15分休みの戦争
3限目の授業が終わり、俺は立ち上がる。
俺の所属するクラスは2年4組で文系の下位クラスだ。
頭の出来が悪いと言っては悪いが、成績や人格面で問題がある奴らを一ところに集めて管理するといった目的で出来上がったクラスであることは間違いない。
まずこの学校の二学年には様々な厄介ごとを起こす生徒が6名存在し、そのうち例外である1名を除き、他5名は全員行った悪行にちなんだ肩書を持っている。
そしてその問題児らは全員4組所属であり、遅刻欠席常習犯の俺もその一人である。
大体どこもこういった問題児らは問題児同士で群れるもので、俺もその例には漏れなかった。
授業が終わったにもかかわらず寝続けているもう一人の問題児の所に向かい肩をゆする。
「起きろアモン。授業終わったぞ」
それを聞いて、大柄な巨体がむくりと起き上がる。
こいつはアモン。
本名は亜茂野優生で仕事仲間でもある俺の親友だ。
髪形は坊主で身長は180センチほどの筋肉ムキムキのマッチョ。
本人によると力は健全な肉体にこそ宿るとかなんとか。
アモンは大きなあくびをして眠そうに目をこすっている。
その姿は大きな熊を連想させた。
「おはようナオト。もう授業は終わっていたのか」
ナオト。
俺の垢ネームだ。
本名は赤坂隆星だが、現在の名は木井尚人になっている。
こういう話をすると中二病などと勘違いされそうだが、これは市役所に監督と一緒に申請をして実際に変更を行っている事実だ。
しかしこの事実を知っているのは監督と俺と他数名だけだ。
「ああ。だがさっき終わったばかりだし今は15分休みだから一戦行く余裕はまだ十分にある」
それを聞いてアモンがにやりと笑って見せる。
「そうか。なら行くしかないよなあ?」
「お前ならそう言うと思ってたぜ!」
俺はカバンからメガネとヘッドフォンと携帯2台を取り出しアモンの前の席を借りて、ハンカチを机に敷いて携帯を横に水平に置きメガネをかける。
アモンは制服の胸ポケットから目薬を出して差し、ポケットから携帯を取り出しPUBGを起動させマッチングを開始した。
周りの生徒の誰かが叫ぶ。
「おいみんな!あいつらが
その声を聴き廊下を歩いていた生徒までもが携帯を取り出し観戦に入る。
俺はヘッドフォンをつけ、アモンはイヤホンを耳につけた。
準備フェーズが終わり待機場から降下フェーズへと画面が切り替わる。
PUBG2とはバトルロワイヤル型のFPSゲームで広大な無人島で100名のプレイヤーが殺し合うゲームのPUBGの2次作だ。
勝利条件は最後の1グループになることでそれ以外の勝利条件は存在しない。
このゲームの面白いところは課金要素がプレイヤーの強さに結びつかないところにある。
携帯対応のゲームジャンルであるソーシャルゲーム、いわゆるソシャゲは札束の殴り合いと称されるほどに課金が強さに結び付くが、ソシャゲの性質上仕方ないものだといえる。
利益が出て初めて商売が成立するのだから、ゲーム制作者サイドも儲ける要素をメインに作ることは前提条件なのだ。
だからプレイヤー間の優劣が付きやすい強さという面においてソシャゲは課金の力が発揮されることが多い。
しかしPUBG2はそうではない。
PUBG2の課金システムではキャラの外見を変えることはできても銃のレートやスコープ、装備の強さや積荷重量上限などは変わらないのだ。
さらに複雑なゲームシステムではないので、誰でも楽しめる。
プレイする側も観戦者も。
このゲームをプレイするときのプレイヤーと観戦者が一体になっていく感覚が俺は好きだ。
アモンがマップ中央
俺はすぐさま降下ボタンを押して、周囲を見渡し敵の降りる位置と予想資源収集ポイントを確認しながら指定座標に向かう。
アモンは降下しながら最寄りの資源収集ポイントとアシになるものを探す。
アシ、とは素早く移動するために必要な車やバイクなどを表す専門用語だ。
パラシュートを開く直前に周囲の確認を終了しアモンに情報を即座に伝える。
「N4、NE0、E2、SE1、S2、SW0、W0、NW1」
これは方向を表すNESWを使って相手の落下地分布を伝えている。
日本で言う北の英語のNORTHの頭文字Nのように他も略されている。
それを聞いたアモンがピンをW寄りにずらす。
俺もすぐに反応しパラシュートを開いて方向転換するがアモンは別方向。
「アモン」
俺は声で意思の説明を要求した。
定石を外れているからだ。
このゲームの定石は最初、撃ち合いをするために必要な銃を確保しなければならない。
さらに今回は2人パーティーだ。
単独行動は2対1の状況を作られかねないため控えるべきだ。
「あんまり時間がないみたいだからパパっとキルして終わらせようぜ。NE、木の奥、路上」
どうやら定石通りの勝ち方では時間がかかるから、リスクがあるが1位を狙える戦法を取る、という意図のようだ。
NE、つまり北東方向にある気の奥の路上に敵が降りている。
PUBG2は路上にまともなアイテムは落ちていない。
つまり、簡単に狩れる。
「あーね了解。それなら2パN路上付近NW、N。アシ回すか―—」
「分かってる」
「さすが」
短く簡潔なやり問いを行い、地面に着く。
俺はすぐさまNEの木に向かって走り、路上に停まっていたバイクに乗りアモンの座標であるN側に向かうように入力しながら、手元から目を外して正面のアモンを見る。
アモンは集中していてこちらが見ていることなど微塵も気づいていないだろう。
この、試合が始まってたった数十秒の間に、俺は普段から人よりも頭を回してる自称頭良い奴らなどでは絶対に処理しきれない量の情報をアモンに伝えた。
慣れによって実際に処理する量は減ってはいるだろうが、それでも頭が痛くなる量なはずだ。
実際に俺とゲームをしたクラスメイトに求めているレベルが高いと怒られてゲーム機を投げられたことがある。
それをこの男は完全に処理し、理解した上でこちらに作戦の改正案の提案から、不足した情報の補完まで行う。
まさに化け物だと言えよう。
正直この化け物と俺は釣り合わない。
自分の最善をぶつけてやっと、遊び気分のこいつと対等だ。
こいつは期待のルーキーとして皆に知られているため観戦者も異常に多く、プレッシャーはとてつもなく大きい。
俺にミスは許されない。
しかし、だからこそ、こいつとのゲームは楽しい。
アモンは降りた直後、近くの小屋に入り、ハンドガンとヘルメットを回収しSW方向から道路を無視してこちらに突っ込んでくるバイクを確認し、到着までの数秒で回想する。
俺、亜茂野優生がナオトと初めて出会ったのは外国だった。
その日はあるTCG、カードゲーム系のソシャゲの公式戦のアジアカップ決勝戦で、優勝すればチームに賞金1億が入る大きな試合だった。
俺の所属するチームもナオトの所属するチームも日本のチームだったこともあって、日本がeスポーツ勢力を増したきっかけになった試合として有名だ。
1on1の試合だが5対5の勝ち抜き戦で、俺は5番手、ナオトは1番手だった。
ナオトは決勝以外は5番手になっていて、そのチームは毎回3番手までで試合を終わらせていたため、初出場でもあるナオトの戦績は存在しなかった。
TCGソシャゲは相性というものが明確に存在するため、相手の戦績の把握は大事だ。
しかし、初出場で戦績がないやつ相手だと勝てないのかと言われるとそうではない。
こちらが多少不利になるのは事実だ。
相手の監督もそれを狙って隠していたのかもしれない。
だから5番手で進めさせてきたのだろう。
しかし、それも多少不利になるというだけのこと。
結局勝ち負けはps勝負だ。
相性がどうとか言い訳するのはみっともない。
それに、戦績を隠さないと勝てないようなやつにこちらの勝ちは揺るがされない。
そう思っていた。
しかし、ナオトを実際に会場で見ると、俺は身の毛がよだつような思いをした。
意思の強さを肌で、目で、心で感じた。
こういう職業になってる奴らは何かのゲームタイトルで勝って勝って勝ち続け、ランキングで上位0.001%に入っているかとても大きな大会で優勝しているなどの実績を持っている。
そのため意思、負けん気などが強く、プライドが高いことが多い。
そういうのはこの世界にはよくあって、俺のチームにも異常なほど自我が強いやつがいる。
しかしナオトはそんな次元ではなかった。
ナオトの眼はこの試合ではなくもっともっと先の未来を見据えているように感じた。
ここを勝つのが当たり前の踏み台としか考えてないエゴの塊。
俺の目にはそう映った。
俺は自分の中のナオトへの評価を改めて、強く警戒し、他メンバーにも呼びかけた。
しかし、誰も話を聞かず、公式戦は始まった。
俺は話を聞かない他メンバーと今を見ていないナオトに苛立ちが募っていた。
俺は本気で今を戦っているのに、あいつは先で戦うための下準備と思っている。
それが許せなかった。
危惧した通りにナオトは4人抜きを決めて、1番手で5番手である俺と当たった。
俺と正面で向かい合ってなお、その眼は焦点があっていなかった。
結果、俺はこの試合に本当にギリギリ勝った。
しかし、俺は奇跡的に運が良かった。
初手も良ければ引きもいいし、自分の思った確率の通りに物事は進んだ。
ありえないほどに運が良かった。
このゲームは運要素がかなり勝敗に絡んでくるのは目を背けようのない事実だ。
俺は勝ったが、勝った瞬間に喜びはなく、その勝利を確信した瞬間に俺はナオトの表情を見た。
とてつもなく気になったのだ。
その時ナオトの表情は驚愕の色に染められ、その眼は今を見ていた。
俺はその表情を変えさせたのが自分だということに身悶えるほどの歓喜を覚え、それと同時に自分にとてつもない嫌悪感を抱いた。
試合のハイライトが流れている時、相手の手札と自分の手札が見えるのだが、ナオトの手札はとても悪かった。
つまり、ナオトが運が悪い時で、こちらの手札が奇跡的によくてプレイミス無く完璧な立ち回りができた日だったから、ギリギリ勝てた、ということだ。
俺はこの時ナオトに恐怖を感じた。
格が違う、と。
今は同じチームで戦う仲間で本当に心強い。
俺が求めるレベルのさらに上をナオトが歩いてくれるから、俺はどんどん強くなれる。
だから、ナオトとのゲームは楽しい。
俺はアモンが小屋から出てきたのを確認して、アモンの目の前を通るようにスピードは落とさず調節する。
アモンは自分の目の前をバイクが通ったコンマ1秒間に現れた乗車ボタンを見逃さずにタップしバイクに乗る。
クイックライドなどと俺たちの界隈では呼ばれている基礎テクニックだ。
だが初心者から見たときは超絶技巧に見えるらしくパフォーマンス専用になりかけている節がある。
「N耕す?」
俺のこの質問に今まで全てに即答だったアモンが2秒ほど考える。
しかし無理はない。
この質問は、Nにいるプレイヤーを轢くか?という単純なものではなく、Nにいるプレイヤーを轢いて都市に向かい武器が整っていない状態だけど時間がないから適当に
都市というのは超大型資源収集ポイントで、ただの住宅街なのだが規模がとにかく大きい。
普通の資源収集ポイントは民家が5件ほど建っている場合が多くレア装備もたまにしかないが、都市は民家が20~30件建っているうえにレア装備である黒シリーズは必ずどこかにあるし、応急処置キットやSRもある。
しかしそのレアアイテムを狙ってプレイヤーらが集結するため、序盤は必ず乱戦になる。
さらにその乱戦は現地調達のアイテムによって行われているためレアアイテム同士の戦いになっていて、生半可な装備で途中参加するのはいたずらに殺されてしまうだけだ。
Nに敵が集まりやすいのは都市がN寄りの中央に位置しているというのが原因だったりする。
視界に敵プレイヤーがNとNWに映る。
その時アモンが呟いた。
「ハンドガンで都市攻略…」
それを聞いて俺は背筋に鳥肌が立った。
アモンは俺の秘密を知っている。
「しかも片方は素手…」
そう俺が
「ギャラリーは100人」
生粋の…
「15分以内に試合を終わらせる」
縛りプレイ大好きマゾゲーマーだということを。
俺はいつも、公式の試合でさえも何か自分に縛りを課している。
普通にプレイしたら余裕で勝ってしまうからなどと調子に乗った考えを持っているわけではなく、縛ってもらわないと全力が出せないのだ。
初めてプロとして出た大会で負けて以来、ちゃんと目前のことに集中する癖をつけようと自分に意図的な枷を作るうちに変な性癖ができてしまったのだ。
この縛りは相当に興奮する。
15分休みにやるのも縛りたいという気持ちが出ているからで、こんな短い時間にやるゲームではないことはわかっている。
しかしどうしても縛らないと興奮できな…ではなく全力が出せないので仕方なく、そう仕方なくやっているのだが、今回の縛りはいつもよりもっと強い。
こんな縛りをされたらすっごく、本当にすっごく。
『興奮するっ』
表情にも声にも出さないように脳内で叫ぶ。
アモンには気づかれているだろう。
俺はスイッチを入れた。
激情にも似た興奮を自分の力に変えていく。
失敗できない環境独特の空気が体にまとわりつくようにじっとりと絡み、俺の脳内にまで浸透してくる。
Nの路上を通っていた敵プレイヤーに向かってバイクを加速させる。
敵プレイヤー二人が音でバイクの接近に気づき、逆方向に散開し始める。
まだ資源を調達できていない彼らはアシ相手には逃げる以外のすべを持たない。
俺はにやりと笑って、敵プレイヤーの方にバイクの進行方向を寄せていく。
すると、後ろに座るアモンのアバターがバイクの上に立ってハンドガンを構え、Wのほうを向いた。
「アモン。やる気か?」
「ああ、頼んだ」
「任せろ」
俺はそう言って、Nの敵の進行方向を先読みしてピンを立て、手前にあった地面の段差を避けなかった。
バイクはスピードそのままに段差を駆け上がり1秒ほど空中に浮く。
バイクが段差を乗り上げて最も怖いのは着地した後のハンドル操作だ。
これには相当な技術が求められる。
故に段差はバイクにとって天敵であるはずだがこの二人にとってはそうではない。
―—この空中に浮く一秒間は地面を走っているときの揺れが無くなる
アモンが風向き、弾の重量、重力を考えた神懸かった絶妙な調節を行う。
―—つまり腰撃ちと変わらない状況を作り出せる
アモンの指が発射ボタンをタップした。
その瞬間、アバターのハンドガンがもう聞き慣れた銃声とマズルフラッシュを伴い5.56ミリ弾を発射した。
W方向に放たれた弾は風によってN方向にズレて重力によって軽く放物線を描きながらこちらに背を向けて走る相手の頭に吸い込まれるように着弾した。
画面の端に敵が一人インジャしたという表示が現れる。
インジャとはアバターのHPが無くなった際に歩く以外の一切の行動ができなくなるが仲間からの蘇生を受ければHPを少し取り戻して復活できるという復活システムである。
一般的には気絶と呼ばれている。
しかしこれは仲間がいなくなれば強制的に死亡となる。
だから
「ナオト、しくじるなよ?」
「わかって、るッッ!!」
バイクが着地した。
タイヤが今の運動エネルギーに追いついていないためあらぬ方向に運動エネルギーが分散するが、その力にハンドルを持っていかれないように必死で抑える。
ここで事故ればさっきのアモンのインジャさせた奴は蘇生されるだろう。
だから絶対ミスできない。
ああ、なんて心地よさ。
揺れる車体が敵プレイヤーの方角を向いた瞬間、俺はさらにバイクの速度を上げた。
それにより分散した運動エネルギーが徐々にその方向に集める。
敵プレイヤーへと。
バイクは左右にブレながら敵に寄ってゆくが敵も馬鹿ではなく、左斜め手前に走る。
バイクは車体が細いため、角度をつけて直進してくる敵は轢くのが難しい。
しかしそのテクニックには死角がある。
俺はコントロールしきれず、センチメートル単位の差で相手に避けられた、ことを確認した瞬間俺はスピードを最大に上げて右に車体を揺らす。
その瞬間、後方で爆発が起き、相手のプレイヤーのアバターが破裂し、自滅表示が画面の右端に出る。
そして、アモンのキル判定が画面の右端に出る。
やはり読み通りこいつらはパーティーだったようだ。
蘇生可能者ゼロで即死したのだろう。
画面の端に敵パーティーをキルしたという表示が現れる。
俺は恍惚とした表情で、アモンは心底疲れた表情でため息をつき、言った。
「「はあ…危なかった」」
呟いた途端、周りの生徒が笑い、拍手と歓声を上げ、観戦者からの高評価も4桁を突破した。
俺が変態であることもみんな知ってるし、アモンと俺が元ライバル的存在同士であったもあってこの2人でタッグを組むと、観戦がとてもつくのだ。
いい迷惑だがいい縛りだと俺は感じているため嫌ではない。
そしてそのまま都市に突っ込んで2キルほどとったところでチャイムが鳴り、観戦者が一気に減った。
周りの生徒たちも席に戻り始めているので、席を貸してくれていた人にお礼を言って渋々ヘッドホンとメガネを外し、自分の席に戻って授業が始まっても続けるがやはり集中しきれず5分ほどたった後、化け物SRパ―ティに二人同時に頭を撃ち抜かれて殺されてしまった。
殺された瞬間、相手のうまさに驚きすぎて俺とアモンが同時に「ァッ!?」と叫んで携帯を持ったまま席を立ちあがったので携帯を使用していたことがバレて反省文指導になった。
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