第6話 二つの思い違い(2)


 リョウの視界に飛び込んできたもの。

 それは巨大な数体の生物だった。


 それらは神話上の巨人サイクロプスに見紛う姿をしていた。ただし一つ目ではなく二つの目を持っている。そして、2メートル半はあろうかという巨体はまさに凶暴そのもので、オノを振り回し、所構わず村人たちに切りかかっていた。人々は逃げ惑い、パニックになっていた。

 

 だが、真に驚くべきは、巨人ではなかった。

 それらに立ち向かっている、警備役ガイウスとその数人の部下たちである。


 彼らの剣は炎を纏い、光を放っていた。

 そして、なにもないところから炎の玉を出しては投げつけ、稲光を発生させ、巨人と戦っていたのである。

 しかも、戦いぶりは圧倒的だった。

 次々と、巨人を屠っていくガイウスたち。


「なんてこった……」


 それは、まさに魔法であった。

 ようやく、リョウはアリシアが言っていた『魔道』と『魔物』の意味を理解した。


(あいつが言っていたのは、これだったんだ)

(俺は、この世界を見誤っていたのか……)


 生活様式や科学技術の水準などから勝手に中世と同程度の文明レベルと決めつけ、自分の時代よりも退化しただけだと思い込んでいたことに気がつかされる。


 空想上のお話だと思っていた魔法を自由に使う文明。この一万年の間に人類はどのような進化したのか、そして、どういう原理であんな夢物語のような力が発動するのか、科学者として詳しく知りたい。

