第13話 神使の正体

 

 それから、およそ一時間後。


 二人はアルトファリア王国の首都アルティアに無事到着し、市内の大通りを馬で歩いていた。


「ここがアルティアか、立派なもんだな」


 眼の前に広がる光景に感嘆し、リョウが思わず声を上げる。


「大きい街でしょ」

「ああ」

 

 さすがに王国の首都だけあって大通りは活気があり、様々な建物が立ち並び、多数の露店も出ていて、多くの人が行き交っていた。

 全体的な街並みは、中世時代の作りのようだ。

 聖堂や神殿などの大きな建物は、単純な石造りであまり華美な装飾はなく、武骨といっていい外観である。

 また、住宅などの小さな建物は木と漆喰を主材としたいわゆるテューダー様式に似ていた。彼の時代でも古い建物にまだ見られる建築様式である。


(時が経っても、同じ土地で同じ条件で作ると、似たようなものになるんだな……)


 行き交う人々の服装が、中世時代のものとよく似ていたため、一万年後ではなく、まさに1200年代にタイムスリップしたかのようであった。


 そして、大通りを抜け、少し人通りの少ない通りをしばらく行くと、それはあった。


「ヴェルテ神殿よ。ようやく着いたわね。おつかれさま」

「おお、これが……」


 リョウは馬から降り、威容を誇るようにそびえ立つ建物を見上げた。

 それは、重厚な石造りの大神殿であった。ここまで来る途中、すでにいくつかの神殿らしき建物を目にしていたが、これは他よりも圧倒的に大きい。それだけに、ロザリアが重要視されていることがよく分かる。

 巨大な石柱が立ち並び神殿を支えている。正面には幅が20メートルほどの巨大な階段が、これまた広い踊り場を経由して、二階か三階の高さにあると思われる入り口につながっていた。そして、その両側にはまだ昼前というのに篝火が赤々と燃え盛っていた。


 二人は参拝者用の厩に馬をつないで、数十段はあろう階段を上がって中に入る。そこは小ホールになっていた。


「ここは、ロザリアの身の回りの品が展示されてるの」

「へえ」


 いくつかの装飾された展示台に、ロザリアにまつわる衣類や、付近で発見された装置などが展示されている。

 中には、どこかの施設の案内用端末や男性用シェーバーなど、ロザリアとは直接関係ないものも、「用途不明」「おそらく装飾品」などという説明書きとともに置かれていた。


(何でこんなものまで展示してあるんだ……? ま、でも、そんなもんか)


 以前、カレンと博物館に行ったとき、出土した古代の日用品が展示されていたのを思い出した。

 その当時のものとしては珍しくもなんともないものでも、後世では考古学的価値があるものだ。また、用途不明なものも、発掘された以上はとりあえず展示するものだろう。


(そういえば、あの時は、国王の便器が御大層なガラスケースに鎮座ましましてたからな……)


 つい思い出して含み笑いする。


 そして、ホールを通り抜けるとそこが本殿であった。

 差し渡し50メートル四方はあろうかという広さで、天井も3階ぐらいの高さがあり、立派な造りで荘厳な雰囲気を醸し出している。壁の上に大きな採光窓が並んでいるため、日光が差し込んでおり、中は暗くはなかった。外から見ると、リョウたちが立つこの神殿の床がすでに3階程度の高さになるはずだ。それを考えれば、いかに大きな建物かが分かる。


 周囲の壁には、ロザリアの功績などを称えるような碑文などが刻み込まれていた。また、壁に沿っていくつかのさらなる展示品も陳列してあるのが見える。

 本殿の最奥には立派な祭壇があり、その四隅には大きくて立派な装飾の篝火台が置かれ、火が灯されていた。そして、祭壇の上に女性らしき人物が横たわっているのが見える。あれがロザリアだろう。



 そして。


(こ、これは……)


 リョウは、目の前でその姿を見るなり息を呑んだ。


 年の頃は、16才前後。肩までかかる銀色の髪に、神の使いらしく何らかの儀式に使われるような純白のローブを身にまとっていた。その手は胸の上で組み合わされている。彼女は、祭壇の上に設えられた豪勢な寝台に寝かされていた。


 目を閉じてはいるが、まだあどけなさを残すものの、美しく柔らかな印象を与える顔立ちで、かすかな喜びと悲しさの両方が感じ取れるような神秘的な表情が見て取れる。


 そして、どういう仕掛けがあるのか分からないが、まさに彼女は単に眠っているだけのように見えた。揺り起こせば目覚めそうなくらいである。とても、眠りについてから千年が経過しているとは思えない。


 あまりに自然な姿であるため、このような神殿の祭壇に横たわっていることが場違いに見えるほどだ。


(本当に眠っているように見える。どういうことだ……?)


