第14話 刺客(1)
「お前たちは何者なんだ?」
「これは、先に名乗りもせず失礼した。我らは、この神殿を預かるヴェルテ騎士団。そして、私は副総長のロベールだ」
ロベールは、騎士団の高位の役職にしては相当に若く、おそらく20代後半と思われた。
ダークブラウンの髪に同じ色の瞳、中肉中背で、筋肉質というほどではない。
生真面目で一点の曇もない表情を見ると、まさに職務としてこの任務についており、リョウの殺害に一抹の疑念も持っていないことが分かる。
戦う相手にするには一番やっかいなタイプであった。
「なぜ俺を狙う?」
いきなり襲ってくるつもりはないと見て、リョウが問うた。
無論、油断はせず、腰のビームソードに手を置いている。
「それはお前が知る必要はないことだ」
「おいおい」
にべもない答えに、思わず笑いがこみ上げる。
「訳もわからず殺されるのは勘弁してくれ。せめて理由ぐらい教えろよ」
「……」
ロベールは少し考えて、頷いた。
「いいだろう。我らとて、無慈悲な輩ではない。……端的に言って、お前のような存在は、人心を惑わす元になるのだよ。聖なる神の御使い様は、この世にお一方、ロザリア様だけだ。それをお前のようなどこの馬の骨とも分からぬ者がしゃしゃり出てきては、我らが信仰の妨げになる」
「ほう」
それでは、彼らは旧文明を嫌う集団ではないということだ。
(むしろ逆か……)
おそらく、この神殿を総本山とする教団で、それに属する騎士団だと当たりをつけた。
力の強い宗教が騎士団を持つことは、中世でもあったことだ。
そして、彼らの道理には一理ある。
現に、リョウはロザリアが機械であることを知っている。これが表沙汰になったらとんでもない騒動を引き起こすだろう。あるいは、彼女が旧文明時代では、聖職者でも何でもなくただの一般人だと発覚しただけでも、彼女の神聖性に大きな疑義を招く。
その意味では、彼らの信仰にとってリョウが危険人物であるという判断は間違っていないのだ。
「だが、それを言うなら、俺もロザリアと同じ世界から来たんだぜ。俺は崇拝して貰えないのか」
「お前のような者が聖者であろうはずがない」
「なんだよ、俺だけ扱いが雑だな。まあ、聖者でないというのは同意するが」
リョウは軽く肩をすくめた。
「なあ、俺には、ロザリアを信仰する気持ちもわかるし、それを
ロベールは首を横に振った。
「今はそうかもしれぬ。だが、これからもずっとそうとは限らぬ。今後お前がどのような存在になるのかは我らにも全く読めぬからな。故に、将来の禍根を今のうちに摘み取るのだ」
「なるほどね。だが、俺もまだ死にたくないんでな」
「それはそうだろう。我らも黙って死んでくれるとは思っていない。……では、始めようか」
まるで世間話が済んで、じゃあまたといった気軽さで部下に命じ、自分は後ろに下がった。代わりに後ろの三人が剣を抜いて前に出る。
「……仕方ない」
リョウはため息を一つついて、腰からビームソードを抜いて、起動した。
低周波の音がして、ピンク色に輝く剣身が現れる。
彼らはゴブリンとは違う。厳しい戦いになるだろう。
一つだけ付け入る隙があるとすれば、このロベールが剣を抜いていないということだ。この男の所作を見るだけで、相当な剣技を備えていることが感じられる。
自分は手を汚さない性質なのか、それとも部下に経験を積ませるためなのかは分からないが、こいつが剣を抜く前に、雑兵を倒さないと厄介なことになる。
「アリシア、後ろに下がってろ」
「ええ」
彼女が数歩後ろに下がったのを見て、ロベールが後ろから声を張り上げた。
「最初に言っておくが、我らの狙いはお前だけだ、リョウ。その女には用がない。ただし、邪魔をするなら、容赦なく殺す」
「何もしないなら彼女は見逃してくれるのか?」
「ちょっと、リョウ!」
アリシアが文句を言うのを手で遮る。
「ああ、我らは秩序を守る者。血に飢えた人斬りではない。お前が死んだのを見届けた後に解放してやる。私とてロザリア様に信仰を捧げる身だ。嘘は言わぬ」
