下への大騒ぎでな、もうお前さんの処遇なぞこの際どうでもいい、と言っちゃあれだが、二の次になってしまったんだよ。ロザリア様が、リョウを下僕というなら、もうそれでいいってことになるだろう。まあ、わしもお前さんを殺さずにすんでホッとしとるよ」
「その割には、ロベールが念入りに数十人の兵を連れて来たぜ?」
リョウが皮肉な笑いを浮かべる。
「そりゃあ、命令は命令だし、お前さんがかなり強い戦士であるとは奴には伝えてあったからな。実際、お前が勝ったんだろう?」
「アリシアの魔道込みでな。俺一人じゃ、危なかったさ」
「ロベールの話では、魔道なしの純粋な勝負なら五回は斬られてたって話だったぞ。まあ、なんにせよ、生き延びたんだ。まずは
「何が重畳なんだか……」
リョウは苦笑する。
ガイウスの物言い自体は、この状況を面白がるものだったが、同時に、本当に安堵している様子も伺えた。やはり、彼なりの葛藤はあったのだろう。
「まあ、これ以上狙われないなら、文句はないさ。で、俺たちは現場に帰りたいんだが、構わないだろうな?」
「ああ。ただ、リョウ、お前にはすぐに教団と話をしてもらうことになるだろう。もしかすると、王宮からも呼び出しが来るかもしれん。それまでは、発掘現場にいてもらったほうが騒がしくならずにすむ。さすがに、ロザリア様が目覚めたなんて話は、市民には隠しきれん。この有様だ」
ガイウスが周りを指し示すと、つい先程よりも人が集まってきたのは明白だった。
「分かった。ところで1つだけ聞きたいことがあるんだが」
「何だ」
「あんたは何で親父さんの発掘隊に潜入してるんだ? 別に俺が埋まってるって知ってたわけじゃねえだろ」
「ああ。お前が掘り出されたのは予想外だった。とは言っても、アルバートや嬢ちゃんたちが狙いでもない」
「というと?」
話に引き込まれて、リョウが身を乗り出した。
アリシアも隣で熱心に耳を傾けている。
「わしの目的は、ベルグ卿の調査だ」
「誰だそれ?」
リョウが聞いたこともないという顔をすると、横からアリシアが説明してくれた。
「この発掘調査の依頼人よ。あなたが目覚めた時、お父さんが言ってたの覚えてない?」
「そういえば、言ってたなそんなこと」
目覚めた直後で、そんな些末なことに気を回す余裕はなかったが、確かに、そう聞いた記憶があった。
ガイウスは、誰も聞いていないか確認するように周りを見回して、二人に顔を寄せてきた。
「ベルグ卿は、旧文明遺跡の調査に莫大な私財をつぎ込んでいるのだが、どうやら旧文明の力を借りて、何か良からぬことを企んでるんじゃないかという疑いがあってな。それに、昔からいろいろと宮廷とは因縁があって、王国を恨んでいるという話もある。ただ、奴も下級とはいえ貴族の一人だ。うかつに手出しもできないし、現場で高度な判断が求められるってんで、わしが直々に潜り込んだってわけだ。リョウが発掘されて、こんな騒ぎになっちまったが、ヤツの調査はまだ続いている」
「ねえ、それ、お父さんに伝えてもいいかしら」
アリシアの問いに、ガイウスは大きくうなづいた。
「ああ、もうこうなった以上、むしろアルバートと他の隊員には知っといてもらった方がいいだろう。今夕にもヤツが来ることだしな。隊長にはわしから直々に話すよ」
「えっ。ベルグ卿は今日お見えになるの?」
「ん? ……そうか、二人とも知らないのか」
ガイウスが、意外そうな顔つきになったが、すぐに納得げにうなづいた。
「今朝、お前たちが現場を出た後に、奴の従者が先触れに来たんだよ。今夕に視察に来るそうだ。これまでの経過を知りたいんだとよ」
「そう……」
「そのベルグ卿ってのは、よく来るのか?」
「ええ。たまにね。あなたが目覚める二日ほど前にも来られたし」
「へえ。そんな悪巧みしそうなヤツなのか」
直截的な言い方にアリシアが言葉に詰まった。そして、やや言いにくそうに答えた。
「う、うーん、悪巧みと言うか、少し変わった方であるのは間違いないわね」
「そりゃあ、控えめに言いすぎってもんだぜ。嬢ちゃん」
ガイウスが呆れた声を上げた。
「ほう」
「わしもいろいろな人物を見てきたつもりだが、あれほど、妄執にとりつかれた者は見たことがないな。よっぽど、恨みつらみがあるんだろうよ。矛先は宮廷だろうがな」
「へえ」
その時、ガイウスの後方からロベールがやって来た。
「総長閣下」
「どうした?」
「枢機卿の皆様が間もなくご到着されます」
「分かった。じゃ、わしは行くよ。お偉いさん方が来たようだ。また現場で会おう」
軽く手を上げて、ガイウスはロベールを引き連れて去って行った。
「……」
「……」
後に残された二人は、何か毒気を抜かれた気持ちで、立ち尽くす。
「……何かよく分からん流れになったが、ま、俺たちも助かったようだし、なんというか、収まるところに収まったってことか」
半分納得しきれない気持ちもありつつ、リョウが髪をくしゃくしゃと引っ掻き回した。
「そうね。なんだか、私、もう心が飽和状態よ」
「分かるぜ」
リョウが苦笑する。
色んなことがありすぎて、彼自身も消化しきれていない。
ロザリアの正体を知って驚愕し、そのあと騎士団と命をかけて戦ったうえ処刑されそうになり、さらにロザリアを目覚めさせ、挙句に彼女の記憶を受け取った。
そして、トドメはこれである。
自分の時代で言うなら、まるでジェットコースターで散々振り回された気分であった。
「まあ、いいさ。なら、行こうか。ちょっとどこかで休んでいろいろ考えよう。そのベルグ卿ってのが来る前に戻ったほうがいいんだろ」
「そうね」
二人は、神殿の厩に向かって歩き出す。
「驚かされるのもこれで最後にしてほしいもんだな……」
「全くよ。体が持たないわ……」
二人は疲れたようにため息を付いた。
しかし、発掘現場に戻った後、まだ驚愕すべき出来事が彼らの身に降りかかることを、彼らはまだ知る由もなかった。
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