休:鴉
視線の先。窓際で黙々と本を読む彼女の姿が見える。東洋人のわりに肌の色が白い。それに比例するように髪は黒く長い。真剣な眼差しで辞書を引いて気になる単語を拾っているようだ。形よく整えられた爪が辞書をなぞっていく。
「お
こんなに天気が良いのに。
テーブルの上には所狭しと料理人が腕を奮った料理が並べられていく。あ、あのスコーン美味そう。
「さぁてと」
声と同時に立ち上がって伸び。視線の先には小首を傾げる彼女の姿がある。先程まで執事の一人であるワタナベとなにやら会話していたが、何か言われたのだろうか。ワタナベは執事としては有能な部類に入ると思う。屋敷内のことに限らず領内、果ては英国内の様々な情報に耳を
まぁいいか、と心中でつぶやいて、鴉は今の今まで座り込んでいたバルコニーの柵を蹴る。何気ない動作だった。
ひゅぉ、と耳の横で風が鳴る。この瞬間が心地よい。
距離にして数メートル。高さにして数十メートル。落下と同時に姿勢を整えて、とん、着地。
「Hi.」
彼女の部屋のバルコニーに着地し、開いていた大窓のレースカーテンを手で避けながら軽い挨拶。
「えっ……と、」
振り向きながら驚かれる。そりゃそうだよな、と心中で苦笑しながらにっこり、笑ってみせる。
「初めまして、お
「あ、は、はじめまし、て?」
会釈しながら自己紹介も兼ねて挨拶すると、戸惑いながらも頭を下げて挨拶を返してくれる。うーん、いいね、なんとも初々しい素直な反応。あのひねくれまくった
「あの、」
「清世がね、」
困惑しながらも何か言おうとした彼女の、その声を無視するように言葉を紡ぐ。
「お
手をひらひらさせてそう言い放つと、困惑の色が少しだけ消えた。こちらの意図を理解したのだろうと勝手に判断しておく。
あの清世が入れ込んでいる女性に興味がない訳ではない。むしろ興味ありまくりだ。
アジア圏の生まれのはずなのに色が白い。その割に長い髪は艶やかに
「鴉さん、私は
少しだけ低い柔らかな声だ。またしても頭を下げようとする彼女―
「お
先程も思ったことが思わず口からこぼれてしまった。
「清世にも見習ってもらいたーい」
両手を頭の後ろで組んで、愚痴を大きな声でひとつ。
「清世さんは真面目にしていればまともに見えるんですけれどもね……」
「それな!ほんとそれ!」
「人の好さそうな表情と言葉遣いに騙された犠牲者は多いでしょうね」
「お
共通の話題があれば打ち解けるのも早くなる。それを当然、鴉は
笑い合って、その笑いの波が引いてきたところで、笑みを浮かべている佐久夜の面立ちが非常に幼く見えることに気付く。欧州人からすればアジア圏の人間は幼く見えると言うが、それだけではないだろう。
清世よりは年下のはずだから、年齢相応の表情ということだろうか。
「あ、そうだ、」
思いついたように声を上げた咲夜に、次を促すように首を傾げてみせる、と。
「初めてお逢いするのにこんなこと言うのもちょっと申し訳ないんですけれど、」
「なーにー」
「お
佐久夜の白い頬が紅く染まる。
羞恥なのだろうか。恥じらいのレベルが自分の知っているものと違うためか、ちょっと戸惑う。でも、まぁ、彼女の中では「恥ずかしい」のだろう。
「んー。まー、わかったわかった。んじゃー……、
適当に呼びやすいように縮めただけだけど、ホッとしたように笑顔が更にほころんだから提案は間違いではなかったようだ。
「んじゃー、サク?」
「はい?」
「もうすぐパーティーだからね、お手をどうぞー」
恭しくお辞儀しながら手を出すと、苦笑した気配と共に白い手が乗せられた。
小さい手だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます