第10話 傍観者と守護者

 激しい雨の降る中、ある通路では血が流れていた。

 1人の男が息を切らしながら逃げ回っている。


「ハァ……ハァ……!!」


 そんな男の足に飛び蹴りを放つと、簡単に折れた。


「ギャアアアアアアアッ!!!!」


 盛大にけ、足を抑える男にゆくっりと近づき、見下ろす。

 涙を流しながら男はこちらを見て、地面に額を付けた。


「頼む!! こ、殺さないでくれぇッ!!」

「……」


 膝を曲げ、男と同じ目線になる。

 男は顔を上げて目が合うと、ガクガクと震えだす。

 そんな男に微笑んでからナイフを手の甲に突き刺した。


「アァアアアアアアアアアッ!!!! グッ! ウゥウウウウウッ!!!!」


 刺された手を抑えようとした腕に肘鉄を下し、腕を折った。


「ギャアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 突き刺さった手を無理やり引き抜き、その場から逃げようと這いずる。

 歩いて男の頭を踏む。


「お願いします……ッ!! おね、がいしますッ!! 二度と……二度と、貴方に近づきません……ッ!!」


 涙を流し、命乞いをする男を見下してから、徐々に足に力を入れていく。


「ガッ……あぁあああああッ!!!! おね、おね!! おねがァアアアアアアアアアッ!!」

「……お前らは分かっていない」

「アァアアアアア!!!!」

「……誰に助けられ……誰に生かされているのかを」

「だァアアアアアアアア!! だずげェエエエエエエエエエエエエエエ!!」

「それが分かってないから、死ね」


 力を入れ、それを踏みつぶした。

 顔や服に血が付き、思わずため息を1つ。

 背後を確認し、死体が辺りに転がる中を通り、建物の屋根に乗る。


「ホント、お前らは分かってない……邪神、レイス・オブ・ハーデスに助けられていた事を」


 激しく雨が降る中、誰にも聞かれる事なく1人で呟いてその場を去った。


 ―――――――――――――――


「レイスー!」


 花畑で花を摘む彼女は元気よく手を振りながら俺を呼んでいる。

 ホッとした俺は一歩前に踏み出すと、そこで気づく。

 待て……何故今俺は、ホッとしたんだ。

 ホッとする理由でもあるのか……?