 いくら自分の時代が高度に進んでいるからといっても、この状態で千年も生きたままでいることはありえない。リョウは理解できなかった。


 だが、その謎はすぐにリズが解き明かしてくれた。


『リズ、この子をスキャンしてくれ。なぜ、この状態で千年も死なずにすんでいる?』

『スキャン中……。分かったわ。この女の子はアンドロイドよ』

『何だって? アンド…ロイド……?』


 リョウは、予想外の答えに驚いた。なぜなら、アンドロイドはまだ実用化されておらず、研究段階とは聞いていたものの、実際に見たことがなかったからだ。


 彼の時代、生命科学は新たな方向に進み始めていた。それまでは、人間の不完全な部分を補うために、ナノテクノロジーを駆使し、さまざまな微細機器を身体に埋め込むことが主流であった。BICがその最たるものだ。


 しかし、コンピューターの進歩は目覚ましく、脳の状態と働きを完全にシミュレートできる目処がついた。つまり、脳をデジタルコピーできるまでになったのである。そこで、人の脳をスキャンし、そのデータを高性能小型コンピューターにコピーして、人を真似て作ったロボットに取り付ければ、完全なアンドロイドが出来上がる。それは、もう人工知能のレベルではない。理論上は脳の完全なコピーなのだ。ただし、まだ実験段階であるうえ、コピーのアンドロイドと元の人間と二つ共存させるのか、そして、本当に人間のコピーであるなら、基本的人権はどうするのかなど、倫理的な問題も解決されていなかった。


(これがアンドロイドとは……)


 しかし、いずれにせよ、これなら千年もそのままの状態でいるのもわかる。


 髪も皮膚も全て人工なのだが、本物と区別がつかないため人間と思われたのだろう。というより、リョウですらリズの解析がなければ分からなかったのだ。


『リズ、この子の詳細を教えてくれ』

『了解。IDタグによると、研究用プロトタイプX-a8型、認識名称『ロザリア』。製造年は惑星標準暦2189年。動力は反物質エネルギー。所属は、ロックフォード研究所ね』


(ロックフォード研究所……。たしか、アンドロイド研究の最先端を行く研究所だったか)


 アンドロイド研究についてはリョウは門外漢だったが、その研究所の名前は学術誌などでよく耳にしていた。


(千年前に、この王国で発見された、伝説の神使ロザリア……。まさか、それがアンドロイドだったとはな……)

(だが、この子の正体を言うわけにはいかんな……)


 ロザリアは、神格化され信仰の対象となっている。千年前に作られたこの神殿には、今も多くの人が祈りを捧げに来ると聞いている。神殿の規模を考えれば相当な数に上るだろう。そのロザリアが、実は機械人間だったなどと言ったら、人々の信仰を混乱に陥れることになることは間違いない。ただでさえ自分の存在はこの世界をひっくり返す可能性を秘めているのだ。これ以上、波風を立てるようなことはしたくない。


『……そういえば、この子は何で眠ってるんだ?』

『メディカルログを解析したんだけど、エネルギーセルの故障で、自己防護のためにシャットダウンしたみたい。ちょっと重症だわよ』

『起こすのは無理か』

『うーん。起動はできると思うけど、すぐまたシャットダウンするわよ。エネルギーも枯渇しそうだし』

『そうか……』


 いかに有能な科学者であろうと、専門外であるリョウにはアンドロイドを修理することができない。また、彼女は単なるロボットではない。人の心と感性をもっている点では人間と同じである。それなのに、いわば体調が悪く昏睡状態の彼女を、こちらの都合で短時間だけ起こすのは忍びなかった。


『そうだ。メモリユニットはどこにある?』

『頭部よ』


 リョウは、自分の手をロザリアの額の上にかざした。彼の指先には0.1ミリサイズのセンサーが埋め込まれている。


『リズ、メモリユニットのデータを読み取れるか?』

『無理ね、厳重なプロテクトが掛かっているわ。あたしが閲覧できるのは、IDタグとメディカルログだけよ』

『うーん、うまくいかんものだな……』


 せっかくここまで来たのだ、なんとか、『あの一日』の謎に迫るような手がかりを得たい。


 リョウは、これまでの調査と考察から、惑星規模の異変が起きたのは、自分がコールドスリープに入った22時から、目覚める予定時間の翌朝10時の間であると考えていた。

 カプセルに入る前なら、その異変を自分は察知しているはずだし、翌朝10時以降なら、自分も目覚めていたはずだからだ。


 その12時間の間に一体何が起こったのか。


 現時点で分かっていることは、リョウの施設の居住棟の一部がミサイルで吹き飛んだことだけだ。


 だが、話はそれでは終わらないはずだ。たとえ戦争であれ何であれ、ケリが付いたら復興作業が行われるのが当然である。彼が1万年も眠っていたということは、その後、その施設は修復されずに放置されたことを示唆する。たとえ敵の手に落ちたとしても、軍事基地が長期間そのような状態で放置されるわけがない。


 おそらく、第三次世界大戦と呼べるような世界規模の戦争が起こり、復興できなくなるほど人口が減ったのではないか。それが、現時点でのリョウの予想であった。


(どうしたもんかな……)


 当てが外れ、方策を考える。


 だが、その時。


『ねえ、ちょっと様子が変よ』


 リズが警告を発するのと、リョウが異変を感じるのがほぼ同時だった。


『ああ。俺も感じるぜ。空気が変わった』


 静けさは変わらない。しかし、先程までの厳粛な、しかし心が落ち着くような雰囲気は消え、張り詰めた糸のような緊張感に変わっている。

 気がつくと、先程までパラパラと十人程はいた参拝客の姿はなく、本殿の中にいるのはリョウとアリシアだけである。


『状況報告しろ』

『本殿内に生体反応を四体確認。動きがタダの観光客じゃないわね。あと、入り口に何人か配置してるみたい』

『チッ、まずいな……』


 どうあってもこの神殿から出さないつもりらしい。

 それだけではない。リョウがこの時代に目覚めてからまだ日が浅い。それに、ここに来ることが決まったのは昨日だ。にもかかわらずピンポイントでここで襲撃されるということは、情報が漏れているとしか思えない。


(……ったく。セキュリティーが緩いにも程があるぜ)


「アリシア」


 気づいたことを気取られぬよう注意しつつ、ロザリアを見つめていた彼女のそばに近づいた。


「どうしたの?」


 リョウの様子を見て、なにかただならぬものを悟ったのか、アリシアもすぐに真顔になる。


「どうやら、囲まれたようだ。おそらく戦う羽目になる」

「えっ」

「お前が誰かに恨みを買うとも思えんしな、多分狙いは俺だろう」


 しかも人数と進め方から見て相手は組織である。


「確か、旧文明を嫌う奴がいるとか言ってたな、そいつらか」

「で、でも、単に苦情とか言ってくるだけで、白昼堂々襲ってくるなんて聞いたことないわよ」

「そうか。……まあ、いい。とにかく何とかしてここを突破するぞ」

「分かった」


 だが、すでに遅かった。

 入り口に向かって歩き出したとき、四名の男が行く手を遮るように立ちふさがったのだ。

 彼らはいずれも、神官の祭服と思われる白いローブに身を包んでいた。

 胸の部分に五芒星に似た灰色のエンブレムが刺繍されている。

 

 しかし、ただの聖職者ではない。いずれも腰に巻いたベルトに剣を下げているのだ。

 剣呑な殺気が、単に話がしたいのではないと告げている。

 また、彼らの立ち位置が微妙にリョウの間合いの外にある。分かってやっているなら相当の手練だ。


「リョウ・ヤマカゲだな」


 一人だけ純白のマントを羽織った先頭の男が声を発した。

 おそらく最も高位と思われるこの男は知性的で、よほど修羅場をくぐり抜けた経験があるからだろう、極めて落ち着いている。

 静かな物言いがかえって迫力を感じさせた。


「だったら、どうする?」


 リョウは、さり気なくアリシアをかばって前に出た。


「すまないが、お前には死んでもらいたい」


 男は、表情を全く変えず、役人のように事務的に告げた。


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