「ほう」
『リズ、アリシアに通信』
『了解。準備いいわよ』
『アリシア……』
だが、物凄い勢いで彼女が遮った。
『何もするななんて言わないでよ。あなたを見殺しにして自分だけ助かるなんてできるわけないじゃない』
『いや、大丈夫だ。一人でも何とかなるさ』
『ウソ。一人じゃ危ないって思ってるから、私を逃がそうって思ったんでしょ。どちらに転んでも私だけは助かるって』
図星を指されて、一瞬リョウは言葉に詰まった。
『……だが、お前まで危険にさらされる必要はない』
『馬鹿言わないで。あなたを見殺しにして、私が幸せになれるとでも思ってるの? 冗談じゃないわ!』
『しかし……』
『私の運命は私が決める。私は戦うわ。リョウ、一緒に生き延びるか、それとも一緒にここで死ぬか、二択よ。覚悟を決めなさい!』
『アリシア……』
厳しい口調に、剣を中段に構えたまま肩越しに振り返る。
彼女は、少し青ざめていたが、決意に満ちた顔でうなづいた。
それを見てリョウも、腹を括った。
『……分かった。お前がそこまで言うなら、そうしよう。だが、いいか、俺から離れるな』
『ええ、もちろんよ』
『行くぜ!』
リョウが、一気に間合いを詰めようと大きく前に踏み出す。
その瞬間、背後から火の玉が飛び出して、男たちに一直線に向かっていった。
『何もしなければ殺さない』、この警告をあざ笑うかのように、いきなりアリシアが火の玉を撃ったのだ。
(おいおい、惚れ直しちまうだろうが……)
その覚悟のほどにリョウは思わず、口元が緩んだ。
「小癪な!」
いきなり火の玉が飛んでくるとは思わなかったのだろう。三人ともにギリギリで躱したが、態勢が崩れた。
それをリョウは見逃さない。
右側に一気に踏み込んで、端にいた男に上段からビームソードを振り下ろした。
男は、剣で受け止めようとするが、リョウの剣速についていけず、大きく剣を弾かれる。
すかさず返す刀で、下から胴を斬り上げた。
「ぐあっ」
男は悶絶して石の床に倒れた。
だが、出血はしていない。
ビームソードとレイガンの設定は、すでに「麻痺」にセットしてある。
殺傷能力のない代わりに、触れれば、猛烈な電圧が流れて気絶するのだ。
「おのれ!」
もう一人の屈強な男が、斜めから斬りかかってくる。それをソードの
激しい低周波の音とともに、剣身のビーム光がうねるように光った。
たが、リョウはそれに逆らわず、逆に力を抜いた。そして、体を開いて流れるように横に流す。
「うっ」
急に支えを失って、男はバランスを崩した。
それをリョウが斬ろうとした瞬間、もう一人の男が、右横から斬りかかってきた。
「ちいっ」
すぐさま反転し、真横から飛んでくる剣を受け止める。だが、初動が遅れたため、大きく弾かれ、リョウの体が開いた。
「死ね!」
チャンスと見て大きく振りかぶる相手。
だが、すかさずアリシアの火の玉が飛んできた。
「何っ?」
視界外から飛んできて焦ったのか、男は体をよじって避けた。が、それはリョウに隙を見せることになる。
「うりゃあっ」
一刀のもとにリョウが切り倒す。電気ショックで男が叫び声を上げ悶絶した。
すぐさま腰からレイガンを抜き、振り返りざまに、二人目の男に撃つ。
だが、
「なっ!」
男は、横っ飛びで光線をかわした。
一条の線が虚しく床を焼く。
そして、男が地面を転がって、すぐに立ち上がると、再び切り掛かってきた。
「死ねい」
「くっ」
振り下ろされる剣を紙一重で躱し、すれ違いざまに、胴に一撃を入れる。
一瞬、男の体がビームソードの稲光で発光し、男はうめき声を漏らしその場に崩れ落ちた。
これで雑魚は片付けた。
だが、今のありえない反応にリョウは戸惑っていた。
(やつらレイガンを知ってやがる……)
銃火器のない世界で、レイガンを突きつけられても、何かが射出されるとは思わないはずだ。しかも、この男は、撃つ前から全力で避けた。まるで、反応できないほどのスピードで何かが発射されると知っていたかのように。