 いや、気のせいだ。そう思い意識を彼女へ向ける。

 その瞬間、景色がガラリと変わり焼け野原と化していた。

 焼けた家、血を流し死体となった隣のおじさんに、一か所に集められて死体の山で焼かれている。

 その景色の中にただ、1人大笑いをしている存在を目にした。


「やぁ……レイスゥウ」


 歪んだ笑みを浮かべこちらを見る。歯を食いしばり、殺意が沸く。


「カァアアアアアアアアアアアアイルゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!!!」


 憎き相手のカイルを殴ろうと拳を振り上げ、放った。


「いッ……てぇ……!」


 瞬間だろうか、突然襲われた痛みに思わず意識が戻る。

 意識を戻ってから体を起こす。

 辺りを確認するが見慣れぬ場所に警戒をしていると、


「起きたか」


 全身茶色のローブを来た存在が現れた。

 籠った声と言うより、マイクの不調で音がおかしくなった声で言う。

 その声で俺は誰だか一瞬で判断する。


「……アマテラス」

「倒れていたんだぞ」

「すまん……」

「……フゥ、まぁいい」


 そう言ってからリンゴの皮をむき始める。


「……俺は、オルキスを追い返してから……倒れた、のか」

「そうだ、それに今無茶すると腕もげるぞ」

「マジかよ」

「ああ……レイス」

「何だ?」


 皮をむき終わり、リンゴを切っていくアマテラス。


神衣かむいを使ったな」

「……怒るのか?」

「いや、怒る事は無い……ただ、気を付けろ。っと言うだけだ」

「……意外だな、怒らないのか」


 思わず怒られるのかと思った。

 少し安心すると、


「私は怒らない」


 その発言だけで誰が怒っているのか把握した。

 はぁ……いや、俺悪くねぇだろ。

 思うと、皿にやたら1口カットされたリンゴを渡される。

 多分、食べやすい様にしてくれたのだろう。


 思いながら、1口サイズのリンゴを口に入れる。

 お、甘酸っぱい、良いリンゴだ。


「……フッ……元気そうで何よりだ」


 それだけ言ってから立ち上がるアマテラス。


「何処行くんだ?」

「元凶を探す」

「……俺がカイルを殺せば全て解決だろ」

「フフ、そうだな。お前がカイルを殺す事が出来たらな」

「殺すから安心しろ」

「楽しみにしているよ。ああ、因みに〝お前を見つけたのは私ではない〟」

「は? じゃあどうやって」

「すぐわかるさ、じゃあな」


 と言うと完全に姿を消すアマテラス。

 気配すら完全に消えた。

 俺はリンゴを食べながら見送る。

 あの完全迷彩能力は正直卑怯だと思う。


 特にあのローブ。アマテラスの力でどうにかしていると聞いた。

 そんな事を思っていると、


『レイス、大丈夫か?』


 スサノオから声を掛けられ、意識を集中させた。


『ああ、悪い迷惑かけた』

『気にすんな、ただアマテラスで良かったな』

『悪運が強いって事だな』

『ダメージを受けすぎたのが問題だ、次から気を付けろよ』

『分かってる、二度は無い』

『なら、良いさ』


 とここで思い出す。


『スサノオ、俺を見つけたのはアマテラスだよな?』

『……保護したのはアマテラスだ』


 何故か引っかかる言い方をするスサノオ。


『……見つけたのは?』

『多分だが――』

「――ニャハー元気ー?」


 何故か白夢がこの場に現れた。

 戸惑うが、コイツならこの場所を知っていても可笑しくは無い。

 そう思った瞬間に、アマテラスの言っていた事とスサノオの言う事が理解した。

 なるほど、コイツか。


「お、リンゴじゃーん。いただきまーす」


 美味しそうにリンゴを口に運ぶ白夢。


「あんがとな」

「何がにゃー?」

「教えたんだろ、アイツに」

「ああ」


 と言って指を舐める白夢。

 それから悪い笑みを浮かべる。

 この笑顔を見て俺は心の底から、コイツにだけは命を救われる事は避けようと思った。


「……んだよ」

「絶対安静だよね?」

「……」

「あー聞きたいなーレイスがどうして強いのかーそれに神武の事もー」

「……」

「あー実はここに聖騎士呼ぶことも出来るんだよねぇー」

「テメェ……脅迫してんじゃねぇよ……!」

「えー? レイスがぁーただ白夢として知りたい私にぃー話してくれたらぁー黙るしぃー看病もするよぉー?」


 このバカ猫ほんと、くたばらねぇかな……。

 だが、助けて貰った恩もある……。

 それに体が動かせない……てか、アマテラスが看病してくれれば問題無いだろうが……。

 クソ、アマテラスの言っていた事が分かっていたが、コイツだと色々聞かれるから嫌なんだよ……でも……ハァ……。


 思ってから重いため息を1つ。


「マジで詳しい事は話すつもりはない」

「んー……そもそも何でそんなに頑なに話さないの? 私が情報屋だから?」

「関係の無い話だからだ」

「色々知ってるのに?」

「……知れば知る程、お前に驚異が降り注ぐって事だよバカが」

「へぇー……」


 何故か納得する返事をする白夢に俺は視線を向ける。

 すると、優しい笑みを浮かべる白夢。


「優しいんだね、レイスは」

「……ッせぇよ、バカが」


 フフフと笑う白夢に思わず、ため息を付き白夢を見る

「……売らねぇだろうな?」

「絶対に売らない。これは約束する」


 白夢の真剣な表情を見てから、


「……何が知りたい?」

「神武とレイスが強くなった理由と言うより……3年前、騎士から逃げた後の話」

「……また、昔か……」


 少し億劫になるが仕方ない。


 騎士から逃げた後の話をしようか。

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