 リョウは、科学の実験に胸が鳴った少年時代の純粋な好奇心が蘇る思いだった。


『……リズ、魔道についてできる限り詳しい記録と分析を頼む』

『了解。どうやらあんた、とんでもない世界に来たようね』

『まったくだぜ。だが、これで面白くなってきやがった。正直、やることなかったからな』


「リョウ!」


 しばし見入っていると、背後から呼びかけられた。アリシアだ。


「ここにいたのね。やっと見つけたわ。心配したんだから」

「おう、すまん」


 そう言えば、面談の途中で抜け出してきたのだと思い出す。


「大丈夫? ケガはない?」

「いや、俺はなんともないが……。それより、あれは一体何なんだ?」


 巨人とガイウスたちを指し示す。

 すでに戦闘は終結しつつある。残りは一体だ。周囲の村人たちも落ち着きを取り戻し、こわごわながら静観しているのが見える。


「オークよ。たまに出るのよね」

「オークってのか……。いや、あの生物もだが、あの力だよ」

「力?」

「ほら、ガイウスの剣が炎を纏ってたり、やつの部下が火の玉投げたり、雷を撃ったりしてるだろう。あれが、お前が言ってた魔道ってやつなんだな?」


 そこまで聞いて、ようやくリョウが何を言っているのか分かったらしい。アリシアが頷いた。


「そうよ。あれ、言ってなかった? 魔道を使うんだって」

「いや、聞いてたさ。聞いてたけど、あんなものとは思わなくてよ。すげえな」

「そ、そう? なんだか、とっても上機嫌ね」

「かもな。どうも、訳の分からんものを見ると、嬉しくなってしまう性質たちらしい」


 リョウは、照れ笑いして頭をかく。

 アリシアが共感に満ちた優しい微笑みを見せた。


「ふふ、好奇心でいっぱいの子供みたいな顔してるわよ」

「そ、そうか?」

「その気持ちは私も分かるわ。真実が知りたいんでしょ。専門が違っても学者なんてみんな同じよね」

「だな」


 だが、二人には感慨に耽る暇はなかった。


「キャヒー」

「キャキャキャ」


 突然、背後から多数の甲高い金切り声が聞こえてきたのだ。

 振り返ると、今度は、緑色のサルのような魔物が大挙して押し寄せてきたのが見えた。4~50体は下るまい。


「な、何だ、あいつら?」


 その魔物たちは、緑色の短躯にぼろ布を纏い、何かの骨で作られたとみられる装飾品を首から下げている。そして、斧や剣を持っていた。

 それが、発掘現場に一気になだれ込んできた。そして、誰彼構わず、斬りかかってきたのだ。


『うわあっっ!』

『また出たぞ!』

『コボルドだあぁ!』


 人々は再びパニックになって、逃げ惑う。

 リョウの浮かれた気持ちは一瞬で消えた。


「ちっ、ここはまずいな……。こっちだ!」

「え、ええ」


 見たところ、コボルドは人間で言えば、10歳程度の背丈しかない。一体ごとの力は弱いはずだ。だが、群れで襲いかかってこられれば数で負ける。

 開けた場所にいた彼らは敵の目を引きやすい。物陰を探して走り出す。

 だが、一足遅かった。


「キキキイッッ!」


 金切り声を上げていきなりコボルドが襲ってきたのだ。その数7体。

 うち一体が彼女に向かって、剣を振り下ろす。

 彼女が悲鳴を上げ、避けようとするが間に合わない。


「させるか!」


 ギリギリのところでそいつを横から蹴り飛ばし、彼女を引き寄せ自分の後ろにかばった。

 地面に転がったコボルドはすぐに立ち上がって、歯をむき出しにして怒りを表す。


「俺の後ろにいるんだ」

「分かった」


 彼女の声は微かに震えているが、しっかりしている。

 コボルドは小柄でも狡猾で残忍な目を持ち、間違えようのない殺意を向けているのだ。むしろ、気丈に自分を保ち続けていると言っていい。

 とはいえ、状況は不利だった。


(まずいな……)


 彼を侮りがたしと見たのか、コボルドがジリジリと左右に広がった。そして、威嚇するように斧や剣を振りかざす。こちらは丸腰な上に、守ってやらなければならないか弱い女性もいる。


「ち。調子に乗りやがって」


 リョウは、アリシアを背後にかばいつつ周りに目を配る。

 すでに、あちこちで戦闘が始まっていた。

 オークよりもくみしやすいのだろう。村人たちも鍬やスコップなどの道具を使って、懸命に応戦している。が、剣や斧相手では分が悪い。すでに地面に血を流して倒れている村人も見える。

 まさにこれは、殺るか殺られるかの実戦なのだ。


 そのとき


(あれは、確か……)


 対峙する群れの後方20メートルほど先に、屋根だけの天幕があることに気がついた。その下に見えるテーブルに、発掘された品が置かれていたことを思い出す。


(あそこまで行けばなんとかなる)


 だが、その前にこいつらを突破しなければならない。

 グズグズしていれば、他のコボルドたちも援軍に来る可能性がある。


(やむを得ん)


 多少の怪我は構わず、無理やり正面から行くかと身構える。とにかく、アリシアだけはこの場から救いたい。

 その時だった。

 突如、自分の背後で何かが発光したかと思うと、燃え盛るこぶし大の炎の玉が脇から飛び出して来て、一直線にコボルドに向かっていったのだ。

 それは先頭にいた一体に命中し、激しく燃え上がった。


「ギャアアアアッ」


 あっという間に炎に巻かれ、断末魔の叫びを上げ倒れる。


「何だ!?」


 肩越しに振り返ると、アリシアが手のひらに炎の玉を浮かべ、まさに投げようとしているところだった。


『私も少しだけど使えるわ』


 先日の彼女の言葉が頭に浮かぶ。


(マジかよ……)


 炎は狙い違わず、別の一体に命中し一気に燃え上がる。

 周りにいたコボルドは、炎を避けようと距離をとった。


「今よ!」

「お、おうっ」


 その言葉に促され、猛烈な勢いでコボルドの群れに突っ込んだ。


「どけ、邪魔だ!」


 棒立ちで正面に立つ一体の腹を問答無用で蹴り飛ばし、リョウはアリシアを守りつつ走り抜ける。そして、一気に天幕に駆け込むと、テーブルの上に置かれていたレイガンとビームソードをひっ掴んだ。

 アリシアが、追ってきたコボルドたちを火の玉で牽制して、振り返った。


「リョウ、そんな装飾品なんて、役に……」


 その言葉が途中で途切れた。

 ビームソードが柄から伸びて発光するのが見えたのだ。

 リョウは、再びアリシアの前に出る。


「行くぜ! お前は後ろに下がってろ」


 言い置いて、真ん中のコボルドに突っ込んだ。


「キャヒィッッ」


 リョウが向かってくると見るや、剣を振り下ろしてくる。それをビームソードで受け止めた。

 低周波の激しい音が響き、剣身のビーム光が波打つ。

 その隙を見計らって、横から別の一体が、空いた胴に斧を打ち込んできた。だが、これをリョウは読んでいた。すかさず左手でレイガンを放つ。

 一条の光線がその額を貫き、コボルドが後ろに吹っ飛んだ。

 リョウはそれに見向きもせず、受け止めていた剣を強く押し返す。そして、バランスを崩して開いた相手の体を横薙ぎにした。


「キキーッ!」


 仲間をやられて激怒した残りの三体がいきり立って向かってくる。

 だが、そのうちの一体は、リョウの背後から飛んできた炎の玉の餌食になった。アリシアだ。


「やるじゃねえか!」


 肩越しに叫びながら、もう一体から振り下ろされる斧を、横にステップして避け、そのまま踏み込んで袈裟懸けに切り倒す。返す刀で、背後から襲ってきた最後の一体の胸を一突きにした。