「やはり腕は立つようだな。よかろう、私が相手だ」
ロベールが自ら剣を抜いてリョウに対峙した。
リョウも、ビームソードを構えて息をつく。
(『やはり』……か)
今までの様子を考えると、こちらの情報は全て漏れているのは間違いない。おそらく、発掘隊内部にスパイがいるのだ。
そこまで考えた時、ふと、彼のローブに縫い込まれた五芒星の紋章が目についた。
(あの胸の紋章……、俺はどこかで見たことがある)
むろん、五芒星自体は元の世界でも珍しくない。だが、あの意匠を凝らした紋章そのものをこの世界に来てから見た記憶があるのだ。
(あれは、どこで見たのだったか……)
記憶をたどっていく。
この世界に目覚めてまだ日は浅い。一度気づけば、思い出すのは簡単だった。
(そうだ、あれは……)
(ガイウスのものと同じだ)
(……ということは、奴が間者というわけか)
この世界に目覚めて、隊員たちを紹介されたとき、彼の剣の柄頭に刻印されていたのを見たのだ。
もちろん、これだけで決めつけることはできない。しかし、紋章は地位や所属を表す重要な印である。この騎士団と無関係ということはありえない。
(……まさか、あいつがグルだったとはな。いや、あいつだけじゃない、やつの部下もきっとそうだ)
(警護役ってのは何の皮肉だ? よく寝首をかかれなかったもんだぜ……)
寝食をともにして、彼らに気も許していた。あれほど強者の一団に不意を突かれれば、為す術はなかっただろう。
それが、なぜ今日になって襲ってきたのか。
それは、すぐに分かった。リョウがロザリアに会いに来たからだ。
おそらく、世間と隔離された発掘現場にいる間は、生かしておいた方が得だと見たのだろう。彼は基地の発掘に必要な人材でもある。
(だが、俺が急遽、この神殿まで来ることになったため、こいつらが派遣されたのだな)
(ロベールは俺が信仰の妨げになると言ったが、誰も俺の素性など知らないし、仮に俺が言いふらしたところで、誰も信じないだろう。それならば、口を封じずしばらく様子を見るという選択肢もあったはずだ。俺にせよ、ロザリアと同じ旧文明から来た人間だ。こいつらにとって利用価値もあるだろうに)
(にもかかわらず、アルティアに到着していきなりこれということは、よほど俺と接触されると困ることがあるということか……)
そこで気がついた。自分がついさっき何を知ったのかを。
(そうか! ロザリアの正体か)
上層部だけかもしれないが、おそらく、彼らもロザリアが機械であると知っているのだ。それが発覚しないように、旧文明人を近づけるのを恐れた。そう考えれば、辻褄が合う。
(なるほどな、そりゃあ、さっさと俺を消したくなるのも当然だな)
「どうした? この期に及んで怖気づいたか?」
ようやく腑に落ちたところで、ロベールに話しかけられ、物思いから引き戻される。
(まあいい、今はこいつに集中せねば……)
リョウはレイガンをベルトに戻し、ビームソードを青眼に構え、息を整えた。
この相手だけは、剣に集中しないと捌き切れない。
「ふん、やる気になったようだな」
ロベールは誇示するように、剣を八の字に振り回した。
よく見るとそれはただの剣ではなかった。
「処刑人の剣」―― エクセキューショナーズソード
その名の通り、罪人の首をはねるために作られた剣である。それゆえ、切っ先がなく先端が平坦であり、突くという動作ができない。
にもかかわらずこの剣を使用するのは、彼がよほどの技倆の持ち主であり、なおかつ、任務が処刑であることを示唆している。
(なんてモンを持ってやがる……てか、この時代にもあるのかよ)
(要は、俺を処刑しに来たってことか……)
「どうした? かかってこないなら、こちらから行くぞ」
「……こい!」
リョウは、ビームソードを構え直し、声を張り上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます