第15話 刺客(2)
(リョウ……)
アリシアは、リョウとロベールの戦闘を不安な気持ちで見つめていた。
すでに二人は激しく数合は打ち合わせている。
だが、技倆にほとんど差がないのか、なかなか決着がつかず膠着状態に陥っていた。
なんとか自分も彼の助けになりたいのだが、二人が互いの間合いの中で密着して戦い、体を入れ替えることが多すぎて、火の玉も撃てない。
彼女はただその成り行きを見守ることしかできないのだ。
剣技のことは詳しくないものの、それでも、この二人は正反対といっていいほど異なっているのが見て取れる。
リョウの特徴はその剣速と軽い身のこなしだろう。鮮やかな足の運びで、ロベールの剣を紙一重で躱して、すかさず剣を打ち込んでいる。また、アリシアが後ろから見ていても、剣の動きが速すぎて一体どのような軌道を描いているのかが全く見えないほどだ。単なるピンク色の跡が見えるだけである。
逆にロベールは、一言で言えば豪剣とでもいうのだろうか、重そうな長剣を振り回し、力でリョウをねじ伏せようとしている。まともに受け止めれば、剣ごと弾き飛ばされそうだ。
そして、もう十合以上は斬り合った頃、アリシアはリョウの顔に焦りの表情が浮かんでいるのに気づいた。もしかすると、彼の方が不利なのかもしれない。
それならば、牽制にでも火の玉を撃ったほうがいいのかと考え始めたときだった。
『アリシア、聞こえるか』
頭の中にリョウの声が聞こえてきた。遠話だ。
前方では、激しい打ち合いから一転して、互いに距離を取り、隙を伺う展開になっている。このタイミングを狙って遠話を送ってきたのだろう。
『何?』
彼の邪魔にならないように、最小限のことだけ念じる。
『このままではまずい。俺に考えがある』
『何か私にできることがある?』
『ああ。俺が「今だ」と叫んだら、できるだけ大きな火の玉を俺の背中に向けて投げつけてくれ』
『えっ』
『俺の胸あたりを狙ってくれれば、なおいい。できるか?』
『できるけど……』
それにしても、自分に投げつけてくれとは、どういうことか。
『必ず全力でぶつけてくれ』
『……分かったわ』
彼には考えがあるのだ。アリシアは任せることにした。
『頼んだぞ』
そして、遠話が切れた。
アリシアは一つ小さく息をついて、火の玉の発動準備に入った。
一方、リョウはアリシアに指示を送った後、そのタイミングを測っていた。
おそらくチャンスは一度だけだ。
これを逃せば、こんな子供だましに引っかかってくれない。
いわばサシの勝負に助っ人の力を借りるのは本意ではない。が、今は二人の命がかかっている。それを躊躇している場合ではなかった。
戦闘が膠着している理由は、剣技に差がないだけではない。
ロベールが魔道を使うからだ。しかも、攻撃呪文ではなく防御に徹する技である。
その一つが、シールドであった。
一度、彼の胴に一本入ると思った瞬間があった。
だが、突如、半透明の薄いバリアが現れて、ビームソードが弾かれたのだ。
その後何度かチャンスがあったが、ことごとく跳ね返されている。
ただ、彼のシールドにも弱点があった。それは、正面の攻撃しか防げないということだ。背後を取られることを過度に警戒していることから見て間違いない。全方位型シールドではないのだろう。
とは言え、ロベールのような巧者の背後を突くことは並大抵ではない。
さらに、もう一つの問題は、彼の体力も回復されているということだ。
『処刑人の剣』は幅広で、しかも重く作られている。一撃で首をはねるためだ。
相当に重いことは、彼の剣を受けていれば分かる。
そこで最初は、彼を上回るスピードで適当にいなしながら、持久戦に持ち込めば勝てると踏んでいたのだ。
にもかかわらず、彼は疲れる様子は一切見せない。
いや、疲れが見え始めると、彼の体が一瞬だけ薄く緑色に発光する。どうも魔道で疲労が回復しているらしい。
逆に、こちらのほうが息が上がりつつある。
というわけで、このまま戦い続けてもジリ貧になるのは目に見えていた。
しかも、時間がかかるほど、入り口の兵士たちが助けに来る恐れも高くなる。
何かやるにはここしかないのだ。
ジリジリとすり足で、間合いを計りながらロベールの周りを移動する。
ロベールは、体の向きを変えてリョウに対峙するだけだ。
そして、アリシアがちょうど自分の陰に入った瞬間、
『今だ!』
そう念じて、渾身の一撃を相手の面に向かって打ち込む。
ロベールは、振り下ろされたソードをたやすく受け止めた。
だが、ここでリョウは、思わぬ行動に出た。突如、横っ飛びして地面に転がったのだ。
「何っ!」
ロベールは、一瞬何が起こったのか理解できなかった。
だが、リョウがいた後方から、これまでの倍はあろうかという炎の玉が猛烈な速度で自分に向かって飛んできたとき、すべてを悟った。
「笑止!」
小賢しい子供だましに、憤怒の声を上げ、剣を振りかざす。
まだ床に這いつくばったまま起き上がろうとすらしていないリョウの姿が目の端に映る。
(私がこんなものに当たると思いこんでいるのか)
確かに、大きさと速度からして躱すのは無理だ。そして、命中すれば体中が炎に包まれ、無防備の背後からやられる。
(愚か者め、貴様は我が剣の威力を分かっていない)
「ハアッッ」
ロベールは、裂帛の気合とともに炎の玉を袈裟懸けにする。
あまりの剣速と剣圧で、炎が二つに割れて即座に消し飛んだ。
だが、リョウは、それを待っていた。
振り下ろされた剣は今、その位置で固まっている。それを狙って、床に寝っ転がったままレイガンを放った。
狙い過たず、一条の光線がその剣身に直撃する。
激しい音がして、剣が弾き飛ばされた。
「グッ」
ロベールが手を抑えてうずくまった。
リョウは、すぐさま立ち上がると、まだしゃがんだままのロベールの背後からビームソードを突きつけた。
「くっ」
「ここまでだ。観念しろ」
ロベールが苦しげに、背後に立つリョウを見上げた。
「やるな……。最初から、私の剣を狙っていたのか」
「ああ。お前ほどの腕なら、火の玉の不意打ちぐらいじゃ効かないと思ってよ。剣ならシールドも効いてないしな」
「二段構えだったというわけか」
「一対一の勝負に、つまらん真似をしてすまなかったが。これも生き延びるためだ、許せ」
「……気にするな。お互い様だ」
ロベールが糞真面目な顔で答える。
「それはどういう意味だ?」
その答えは、すぐに分かった。
リズの緊迫した声が頭に響いてきたのだ。
『リョウ、新手よ。正面に多数の兵が集まってるわ。こっちに向かってくる』
『なんだと?』
何名だとリズに聞き返す暇もなかった。ザッザッという多数の足音とともに、兵士の一団が隊列を組んで入ってきたのだ。おそらく30名は下るまい。いずれも白いローブを着ている。
(しまった、遠話ってやつか……)
おそらく、剣を飛ばされた瞬間に、遠話を使って待機させていた部隊を呼び入れたのだ。
彼らは、隊列を組んだまま剣を抜いた。
しかも、半数は弓をつがえて、こちらを狙っている。
圧倒的な戦力差である。為す術はない。
ロベールは、ゆっくりと立ち上がり、静かに告げた。
「すまんな。一対一の勝負に水を差すような真似をしてしまって。だが、我々としても、どうしてもお前を逃がすわけにはいかんのだよ」
「くっ……」
「そして、そこの女!」
アリシアに向かって声を張り上げる。
「邪魔した以上、お前も処刑する。二人揃って死ぬがいい」
「……」
アリシアは悔しげに唇を噛む。
「観念するんだな」
リョウのセリフを繰り返し、ロベールは初めて満足げな微笑みを浮かべた。
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