「ゴフッ」


 一瞬、時が止まったかのように静止する。

 そして、その手から斧が落ちた。

 それを見てリョウはビームソードを引き抜ながら後ろに飛び退しさった。

 コボルドは胸から血を吹き出させて、ゆっくりとその場で崩れ落ちる。


 気がつけば、すでに周りの戦いも終わっているようだ。金切り声も金属音も聞こえなくなっている。


「……なんとか片付けたようだな。怪我はないか?」


 リョウは全員倒したことを確認し、ビームソードを消して、アリシアを振り返った。

 彼女は、やや顔がこわばっていたが、リョウがそばに来て安堵したのか表情を緩めた。


「ええ、大丈夫よ。……それにしても、あなた、強いのね。びっくりしちゃった」

「そうか? 実家が剣術の道場でな。子供の頃からやってたんだ」


 リョウは、それよりむしろ、アリシアの気丈さに感服する思いだった。


(こんな華奢なのにな……)


 普段は朗らかだが穏やかな気性で、気品もある女性である。それが、いざとなったら、凛とした態度で敵と戦う勇気を持つ。その大きなギャップは、彼女の魅力の一つに思えた。


「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」


 どうやら、じっと見つめてしまっていたらしい。アリシアが少し眩しそうな目で自分を見ているのに気がついた。


「あ、いや、お前もよく頑張ったぜ。てっきり、後ろで震えてるだけかと思ったが」

「そう? あれくらいでないと、この時代では考古学者なんてやってられないのよ」

「なるほどね」

「ところで、一つ聞いていい?」


 アリシアがおかしそうに笑みを浮かべる。


「何だ?」

「その武器、どこがオブジェなのよ?」

 

 こんなときでも言い返してくる彼女に、リョウも、思わず笑いをこぼした。

 先日、彼がこの機械の用途を問われてオブジェと言ったことを追求しているのだ。


「はは。すまんな。本当のことを言っていいのかどうか分からなくてよ」

「ふうん。まあ、いいわ。でも、あとでたっぷり聞かせてもらいますからね」

「お、お手柔らかにな」

「ふふっ」


 命のかかった戦いを一緒に乗り越えたからだろうか、リョウはどことなく、アリシアとの距離が近くなった気がしていた。


(『戦友』と書いて『とも』と呼ぶ……か。まさにその通りだな)


 そして、それは彼女にとっても同じらしい。

 それまで、微かに伝わってきた自分に対する遠慮や緊張感が彼女から感じられなくなっていた。

 

(この世界も悪くないかもな……)


 ふと青い空を見上げて、なんとなくそんなことを思ったとき、背後から声が聞こえた。


 

「アリシア!」


 振り返ると、向こうからアルバートが手を振りながら駆けてくるのが見えた。背後に、警護役のガイウスがついてきている。


「無事だったか。よかった」


 アルバートは、娘の姿を見ると、安堵したように抱きしめた。


「ちょっと、お父さん、どうしたのよ」

「どうしたもこうしたもあるか。姿が見えないから心配したんだぞ。オークが現れて、リョウの小屋に呼びに行ったらもぬけの殻だったからな。そのうち、コボルドまで攻めて来たから、こちらも迎え撃つので必死で、お前たちの状況も確認できなかったのだよ」

「そう、ごめんなさい。私もリョウと一緒に、コボルドと戦ってたのよ」

「……のようだな。コイツらはお前さんたちがやったのか?」


 ガイウスが、周りで倒れているコボルドの死体を顎でしゃくった。


「ええ。ほとんどリョウが倒したんだけど」

「ほう、小僧。やはり、なかなかの使い手だったな」


 ガイウスがニヤリと表情を緩めた。


「いや、あんたほどじゃねえさ。それで、魔物は全滅したのか?」


 リョウの問いに、アルバートが頷いた。


「ああ、数体は逃げたようだがね。残念ながら人足が2人やられて、数人が手当を受けているところだ。まあ、あれだけの襲撃はめったにない。この程度で済んだのは幸運だよ」

「そうか……」

「今日はもう作業どころではない。面談も続きは明日ということにしよう」


 リョウは、ひとつ自分がしたかったことを思い出した。


「それなら一つ頼みがあるんだが」

「何かね?」

「今日、これからアリシアを借りてもいいか? 実は、魔道を見て、科学的に分析できないかと思ってさ」

「ああ、そういうことなら構わないよ。どうだ、アリシア?」

「ええ、いいわよ。魔道の科学分析なんて考えたこともなかったわ。楽しみね」


 アリシアは笑顔でうなづいた。


「ありがとう。助かる」

「片付けを手伝ったらすぐに行くわね」

「ああ」



 この時、リョウは単なる探究心と科学的発見のために魔道を分析するつもりでいた。

 それ故に、予想も心の準備もできていなかったのだ。

 自身に直接関わる、衝撃的な真実を知ってしまうことになると。



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